39
「……最悪ですわ。わたくしのことを、信じてくださらないなんて」
「ま、マシェリ?」
つい口から漏れた感想に、グレンがぎょっと目を見開く。
「そうですよね。男としての器が知れます」
「ユーリィ、頼むから少し黙って。ーーマシェリ、僕はけっして君を疑ってなどいない」
マシェリの手を取り、きりっとした顔でグレンが熱弁する。するとマシェリは、「まぁ」と目を輝かせ、手をきゅっと握り返した。
「嬉しい……! それなら明日の散策、わたくしの単独行動を許してくださいますわよね?」
「い、いや……だから、それは話が別で」
「ダメですか? ……やっぱり、殿下はわたくしのことを疑ってーー」
「いや、違う! 違うけど……ひとりきりだなんて、危険じゃないか。もう少し考えさせてくれ」
握っていた手を押し戻され、マシェリは口を尖らせた。作戦失敗、である。
再びグレンの腕に掴まりながらため息を吐く。こう過保護では、危険な場所の野草採集などさせてもらえそうにない。
せめて四半刻くらい、ひとりになりたかったのだが。
(……仕方ないですわね。あんまりしつこく言って散策自体を中止にされても困りますし……時間を置いてもう一回攻めてみましょう)
「⁉︎ まぶし……っ。何これ?」
マシェリの前にいたユーリィが、突然声を上げた。
背伸びして覗こうとした、マシェリの肩をグレンが押さえる。
「ーークルルだ。たぶん魔力の残滓を探ってるんだろう。水竜の卵の」
グレンは両目を手のひらで覆いながらも、指の隙間から確認していた。マシェリは、目をぎゅっと閉じて俯く。
それはまるで、太陽の光を反射する巨大な鏡のようだった。
本の上にのったクルルが、羽根を大きく左右に広げ、冠羽から爪の先まで、金色に輝く光に包まれていたのだ。
「お疲れさん、クルル」
ルドガーが、ローブの袖からずるりと何かをひっぱり出す。ーー深い緑色の石が付いた、短めの魔法の杖だ。
杖の先がクルルにちょん、と触れる。
一瞬強い風が吹き荒れ、クルルの光がフッと消えた。
「この魔本を使って、クルルには水竜の卵の魔力を覚え込ませました。これから、それを追わせます」
「ああ、今イヌルを呼ぶ。協力して事にあたってくれ」
「はい」
ルドガーが頷く。グレンはぶら下げていた呼び笛を胸元から取り出し、ふとマシェリの方を見た。
「何か?」
「いや、もしかして君が吹きたいかなー、と思って」
「……けっこうですわ。ビビアンの顔を見るのは一日一回で充分ですもの」
何ならそれも無しでいい、と言う言葉は飲み込み、グレンに付いて噴水の前へと向かう。
グレンは笛を咥えると、高く噴き上がった水のてっぺんに向け、息を大きく吹き込んだ。
「おなかすいたーーっ!」
ワンワン、と鳴いてるようにしか見えない顔で叫びながら、イヌルが水から飛び出してくる。
派手な水しぶきはクルルを直撃し、美しい緑色の冠羽がぺちゃんこになってしまった。ーーイヌルを視界に捉えたクルルの眼が、ギラリと光る。
「ク、クルル⁉︎」
ルドガーが止めるのも聞かず、クルルは空高く舞い上がっていった。
太陽を背に、ぽかんと佇むイヌルに向かって急降下してくる。
「あいたたたたたっ‼︎ 」
激昂したクルルが、華麗に宙を舞いながらイヌルを何度も突っつきまわす。ルドガーは慌てふためき、止めようとして顔面から派手にすっ転んだ。
「大丈夫なんですか? あれで」
ユーリィが皆の思いを小声で代弁する。マシェリはちらりとグレンを見た。麗しい顔立ちに変わりはないが、あきらかに目が死んでいる。
「もっ申し訳ありません、殿下。お見苦しいところを」
クルルを肩で押さえながらルドガーが頭を下げた。空を舞ったおかげか、クルルの羽根はすっかり乾いている。
「いや、別にいい。それより、顔は大丈夫だったか」
「はい! この通り。俺、体が丈夫なのだけが取り柄なんで」
胸を張って言う、ルドガーの顔は確かに傷ひとつなく綺麗だった。
「……だろうな」
薄笑いとともにグレンがぼそりと呟く。ルドガーはきょとんとした顔で首を傾げた。
「何かおっしゃいましたか? 殿下」
「いや何でもない。ーーそれより、卵が逃げてもう二日経つ。匂いはだいぶ薄れているようだが、そのクルルは本当に探し出せるのか?」
「ええ。魔力は匂いとは違い、時間が経ってもその痕跡が残りますから。ーーたとえそれが、水の中であったとしても」
「でもさあ。卵の匂いは途中で途切れちゃってたんだよ?」
そう言って、イヌルがふたつ目のスコーンをぱくりと口に頬張る。イヌルの空腹対策にマシェリがとっておいた、ジャムなどを塗っていないプレーンな状態のスコーンである。
皿がわりに敷いていたハンカチを拾い上げて仕舞うと、マシェリはイヌルの前にしゃがみ込んだ。
「途切れたって、どういう事ですの?」
「あのねえ、僕、卵を見失なっちゃったから足跡の匂いを追っかけようとしたんだ。でも、それも途中で無くなっちゃってて」
「見失なったというより、忽然と姿を消したと見るべきかもしれない。……だから一応、人間に連れ去られた事態も想定して、出入りする荷馬車なんかも徹底的に調べさせてる」
「姿を消したのは城を出てすぐ。森の前の大通りらしいですから、可能性としてはありえますね」
ユーリィがイヌルの頭をなでてやりながら頷く。少し前かがみになったせいで、シャツから覗くふくよかな胸元が強調されたらしい。不意打ちをくらったルドガーが、真っ赤になって顔を逸らす。
「だっ、大丈夫です。魔力が微かでも残っていさえすれば……っ。途中で途切れようと障害物があろうと、その、クルルは見つけ出せますので」
「素晴らしいな。使い鳥は魔界で書簡の配達ばかりさせられているらしいが、もったいないことだ」
しどろもどろのルドガーに対し、グレンはやけに冷静だった。興味がないのか、それとも、見慣れているせいなのかはマシェリには分からない。
「お任せ下さい。ーー頼むぞ、クルル。それとイヌルも。水場ではお前が頼りだ」
ルドガーがイヌルの頭をガシガシと撫でると、そうだぞ、とばかりにクルルがイヌルの背中へ留まる。
ふわふわの冠羽を誇らしげに揺らすクルルは、探索ができても水に入るつもりはないらしい。
「はーい! あっ、マシェリ様。僕帰ったらスコーンのおかわり食べたいなあ」
「それなら、フローラにお願いしてみますわ。だから頑張ってお手伝いしてきて頂戴」
はーい、とイヌルが白いしっぽをぱたぱたさせる。緑色の光をうっすら纏っている以外、やっぱりただの大型犬にしか見えない。
「行け! クルル!」
ルドガーが杖を振るうと、クルルは矢のようなスピードで城門へ向かって飛んで行った。
※ 文中の『残滓』の意味は、「あとに残ったもの」です。物質としてあとに残った「残りかす」等の他、「残された価値のないもの」という比喩的な意味もあります。
ここでは魔力の痕跡、なごりという感じの意味で使っています。




