ルリアの視点2
私の目にはナンの恐怖と絶望の色に染まった瞳をしっかり捉えていた。
それでも健気に両親と兄を守ろうとしている。
ダークスネイクの真っ赤な目に見つめられると私でさえ、自分が食べられる側なんだと感じてしまう。
今は片腕が無くなり、勇者の騎士の称号を剥奪されてしまったけど、ヴィーラと一緒にいくつもの修羅場をくぐり抜けて来た私でさえ、恐怖を覚えるのに、ナンの今の気持ちを思うと胸が苦しくなる。
「ルリアお姉ちゃん助けて!!!」
ナンの小さな瞳が私に助けを求める。
ラムさんのくれたハイスピードポーションのお陰で、自分の身体じゃないくらい軽快に動いてくれるけど、それでも、どう考えてもダークスネイクの攻撃に間に合わない。
周りの景色がスローモーションに動いていく。
私がもっと早く動ければ・・・。
私の右腕があれば・・・。
私が判断を誤まらなければ・・・。
私にもっと力があれば・・・ナンを助けられたのに。
ダークスネイクの牙がナンを切り裂いたと思った。
私が自分の力の無さに打ちひしがれる中、もうもうと上がる土煙の中に見覚えのある青い輝きを見つける。
私にはその光が、何の光なのか直ぐに判った。
「ヴィーラ・・・」
ダークスネイクの頭にはヴィーラの青い槍が突き刺さって、ダークスネイクは動かなくなっていた。
ナンの無事な姿にホッとして、自分の弱さの罪悪感から少し解放された。
村の奥を見ると、淡い青の光に包まれたヴィーラが歩いてやってくる。
私の前にやって来たヴィーラの青い目には冷たい光を宿している。
「あ、あのヴィーラ・・・、助けてくれてありがとう」
「ああ、気にするな。私は勇者だからな」
ヴィーラは大きく息を吐き出す。
「それよりもルリア、なぜお前がここにいるんだ?」
「えっと、今はラムさんの錬金術ギルドで働いていて、ラムさんについて病気の調査に来たんだけど・・・」
「ルリア、私はお前に故郷に帰る最低限の金は渡した筈だぞ。故郷に帰れ。金を使ってしまったなら、もう一度やるから故郷に帰るんだ」
「でも・・・私・・・」
ヴィーラがもう一度大きく息を吐く。
「いいから帰れ。腕を無くしてまだ戦うのか?ハッキリ言おう。ルリア、お前は弱い。死ぬ前に故郷に帰るんだ」
「・・・」
ヴィーラは私より弱いのに、私より練習しないのに、太陽の神から勇者として選ばれただけなのに。
私はずっと気付かなかった嫉妬の気持ちが湧き上がって来る。
違う・・・私がずっと目を背けていた気持ちだ。
気付かない振りをしていただけ・・・。
気持ちが溢れ出して私は叫んでいた。
「私は勇者の騎士になって皆んなを助けるの!」
「腕が無いお前では勇者の騎士は務まらん。まだ判らないのか・・・。だが今は、それを議論している時間は残念ながらない。まだポイズンフロッグが残っているからな」
ヴィーラはダークスネイクから槍を引き抜くと、私に興味を失った様に去って行った。
「ルリア、大丈夫か・・・」
ヴィーラが去った後に、ラムさんの顔を見て声を聞いたら、涙が止まらなくなって、ラムさんに鼻水を付けながら、わんわん泣いてしまった。
「私・・・私はもう勇者の騎士にはなれないんですか。私が弱いから!私の腕が無いから!わああああ。ラムさーん。わあああああ」
何とか泣き止んだ私とラムさんは、村に入ったポイズンフロッグを討伐して回った。
ヴィーラの他にも勇者PTのカール、ベロ、デタリもトット村に来ていてポイズンフロッグの討伐をしている。
村人を避難させた騎士団のジーク達も戻って来て、戦える者全員で村に入り込んだポイズンフロッグの討伐した事により、村人に死者を出す事なく、この危機を乗り切ることが出来た。
結局の所、私がした事と言えば、勝手に一人で森に突っ込んで、心配したラムさんを戦いに巻き込んで、泣いて鼻水を垂らした事くらいだ・・・。
「はあー」
野営地で一人へこんでいるとラムさんがお酒を持って来てくれた。
「ルリア、ほい」
「ありがとうございます」
ラムさんからお酒を受け取ると空きっ腹にグッと流し込む。
「かあー、効くー!」
「おっさんか」
「あー、何とでも言って下さい。私はどうせ出来損ないなんですから。ふー」
ポンと私の頭にラムさんが手を置く。
なんかお父さんを思い出すなー。
ふとラムさんを見上げると優しく笑っています。
ずるいです・・・。
ちょこっと私の中に芽を出しているこの感情も、ヴィーラへの嫉妬の気持ちと一緒で私はいつも気付かない振りをしています。
そっと自分の気持ちに蓋を閉めます。
「ルリアはよく頑張ったよ。そんなに自分を卑下するなよ」
「気休めはよして下さい。私よりラムさんの方が活躍してたじゃないですか」
「そんな事ないだろ、ルリアの方がいっぱい蛙を仕留めただろ」
「私はラムさんが眠らせた蛙に止めを刺しただけで、何にも出来ませんでした」
「俺だって遠くから眠らせるだけしかしてないぞ」
「はー、それが凄いんじゃないですかー。あー、太陽神に愛された人は良いなー」
私はコップに残ったワインをグッと飲み干した。
視界の片隅に見たくない顔を見つける。
整った顔立ちに綺麗な青色の瞳。
ラムさんが鼻の下を伸ばしていたので、ムカついてラムさんの頬をつねってやりました。
「痛!・・・ついにルリアまで俺をつねる様になったのか・・・」
ラムさんの悔しそうな顔を見たら凄く幸せな気持ちになりました。
「おい、ルリア」
「ヴィーラ、お疲れ様」
立ち上がってヴィーラを出迎えます。
「先程の話だが、ルリア、お前はまだ勇者の騎士になるのを諦め切れないのか?」
「ヴィーラ、ありがとう。でも大丈夫・・・。気持ちの整理はついたから」
ヴィーラはやれやれと言った感じに首を振る。
「ルリア、私とお前の仲だ。そんな分かり易い嘘をつくな」
「私は嘘なんてついてな・・・」
私の言葉はヴィーラに途中で遮られる。
「最後のチャンスをやる。うちのPTに新しく採用したデタリと言う騎士がいる。そいつと勝負して勝てたら、もう一度PTに入れてやる」
ヴィーラの言葉に胸のドキドキが止まらない。
「だが、デタリに負けたら、今度こそ実家に帰って貰うぞ。これが試験を受ける条件だ」
「その条件でいいわ!もう一度戦わせて!」
「今、すぐにでいいか?」
「ええ!今すぐにやりましょう!」
なぜか慌ててラムさんが止めに入って来た。
良いところなので邪魔しないで欲しい。
「ちょっとその勝負待ってくれ。まだ村の病気も解決していないのに。村の奇病の解決が先だ」
「ふむ。ラムザールの話も、もっともだ。せっかく、王都からここまで来たのだから、帰りはベルクドの温泉に入って帰るつもりだ。ベルクドの町で余興と行くか」
私は今すぐでも良かったのにラムさんとヴィーラで勝手に話を決められてしまった。
でもこれで私は勇者の騎士に戻れるかもしれない。
でもデタリって誰だっけ?
なんか聞いたことある名前なんだけどな?