使えないんじゃない!ポーションは使いよう
寄生虫の治療をするポーションがある。
俺の言葉に一斉に視線が集まり、イラが驚きの表情で俺を見る。
「ラムザール殿・・・それは本当か?今、原因が分かったのに何故、既に治療のポーションが存在しているんだ!?」
トールさんも信じられないと言いたげな表情だ。
「そうだよ、ラム君!僕も錬金術のレシピの勉強は欠かさずにしているけど、そんなの見た記憶がないよ。毎回ラム君には驚かされるけど、錬金術の知識では僕の方が多い!」
俺は王都に着いた次の日に、リーザさんと錬金術ギルド本部で勉強を、丸一日していた。
その時に無料で公開されているレシピの中に、虫を殺すポーションのレシピがあったのを思い出していた。
「王都錬金術ギルド本部で見たんですが、人には全く害がなくて、小さな虫だけを殺す事の出来るポーションのレシピがあったんです。王都錬金術ギルド本部には開発された無数の錬金術のレシピが集まって来ます。有益なレシピは有料での閲覧と製造になり、それ以外のレシピは無料公開されています。俺が見たのは、そんな無料のレシピの中にありました」
「馬鹿な!そんな凄い錬金術のレシピが、無料で公開されている筈がないじゃないか!」
トールさんはまだ信じられない様だ。
「多分、無料か有料かの違いって金が稼げるか、稼げないかが判断だと思うんです。俺が見た虫を殺すレシピは製造に金が掛かる割に、出来るのは小さな虫しか殺せないんですよ。だからあまり必要とする人が居なかった」
俺の言葉にトールさんは、冷静さを少し取り戻した様に呟く。
「その小さな虫が殺せるポーションがあれば、体の中に入った虫を殺せて、寄生虫の病を治して大勢の人を救えるかも知れない・・・。寄生虫と言う存在が初めて確認されて、このポーションの存在が意味をなす・・・か。やっぱり錬金術は面白いな・・・」
イラが俺とトールさんの話に加わってくる。
「して、その寄生虫に効くポーションは直ぐに作れるのか?」
インサクトポーションのレシピ
体長10センチ程の虫を殺す事が出来る。
人体には無害。
材料:白花の雫
魔石
「材料は一種類だけなので、それさえあれば直ぐに作れます。トールさん、白の花て知ってますか?」
「勿論、知ってるよ。僕は薬草採取士だからね。白花てのは開花の時期になると、真っ白な花弁に黄色い雄しべが特徴の花なんだけど、白花の開花は少し前で、今の時期はもう咲いていないかも知れない・・・。王都の素材ギルドに問い合わせれば手に入る筈だよ」
まだ寄生虫と原因が決まった訳でも、インサクトポーションが効くとも分からないが、現段階で考えられる可能性を、一つずつ試していくしかない。
まず、これ以上患者を増やさない為に、貝の採取禁止を村人に通達する。
次にサラダ商会に白花の雫を手配して貰う。
俺達は村人から白花の群生地を聞いてそこに採取に向かう。
トールさんの薬草採取士の能力で何とか遅咲きの白花を見つけて、インサクトポーションを六本作る事が出来た。
早速、俺の仮説を試す為に患者に飲ませてみる事になった。
だけど何か人体実験してるみたいで気が引けるな・・・。
インサクトポーションは人体に無害とは書いてあったが、本当に無害なのかも怪しいし。
数も少ないので最初は誰にポーションを飲ませるかは、悩ましい所だが、ナンの家族に試す事になった。
理由としては父親が重症で、母親は軽度、兄は子供、と色々なタイプの患者に投薬できることで、効果を検証しやすいと言った理由だ。
後は知り合いと言う感情で決めた。
ナンの家に大勢で押し寄せてナンの父親から、インサクトポーションを飲んでもらう。
ナンの父親にインサクトポーションを飲んでもらうと、突然苦しみ出して床を転げ回る。
「ガァーーー!!!腹が!腹が!ガァー!」
床を転げ回るナンの父親にイラが駆け寄る。
「大丈夫かしっかりしろ!どうなっているんだ!ラムザール殿!これは一体!?人体に無害ではなかったのか!」
ひとしきり転げ回ったナンの父親がぐったり動かなくなった。
「お父さん!」
「あなた!しっかりして!」
イラが俺を睨みつけて詰め寄ってくる。
「ラムザール殿!どうなっているんだ!話が違うではないか!」
俺は混乱して何も言い返せない。
レシピには人体に無害と書いてあったんだ・・・。
俺が試した訳じゃないが・・・そう書いてあった・・・。
そんな言い訳はナンにしてもナンは許してはくれない。
「あなた!」
「お父さん!」
ナンの父親がナン達の呼び掛けに答えて起き上がる。
「ああ・・・。ポーションを飲んだら突然腹が痛みだして、あまりの痛さに気を失っていたようだ」
イラがナンの父親の体を確認する。
「体調はどうだ?」
「ああ、今は腹の痛みは収まっている」
インサクトポーションを飲んだ父親があれだけ苦しみ出したので、ナンの母親とお兄ちゃんへの投薬は一旦中止した。
インサクトポーションの効果はナンの父親の体調を経過観察して判断する事になった。
意気消沈してナンの家を出た俺達の耳に、村の警鐘の音と村人の叫び声が聞こえてくる。
「ポイズンフロッグの大群が村に押し寄せてくるぞ!」
村人の声を聞いて獲物探知スキルを使用すると、三百匹のポイズンフロッグが泉から村の方に向かって来ていた。
正確には三百匹全てが村に向かって来ている訳ではないが、泉から村の方面に横へ広がりながら近づいて来ている。
このまま行けば相当数のポイズンフロッグが村にやって来る。
「何で突然ポイズンフロッグが押し寄せて来てるんだ!」
「考えられるのはポイズンフロッグの今年生まれた個体が成長し、親離れをして住処を移しているのか・・・。もしくはポイズンフロッグを捕食する何かに追われているのかですね」
ルリアは普段の間の抜けた様子から戦士の顔に変わっている。
俺がもう一度獲物探知スキルで確認すると確かに、ポイズンフロッグの後方には遥かに強い魔物の存在がある。
「猛毒のポイズンフロッグを食べる魔物なんているのか!?」
「ポイズンフロッグが逃げ出す魔物ならアイツだと思います・・・」
ルリアがさらに険しい顔になる。
「ダークスネイクです」
「ダークスネイク・・・。やばい奴なのか?」
「はい、純粋な強さはドラゴンもどきに劣りますが、ポイズンフロッグの毒を持っているので、噛まれたら死にます」
イラがルリアの話を補足して説明してくれる。
「ダークスネイクはなぜかポイズンフロッグを食べても死なないばかりか、体内にポイズンフロッグの毒を溜め込み、自分より大きな獲物をその毒で殺して食べる魔物だ。ポイズンフロッグだけならまだしも、ダークスネイクまで相手にするとなると・・・。ジーク殿どうする?」
ジークは俺達の護衛をしている騎士団員で、この騎士五人をまとめているリーダーだ。
「この五人ではポイズンフロッグとキングスネークを合わせて討伐するのは難しいです。残念ですがこの村を離れるのが宜しいかと・・・」
「なに言ってるんですか!騎士が村人を護らないなんて!それでも騎士ですか!」
ジークの提案に普段の穏やかなルリアからは想像も出来ないほどの剣幕で言う。
ジークが苦しそうな表情で答え、その答えにルリアが噛みつく。
「私としても村人を護ってやりたいのです。しかし、このまま村に残り続けたら最悪、全滅も有り得ます。ここはイラ様達だけでも逃すのが私達騎士団の出来る事かと・・・」
「それでも!弱きを助けるのが騎士でしょ!病人を残して逃げるなんて恥ずかしくないんですか!」
「私だって悔しいんだ!だが残ってどうする!戦えばダークスネイクを倒せるのか!」
「倒せますよ!以前に倒した事ありま・・・」
そこまで言いかけたルリアが自分の右腕を見つめる。
そこには以前あった右腕は無い。
ジークがルリアを問い詰める。
「残ってダークスネイクを倒してポイズンフロッグから村人を守れるのか?」
「・・・」
ルリアが顔を上げてジークの目をしっかり見つめ返す。
「倒せないかも知れないけど・・・。守れないかも知れないけど・・・。それでも!病人を見捨てて私だけ逃げるなんて出来ません!」
ルリアはそう叫ぶと走り出して行ってしまった。
「ルリア!待て!おい!待て!・・・・・・くそ!」
ルリアの言っている事も騎士の意見もどちらも分かる。
黙ってルリアとジークの話を聞いていたイラが口を開く。
「私も患者を残して逃げるのは悔しいが、合理的に考えれば生き残る確率が高い行動をすべきだ。動ける村人を集めて我々で護衛しながら村から脱出するぞ!」
イラの目にいつもの強い意志が再び宿る。
イラの決断により騎士団と王都学院チームは村人を先導して避難する準備を開始する。
「ラム君、僕達はどうする?」
「・・・トールさんもイラさん達と村人を先導し脱出してください」
不安げなトールさんに作り笑いで答える。
「ラム君はどうするんだい!」
ルリアが走って行った方向に視線を向ける。
俺だってルリアが行かなければイラの考えに賛成していた。
だけど俺はルリアを見捨てて行く事なんて出来ない。
「ルリアを連れ戻してきます」
「それなら僕も一緒に行くよ!」
「トールさん、すみません。俺一人の方が動きやすいので、トールさんは、イラさん達と行動してください」
トールさんが悔しそうに俺の瞳を覗き込む。
「リーザも、シアちゃんも君の帰りを待っている。二人を悲しませちゃダメだよ。絶対に生きて帰ってくるんだよ」
「勿論、死ぬ気なんてありません。危なくなったらルリアを引きずってでも逃げます」
トールさんと別れた俺はまず野営地に武器を取りに行く。
ルリアのバカは剣しか持たずに走り出していた。
ポイズンフロッグ相手に剣なんてあぶな過ぎるだろ!