第1章 第2節 起業話~二人の独立
「将人さん!」
「光一君、ひさしぶりだね。2年ぶりかな」
「白鳥さんと会って、え~っと、確か2週間後の……レストランで三谷さんと会った時以来ですね!」
「ああ、実はあの時、三谷から光一君の電話番号を聞いててさ。
それで今日、電話をかけたくなってね」
「そういえば将人さんと電話で話すのって、初めてですよね。僕の携帯電話に登録されていなかったから、誰かなあって思いましたよ」
将人は光一よりも、年齢が一つ上だった。
将人は急成長している会社で働いていて、実力があれば若くても出世できる。
将人は2年前にジェネラルマネージャーに昇進し、あと数年で最年少役員への昇進もほぼ確実だった。
一方、光一は、創業100年以上の歴史をもつ、老舗ともいえる一部上場の会社で働いている。
超有名というほどの会社ではないが、安泰企業であることは間違いない。
ただし老舗企業のため、年功序列が非常に強い会社だ。
光一はまだ平社員だが、35歳になれば、大卒のほぼ全員が、自動的に係長に昇進するのは間違いがなかった。
さて、将人は、なぜ光一に電話をかけたのだろうか。
ここで少し、二人の会話を聞いてみることにしよう。
「俺ね、もうそろそろ、独立を本気で考えていてね」
「本当ですか。確か2年前にも、いつか独立するってお話していましたね。いよいよ起業するんですね」
「実はさあ、まだ何で独立するか決まっていないんだ」
「そうなんだあ……」
光一には、将人が少し焦っているように感じた。
「将人さん、何か急ぐわけでもあるんですか?」
「ああ、実はさあ。2年後くらいには俺、役員に昇格する話が出ていてね。さすがに役員になったら会社を辞めづらくなるだろ」
「そうなんですか。でもその若さで役員昇進だなんて。普通なら、おめでたい話にしか聞こえないんだけどね」
「俺は独立するのが夢だからね。ところで……光一君、俺と一緒に独立しない?」
「え!」
光一はさすがに驚いた。
確かに光一は今の建設業の仕事に、強い使命感を感じているわけではない。しかし、いきなり、将人から独立の話が出たので、さすがに驚いた。
「俺さ、光一君を高くかっているんだ。誠実でまじめだし。何よりも忍耐強く、最後まで諦めないで、やり抜くところあるだろ。それって、独立して成功する人の大きな特徴なんだけどね」
「そうかなあ」
「光一君と組めば、俺の独立も早まり、独立した後もうまくいくと思ってね。考えておいてくれよ」
――将人との会話は終わった。
そしてその日以降、将人から電話やメールがよくくるようになった。
将人は思いついたこと、メシのタネになりそうなネタがあったら、すかさず光一に連絡してきた。
とくに夜になると、電話やメールでやり取りし、事業のタネを探すようになった。
光一は、土日・祝日が休みの完全週休二日制の会社で働いていた。それに対して将人は、土曜も祝日も働いていて、多忙な毎日を過ごしていた。
時折、将人は、忙しい日常においても時間を作って、光一と直接会っていた。そして、何の商売で独立するかを、二人で長く話し込むことがあった。
光一も、将人と話しているうちに、次第に「独立してみたいなあ」という気持ちが高まっていったのだった。
また光一は、歴史研究会で知り合った経営者の人たちを、ときどき将人に紹介することもあった。
光一と将人の二人は、光一の知り合いの先輩経営者たちからも様々なアドバイスやヒントをいただくようになった。
将人は、光一の意外な人脈の広さに驚いていた。
「光一君、君って優秀な経営者の知り合いが多いんだね」
「歴史研究会のメンバーには、中小企業の経営者さんたちが多く集まっていましてね。そこで知り合った社長さんたちですよ」
「でも、普通は、俺たちのような若いサラリーマンのために、時間とって会ってくれないよ。中小企業の社長さんたちは忙しいからね。光一君って、本当にみんなから信頼されているんだね。優秀な社長さんたちを普通に紹介できるんだからね」
「信頼だなんて……そんなことないですよ」
「俺はいちよう、急成長中の会社でジェネラルマネージャーをしているけど、光一君のように普通に紹介できる社長なんて、一人もいないしね。なかなかできることではないよ」
将人は、光一の人を惹きつける不思議な魅力に改めて感心した。
――こうして月日が流れた。
そして、光一が30才になろうとしているときのときだった。
ある日、将人から突然、一つのメールが流れて来た。
「光一君、やっと見つけたよ! ずっと探していた理想のメシのタネを! 明日には会社に辞表を出して、独立するよ!」
将人はいよいよ、念願の独立を決心することになったのだ。