トット村
リーザさんの言葉を考えれば考えるほど深みにはまって、よりリーザさんを意識してしまう。
俺は気持ちの整理がつかずに、一旦この件は考えるのを止める事にした。
スリープアローのスキルのおかげで、ぐっすり寝ることが出来て朝気持ち良く目を覚ます。
まだ外は暗い。
すでにリーザさんは起きて着替えを終えていた。
「おはようございます」
一日がリーザさんの笑顔から始まるなんてなんて幸せなんだ。
俺も素早く着替えて、シアとルリアを呼びに行くと、二人とも既に準備を終えていた。
「おはよう」
「おはようございます」
二人に挨拶をすると二人が俺に近づいて来て、顔を体にくっつけてくる。
「くんくん」
「くんくん」
「くんくん」
「くんくん」
「しませんね」
「しないね」
どうやら二人が俺の体の匂いを嗅いでいるようだ。
「おい、二人とも何をしてるんだ・・・」
ルリアがイタズラな笑みを浮かべる。
「いやー、シアが昨日の夜、ラム、ラムてうるさかったんで、朝に女の匂いがしないか確認しようって」
シアが慌ててルリアの口を塞ぐ。
「ちょっと!ルリア、内緒!内緒!」
女って・・・リーザさんの事だろ。
なるほど昨日の夜に俺とリーザさんの間に何かあったのかを、俺の体の匂いを嗅いで確かめようとしたわけか。
リーザさんが不満げに口を開く。
「もう、ラムさんたらこんな美人が横に寝てるのに、直ぐに寝ちゃったんですよ!」
リーザさんがイタズラぽく俺を見る。
ルリアもリーザさんと同じ様な笑みを浮かべて俺をからかってくる。
「えー!こんな美人を横に寝ちゃうなんて・・・ラムさん、へたれですね」
「うるさーい!」
シアだけはホットしている様に見えた。
リーザさんとルリアにいじられながら宿を出ると、うっすら外が明るくなり始めている。
町の外に出るとすでに馬車の隊列が出来上がっていて、物売りと馬車の乗客で賑わっていた。
朝御飯を買って馬車に乗り込と、馬車に乗った瞬間にルリアとシアは朝御飯を食べ始める。
なんかこれが自然に見えてきた・・・。
辺りが明るくなると笛の音とともに馬車の一団が動き始める。
しばらく進むと今までの草原の風景から、ガラッと景色が変わって森の中に入って行く。
「この森は精霊山脈の麓に広がってる森で、王都とベルクドの間にあるんですけど、高い山で危険な魔物もいるので、山の麓を迂回するんですよ」
リーザさんが森の説明をしてくれる。
「この精霊山脈は私の故郷のヒューガルデンまで続いているんだけど、私の育った町からも良く見えるのよ」
シアが懐かしそうに遠くを見た。
森の中の旅も順調で一度魔物に襲われる事はあったが、護衛の騎士団と冒険者が直ぐに駆けつけ、被害が出ることなく進んで行く。
もうすぐで休憩の村に着きますよ。
御者のモッチにそう言われてから直ぐに事件は起きた。
「ピピ! ピピ!」
前方から短い笛の音が二回聞こえると、馬車がだんだん速度を落としてついには停まってしまった。
モッチが馬車の中に顔を出して説明してくれる。
「また前で魔物に遭遇したんだと思いやす。しばらくすると動くと思うんでちょっと待ってて下さい」
モッチに言われて獲物探知スキルを発動すると。確かに前方に魔物の気配を感じる。
何の魔物かまでは分からないので、俺の出遭った事の無い魔物だろう。
森の中にも複数の魔物の気配があって、いくつかの気配が馬車の一団に近づいて来ている。
このまま、ここに留まって居れば、至る所で戦闘が始まりそうだ。
そのうちの一匹が運悪く俺たちの馬車の方に近づい来ていた。
「ルリア、魔物がこの馬車に近づいている。一応戦闘の準備をしといてくれ」
「はいな!」
モッチがぎょっとした顔でこちらを振り返る。
「すぐに護衛の冒険者が気付いてこちらに来ますので、ラムザール様達は落ち着いて行動してくだせえ」
魔物の移動速度は早くはないので、停まっていなければ逃げられそうだが、前が詰まっていて逃げることが出来ない。
最悪迎え撃つ必要がありそうだ。
「ピピ! ピピ!」
また前の方で笛の音が聞こえて、前方が慌ただしくなる。
先程の笛の音より近い。
馬車から降りて、前を確認すると何人かがこちらに逃げて来ている。
「ピピ! ピピ!」
今度はさらに近くで笛の音が聞こえる。
俺の獲物スキルでも何体もの魔物が、馬車の隊列をいたる所で襲っているのが分かる。
「ルリア、俺達の所にも来るぞ!」
短剣を抜いて構えて待つ。
現れたのは中型犬くらいの蛙で、全身黒色で赤い斑点が付いている。
「ポイズンフロッグです!素手で触ると死にますよ!」
ルリアの言葉に蛙とルリアの顔を往復してしまう。
触ると死ぬってどれだけ強力な毒なのよ・・・。
ポイズンフロッグの出現により、俺達の馬車周辺も慌ただしさがましてくる。
「ピピ! ピピ!」
モッチが笛を吹いて魔物の出現を知らせる。
「ルリア!こいつはどうやって倒すんだ?」
「毒を飛ばしたりはしないので、距離を取って弓か魔法で倒します!」
うーん。俺は弓スキルは持ってるけど弓矢が無い。
こんど弓矢も買って練習してみよう。
ルリアは剣だし、二人とも魔法は使えない。
ならば「スリープアロー!」
バチン!
光の矢がポイズンフロッグに当たって蛙は動かなくなった。
倒せはしないが無力化は出来たな。
「ピピ! ピピ!」
俺達の馬車より更に後方でも、魔物の遭遇の笛の音が聞こえる。
「ルリア、後方を見に行くぞ!」
「はい!」
ルリアと一緒に馬車の後方へと走って行くと、やはり同様にポイズンフロッグに襲われていたので、スリープアローで眠らせておいた。
その後も笛の音と俺の獲物探知スキルで馬車を襲ってきたポイズンフロッグを、どんどん眠らせて無力化していった。
全方の魔物は騎士団と冒険者によって片付けられていて、俺の出番はなかった。
「ちょっと俺たち良い働きしたんじゃないか!」
動きの遅い蛙を眠らせるだけの簡単なお仕事を終えて、上機嫌で馬車に戻ると、シアが泣きそうな顔で俺を睨んでいる。
「ばかラム!」
戻って来た俺の胸に顔を埋めて、ぎゅっと抱きついて来たシアの頭を優しく撫でる。
「ラムさん怪我は無いですか?」
リーザさんも心配そうな顔で俺の腕に触れる。
「大丈夫です。すみません心配掛けしました」
「ラムさんが強いのは知ってますけど、心臓に悪いんであんまり無理しないで下さいね」
「そうよ!ばかラム!」
シアは俺の胸からちょこっと顔を上げて睨んできたので、もう一度シアの顔を俺の胸に戻すと、大人しくまた俺の胸に顔を埋めた。
「ピーーーー!」
直ぐに笛の音がなって馬車の一団が動き出す。
モッチの話ではこの場に留まっているのは危険なので、もう少し先のトット村まで行って、そこで態勢を立て直すらしい。
直ぐにトット村に着いたのだが様子がおかしい。
前の村では直ぐに物売りの人々が近づいて来たのだが、この村ではそれが少なく、村全体が元気がない様に感じられる。
一人の女の子が近付いてくる。
「あの、パン要りますか?」
「ああ、貰えるかな?」
話掛けてきたのは七歳くらいの女の子だ。
この世界は本当に小さい子供が良く働いていて関心する。
俺のこのくらいの年齢の時なんて、何も考えてなくて毎日遊び呆けていた。
「一個1Gです」
「じゃあ、四つ下さいな」
女の子にパンと引き替えに4G渡すと、女の子がおずおずと俺の顔を見る。
「あの・・・」
「なんだい?」
「あの・・・、ポーション持ってませんか?」
「ポーション?持ってるよ」
「ポーションを売って貰えませんか?」
俺がポーションを取り出すと女の子は首をブンブン振る。
「それじゃなくて、青いポーション」
俺の取り出したポーションは傷を直す緑のポーションで、女の子が欲しいのは青系のポーション。
青いポーションが欲しいって事は、状態異常を直すタイプのヘディックポーションやキュアポーションなどだ。
俺が今持ってる青系ポーションはこの二つで、各二本づつ旅行の携帯薬として持ってきていた。
「シア、ヘディックポーションとキュアポーションていくらだっけ?」
ポーションを作って納品していて納品代は覚えているが、売値は全く知らないので横にいたシアに聞く。
「なに?」
「この子がヘディックポーションかキャアポーションが欲しいって言うからさ」
シアが女の子をちらっと冷たいで見てから答える。
「ヘディックポーションが400Gでキャアポーションが300G」
「シア、ありがとう。だってさ。どっちが欲しいの?こっちが病気用でこっちが毒用だよ」
俺は極力優しく話し掛けたつもりだったが、女の子は下を向いて黙ってしまった。
さらに優しい声で話を続ける。
「ポーションは何に使いたいんだい?」
「父さんとお母さんと弟が病気になっちゃたの」
「病気だったらこっちのヘディックポーションかな。でも三本は持って無くて、二本しか今は手持ちが無いんだ」
ヘディックポーションを二本女の子の前に差し出すが受け取ろうとしない。
シアが隣で冷たく言い放つ。
「ヘディックポーション二本で800G。きっと持ってないのよ」
確かにパンを一個1Gで売ってる小さい子が800Gなんて持ってるわけないか。
「よし、じゃあ、物々交換にしようか。その残ってるパンとこのポーション二本と交換しよう」
俺の言葉にパッと表情を明るくして、残りのパンとポーションを嬉しそうに交換する。
「私の名前はナンって言うの、お兄ちゃんありがとう!」
「俺はラムだ」
「ラムお兄ちゃんありがとう!」
ヘディックポーションを嬉しそうに抱えて去っていった。
「ラムは優しすぎるよ。最初からラムの優しさにつけ込む気満々だったじゃない。ポーションだって買えないの分かっていて、聞いてるんだから」
この世界の感覚ではそうなのかも知れないが、あんな小さい子が頑張っていて、俺に余裕があるなら助けてあげたい。
シアがむすっとした表情を緩める。
「でも、女の子を助けてくれてありがとう。優しすぎるけど・・・まあ、そこもラムの良さだから」
シアが笑顔向けてくれた。