第1章 第1節 あれから2年後~二人の独立
あれから2年が経過した。
かつて光一、三谷、将人の3人は、26歳で銀座の高級クラブのママとなった若宮レナの助力を得て、掃除のアルバイトをしていたおじさんの正体を調べた。
そのおじさんは、下町に住んでいる大富豪であるという、驚きの真実を知ることになった。
それから一ノ瀬光一と天野川将人、三谷宗次郎、そして若宮レナの4人は、どうしているのだろうか。
2年後の4人の様子を、少し伺ってみることにしよう。
――どうやら4人とも、それぞれの職場で自分を磨いているようだ。
将人は掃除会社のジェネラルマネージャーとして、忙しい毎日を過ごしている。将人の仕事ぶりは、とても評判がよさそうだ。社内の役員会でも、将来の会社の幹部候補として将人の名前があげられていた。
近い将来、将人は会社では最年少で役員に昇格する予定だ。将人は着実に仕事の実績を上げていた。
しかし将人は出世が約束されている今の会社に留まる気持ちはなく、独立してベンチャーを立ち上げる夢を持ち続けている。
三谷はどうだろうか。
相変わらずマイペースのようだ。三谷は今も、将人と同じ会社の代理店として働いている。
しかし、あくまで代理店なので、自分のペースで仕事を行える反面、努力をしないと収入は増えない。
さらに三谷の仕事ぶりや接客には社内でも問題にあがっており、今まで仕事を回していた将人も最近では三谷に仕事を回すことが少なくなっていた。
それでも三谷は、悠々と過ごしている。相変わらず、大きな夢想を描いているようだ。
レナは……2年前におじさんと出会って以降、銀座ママを辞めて、デザイン事務所を経営している。
ゼロからの起業となると、さすがのレナも苦労しているようだ。今までレナは、何をやっても成功してきたが、自分で最初から会社を立ち上げるのははじめてだ。様々に覚えることがあり、とても忙しい毎日のようだ。デザイン会社を設立して以降、光一や三谷との連絡はずっと絶っていた。
光一は、29才になろうとしている。
今日は日曜日で会社が休みの日だ。
光一の部屋にはテレビがなく、休みの日は、本を読んで過ごすことが多い。外出するとしたら本屋か図書館だ。今日の午前中、光一は、図書館に立ち寄った。光一は、江戸末期の農民の生活ぶりが詳しく知りたくなり、図書館で歴史書を借りてきて、会社の寮で読んでいる。
光一は、歴史がとても好きだ。一般的には意味のないと思えることまで調べたがる性分だった。江戸末期の農民の暮らしぶりを知りたいというのはいかにも光一らしい考えだ。
ただ、光一の歴史通のおかげで、レナが銀座の高級クラブで働いていたとき、レナは、ずいぶん助けられたことがあった。
今、光一は、江戸末期において、ある維新の志士が紹介されたページを読んでいたところだ。そこにはある人物の名言が書かれていた。
光一はその名言を読んで、ページをめくる手をしばらく止めていた。
「夢なき者に理想なし、
理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし。
故に、
夢なき者に成功なし。」
――これは、かの有名な吉田松陰の名言である。
明治維新は、わずか3000人の志士たちで成し遂げられたと言われている。時代を大きく変えた3000人の志士たちを、後世の人々はこう呼んでいる。
「維新の志士たち」と……。
維新の志士で特に有名なのが、勝海舟や坂本龍馬、木戸孝允、西郷隆盛である。
ただ、光一が最も感銘を受けた人物が吉田松陰である。なぜなら、3000人の中で最も人格的にも優れ、傑出した人物が吉田松陰だからである。
「吉田松陰さんは、本当にすごいなあ」
光一は心から感銘した。
吉田松陰こそ、偉大な維新の志士たちの先生のような存在であると……。
「おっと、先を読まないといけないな。今週中に読み終わらせないと…」
光一は再び、歴史書の続きを読み始め、江戸300藩について、各藩の暮らしぶりを読んでいた。
――ここで、江戸末期における、ある農民の様子を少し紹介しよう。
江戸末期、幕府は安政条約により、日本は外国と貿易することになる。
しかし海外製品が日本に輸入される悪影響で、物価が上昇した。さらに幕府の財政悪化による重税により、農民の暮らしはますます苦しくなり、諸藩で一揆が起こるようになった――。
光一は、江戸末期においては、どの藩においても、農民の生活は想像以上に苦しかったことを知った。
光一は特に、江戸300藩の中で最も厳しく年貢を厳しく取り締まった、悪名高い藩主についての記述がなぜか気になった。
その藩主は、予定量の年貢を納められない農民には、厳しい処罰を与えた。しかしそこの藩主は約束の年貢量をずっと幕府に納めていたため、その藩主の剛腕ぶりを幕府の重鎮たちはとても高く評価していた。
しかし藩主は、年貢を払えない農民に対し、自分の自慢の脇差で、問答無用でその場で切り捨てたこともあった。こともあろうに、その藩主は自慢の刀と剣術を試したい気持ちもあって、バッサバッサと年貢を納められない農民を斬り倒していた。彼の名前は別名、「人切り藩主」という別の呼び名もあったようだ。
厳しい年貢の取り立てから農民による一揆が頻繁に起きていたが、すべて武力で鎮圧してきた。
維新が成立後、その藩主の末路については詳しく記述されていないが、明治政府に移行した後も、これまでの実績を考慮され、かなりの待遇を与えられたことが書いてあった。
「こんなひどい藩主がいたなんて。よく明治時代になっても生き伸びて、しかも好待遇されていたなんて……世の中、本当に不公平だなあ」
光一は、この残忍な藩主がとても気になった。
「しかし、ばっさばっさと農民を切る「人切り藩主」って……、はて、どこかで聞いたことがあるような、ないような……」
光一は以前にこの藩主のことを、何かで聞いたかことがある気がした。
――しかし、思い出せなかった。
「まあ、いっか。そのうち思い出すよね。きっと」
光一は一旦、本を閉じた。
時間はすでに夜になっていた。
「僕も何か、今の時代に役立てること、できたらいいなあ」
プルルル
その時だった。携帯電話に電話が入ってきた。
光一は、携帯のパネルを見てみた。光一の携帯に登録されていない電話番号だ。
「あれ、誰からかなあ」
光一は電話をとってみた。
「もしもし、一ノ瀬です」
「あ、俺、将人だけど」
それはなんと、将人からの電話だった。