プロローグ
その日は、いつもと何も変わらなかった。
いつもと同じ時間に目を覚まし、いつものように身支度をする。始業時間の三十分前には研究室に到着し、仕事の準備を始める。
そうするちに一人、また一人と同僚たちが到着する。そしてまた、いつものように、今日が過ぎていく。
――そのはずだった。
新しい魔術の研究が最終段階に入っていたその日。部屋の中心にある大きな丸テーブルの上に、小さな苗木が置かれていた。そしてその下には、大きな魔法陣が描かれている。国の研究機関の、最新の魔術。といってもそんな大層なものでもなく。
その時の研究内容は、植物が自動で成長し、実をつけ、種を落とし、人が手を加えずとも育っていく。魔法のテラリウムを作り出すというもので、国の自給率を少しでも上げるための対策として考えられた術の一つだった。
当時主任だった私はその日最後の仕事として、同僚たちに見守られる中魔法陣を発動させた。
そして、私の意識は暗転した。
目を覚ました私が最初に認知出来たのは、目に映る天井と壁一面の本棚、そして研究室に漂う薬品の匂い。
自分が床に倒れていた事で、実験が失敗したのだと悟った。視界が歪むような頭痛を堪えながら、私は考える。確かに複雑な術式だった。だが何度も何度も試験を重ね、ようやく形になった所だったのだ。上からの許可もようやく下りて。完璧だったはずだ。
私は焦っていた。とにかく状況を確認しなくては。
何とか体を起こして立ち上がり、室内を見回す。そしてその惨状に、絶句した。
目に映ったのは、床にいくつも転がっている影。
もう動くことのない、先ほどまで一緒に働いていた研究員を前に――私はただ、立ち尽くすことしか出来なかった。