ルリアの過去
「イエイ!ルリアだよ!」
「こら!何がイエイだ!ふざけてないで真剣にやらんか!」
「はーい」
ルリアはリースの町で衛兵の隊長をしているベニコウジの長女として育った。
上には兄が三人居て、父も兄も一番年下のルリアの事が可愛くて溺愛している。
リースは周りを森に囲まれ、農業には適さない土地で鉱山がある訳でもないし、地理的にも貿易路から外れている。
ただ、町の中心にはこの国最大のダンジョンが存在し、さらに町の周辺の森にも複数のダンジョンが発見されている。
その数、大小合わせれば三百ほどにものぼる。
冒険者や国の組織した大規模なダンジョン探索隊が常駐しており、日々ダンジョンのモンスターの素材採取や魔法道具を発見している。
そんな冒険者が集まる町で治安維持をしているのが、ルリアの父親ベニコウジだ。
ルリアの三人の兄も父と一緒に衛兵として町の治安維持に努めている。
そんな家庭環境の中、幼いルリアも何の疑問も持たずに兄達に混って日々訓練に参加していた。
「ねえ、お父さんは昔、勇者様の騎士だったんでしょ」
休憩の合間に、短パン、タンクトップ姿の幼いルリアは汗を拭きながら父親に話しかけた。
「また、その話か。ルリアはその話が好きだな」
べニコウジは目を細めてルリアを見ると、優しく話し始める。
「そうだ、父さんがまだ若かった時は勇者様と色々な町や村を回って、魔物を退治していたんだ。勇者様はそれは素晴らしい方でな、困っている人がいれば手を差し伸べるんだ。私はその御心に惚れて勇者様の騎士になったんだ」
「ねえ、ねえ、大きな魔物も倒したんでしょ?」
「そうだドラゴンやトロール、キングタイガーなんかの大きな魔物も勇者様達と一緒に倒したんだぞ」
「すごーい!」
幼いルリアはキラキラとした目で父親を見上げる。
「勇者様はとっても強いんだね!」
「そうだ勇者様はとっても強いんだぞ」
ベニコウジは幼いルリアにしゃがんで視線を合わせて語り掛ける。
「だがな勇者とは単に職業や武力の強さでは無いんだぞ。困っている人を助け、弱き者に手を差し伸べ、強き者に屈しない。その心こそが本当の勇者様なんだ」
「うん!私も大きくなったらお父さんみたいに勇者様の騎士になって、困ってる人をいっぱい助けるんだ!」
ベニコウジはその大きな手をルリアの頭に乗せて優しく撫でる。
「そうか、ルリアは勇者様の騎士になりたいんだな。じゃあその為にはいっぱい練習して強くならなくちゃいけないぞ」
「うん!私、いっぱい練習して騎士になる!」
兄に混じり剣の稽古をするルリアはみるみる上達していく。
そんなある日、父がルリアと同じくらいの年齢の青い髪の美少女を連れて練習場にやって来た。
「今日から一緒に練習する領主様の娘のヴィーラ様だ。領主様の娘でも練習中は他の者と同じ様に扱うよう言われている。皆、よろしく頼む」
「ヴィーラと申します。皆様、よろしくお願いします」
幼きヴィーラは一歩前に出て優雅に一礼して見せる。
その動作は子供とは思えない品と美しさで、ルリアは思わず見惚れてしまった。
「綺麗・・・」
歳が近いし同じ女の子なので、練習はヴィーラとルリアで組んで行う事が多くなった。
領主も元勇者の騎士であるベニコウジの強さと、ヴィーラと同じ位の歳のルリアがいる事を理由に、ベニコウジにヴィーラの剣術の教師に選んだのだ。
「ヴィーラいくよー!」
ルリアが凄いスピードでヴィーラに斬りかかっていく。
対するヴィーラは冷静に槍でルリアを間合いに入れないように牽制してる。
「やっぱり、槍ってやりづらいけど・・・、でもお父さんの突きに比べたら遅い!」
ヴィーラの突きを紙一重でかわし、ヴィーラが槍を戻すのと合わせて踏み込んで、ヴィーラの槍を持っている腕を木刀で打ち付ける。
「きゃあ!」
痛みのあまり槍を落としたヴィーラに対して、ルリアは剣を突きつけて満面の笑みを浮かべる。
「私の勝ち!!!」
負けたヴィーラはルリアを睨みつけて、プイッと練習所を出ていってしまった。
その日の夜にルリアは、お願いだからヴィーラ様に勝たないでくれ、と困り顔の父からお願いされたのだった。
初めて見る困った顔の父親を見て、幼心に不味い事をしたんだと反省した。
それ以来、ルリアはヴィーラと戦う時はギリギリで負ける様にした。
ヴィーラもルリアが自分より弱いと分かると、多少ルリアにも優しく接する様になった。
「何で私が槍なんて練習しなくちゃいけないのよ」
ヴィーラが顔を歪めて、ルリアに不満を漏らす。
ルリアは気付いたのだが、ヴィーラは私の前でだけする顔がある。
私の前だけ見せる顔があるヴィーラに気付いてから、ヴィーラのことがちょっと分かった気がした。
「でもー、いっぱい練習しないと勇者様の騎士にはなれないんだよ」
ルリアがそう言うとヴィーラはまた顔を歪める。
「私は別に勇者も騎士にも興味無いもの。だから練習なんてしなくて良いでしょ?」
「えー、何で?興味無いの?格好良いじゃない!」
「むしろ、何で女の子なのにルリアは勇者や騎士になんて憧れるのよ?」
「だって大きな魔物を倒して弱い人を助けるんだよ!私もお父さんみたいに勇者様と色々旅していっぱい困ってる人を助けるんだ!」
ヴィーラはルリアと価値観を共有するのは無理と判断して話題を変える。
「あと、ルリア。男の人の前で肌を見せるのは駄目なんだよ。汗を拭くときはちゃんと気をつけないと」
「えー、なんでー?面倒臭いし暑いじゃない」
「何でかは私も分からないわ。そうだって教わったのよ」
「ふーん。私は言われた事ないけどなー??」
ヴィーラはやっぱりこの子とは考え方が合わないと思って言うのを止めた。
ヴィーラの15歳の誕生日の日、太陽の神殿で洗礼を受けた。
15歳になってから初めて太陽の神殿で祈りを捧げると、スキルや職業をもらえる。
太陽神の誕生日プレゼントと言われている。
ヴィーラが貰ったのは勇者の職業だった。
周りの大人はそれはもう喜んで、三日三晩リースの町はお祭り騒ぎだった。
だが当の本人は嫌でしょうがない。
元から槍なんて好きじゃないし、強くならなくたって領主の娘に生まれたヴィーラは金も美貌も持って生まれたのだ。
槍なんてやらなくても一生遊んで暮らせる。
「何で私が勇者なのよ・・・はあー」
「安心して。私がヴィーラの騎士になって守ってあげるから!」
ヴィーラは更に深いため息を吐く。
「ルリア、あなた、私に勝てないのにどうやって私を守るのよ・・・」
「えっと・・・でも大丈夫だから!私、いっぱい練習して強くなるから!待っててね!」
「分かったわ・・・まあ期待しないで待ってるわ。私は王都に先に行くけど、ルリアも15歳になって洗礼を受けたら王都に来なさい」
ルリアはヴィーラに満面の笑みを向ける。
「うん!絶対、私、勇者ヴィーラの騎士になるから!」