短編 ニーナと赤紫色の思い出 その2
更新が空いてしまって申し訳ないです…。
今月中に完結できればいいな、と思っています。
甘い花の香る町は、いつもよりもどこか浮かれたような様子だった。明るくて、騒がしくて…、とても楽しそうな雰囲気。それが…、何だかうらやましかった。――何故か、そのことが強く印象に残っている。あれから数年が経った今でも。
私が目を開けると、そこはどこかの町並みだった。しかし、すぐにそれが昔住んでいた町だということに思い至った。夢だと分かる、夢。…確かここは、ヴェリエ国の西の地域だったはず。私は両親の仕事柄、協会に来る前は世界のあちこちを回っていた。そのおかげで色々な言語を話すことができるし、地理にも詳しくなったけど、誰かと仲良くなってもすぐにお別れになってしまうことだけは、どうしても慣れなかった。両親も割と忙しくしていて、あまり話すことはなかったし…。そのため、私は一人で過ごすことが多かった。それがとても寂しくて…、けど、町にいる同年代の子に話しかけても、きっとずっとそこにはいられないから。だから、いつしか友達をつくることも諦めていた。
その日も私は、一人で町の探索をしていた。家に一人でいるのもつまらないし、何やら外が賑やかだったので、何が起きているのかとても気になったのだ。そうして家の外に出た私の目に入ってきたのは、たくさんの色鮮やかな花で飾り付けられた町だった。何だか、他の町に来てしまったようで…、けど、そこは確かに私がその頃住んでいた町。どの家にもブーケやリースが飾られていて、待ちゆく人たちも花束を抱えている人が多い。私は思わずその光景に見とれてしまった。でも、どうして今日に限ってこんなに華やかなのか。気になった私は、近くで花の冠を作って遊んでいた子に近づき、質問した。
「あの、どうしてこんなに賑やかなんですか?何かのお祭り…?」
そう尋ねると、その子は少し驚いたような顔をして、でも、親切に教えてくれた。
「今日は、花の日。ヴェリエ国では、この日に大切な人や仲の良い人にお花をあげる習慣なの。だから、みんなお家にお花の飾りつけして、お花屋さんで買ったお花を渡して、楽しんでいるんだよ」
そう言うと、その子もどこかに行ってしまった。走って行ったその先に、両親らしき人たちがいて…。私はその光景を見ていられなくて、反対の方向に歩き始めた。きっと私がお花を買って飾ったとしても、私の家族は誰も気づかないだろう…。だから、こんな日があったって意味はない。私には、関係ない。そう考えつつも、足は何となくお花屋さんの方向に向かっていた。そこではたくさんの人が集まって、花を買い求めていた。
「――君も、花を買いに来たの?」
そう声をかけられたのは、私がぼんやりとお花屋さんを眺めていたちょうどその時だった。驚いて振り返ると、そこには目深にフードを被った少年が、いつの間にか立っていた…。恰好だけを見るとかなり怪しかったけど、年齢が近そうなことに加え、特に危険性を感じるわけでもない。それに、ちょうどいい話し相手になりそうだと思った私はうなずいた。すると、私と同い年くらいの少年は「そうなんだ」と言って、それぞれの色の意味を説明してくれた。白は「友情」、「信頼」。ピンクは「愛」、「恋」。水色は「感謝」。黄色は「永遠」。そして紫は「祈り」…。それらをすらすらと告げた少年は、その後で尋ねてきた。
「それで、花を買ったら誰に渡したいんだ?」
「……家族、です。というか、お家に飾りたくて…」
私の答えに、そうか、と少年はうなずいた。そして何かを言いかけたが、そこでふとどこか遠くの方を見た。まるで、誰かに呼ばれたように。実際にそれは当たっていたようで、彼は行ってしまった。お花の説明をしてくれたことをありがたく思いつつも、少し寂しい。どうせなら、私がお花を買うまで一緒にいてほしかった…。そんなわがままなことを考えつつ、私はお花屋さんに入った。
迷った末に水色――、「感謝」の意味を持つお花を買った私は、ちょっと浮き立った気分でお店を出た。何だかんだ、結局買ってしまった。こんなの、ただの自己満足だと分かっている。だって、これを家に飾ったとしても、両親は気付くはずが無いし、興味を持つこともないだろう。けれど…。そんなことを考えていた時だった。急に、後ろから歩いてきた人が私にぶつかってきた。
「…っ!!」
体が大きく前に傾いてあっという間に視界に地面が広がる。ふわふわと水色の花が散っていく…。けど、私が実際に倒れることはなかった。その直前で、誰かが私を支えてくれたから…。
「大丈夫か?!怪我は…、してなさそうだな、良かった。…にしても、あいつ、謝りもせずにそのまま…。後で捜して痛い目に遭わせるか」
そうつぶやいた声に、確かに聞き覚えがある。そして、彼のいる方向を見たわたしは、それが正しかったことを確信した。助けてくれたのは、さっきのフードを被った少年だった。相変わらず目深に被っているせいで、顔は全く分からない。ぶつかってきた人が立ち去った方向を見つめている。…けど、地面を改めて見た私はショックを受けた。買ったばかりの花がばらばらになって落ちている…。少年もそれに気付いたらしい。しばらく沈黙した後で尋ねてきた。
「水色の花、もう一度買って来るか?さっきは突然同行者に呼ばれたから行かざるを得なかったが…、しばらくは暇だから、一緒に行ってもいいし」
「…いい、です。だって、どうせ買ったとしても、私以外、誰も気付かないでしょうし。だから…、買っても買わなくてもきっと一緒です」
自分でも驚くほど淡々とした声でそう答えた。そうだ、そもそも、そうだと分かっていてお花を買った私がいけなかったんだ。買っていなければ、きっと、こんなに落ち込むこともなかったはずで…。そう思ってうつむいた私に少年は何を思ったのか、無言のまま私の手を引っ張って近くの公園へと連れて行ってくれた。そして、ベンチに座った後で真剣な声で告げる。
「…だとしても、それでも花を渡そうとした君の気持ちまで否定されるべきではないよ。だから、代わりとは言えないけど…」
そう言って、辺りを見渡した。そして、私たち以外に誰もいないことを確認して笑った。フードで顔は隠されているはずなのに…、何故かそうだと分かった。少年は上着の内側から一輪の不思議な花を取り出した。何か特徴があるわけではないのに、自然と視線が引きよせられる…、そんな花を。けど、一体何をする気だろう。不思議に思ったその時。少年の手を見た私は驚いた。正確には、少年の手の中と言うべきか。そこにいつの間にか数本の花が現れていた。――まるで、魔法のように。私が呆然としている間にも花の数は少しずつ増えていき、最後には綺麗な花束になっていた。それを、少年は私に渡してくれた。
「はい、君にあげる。自分の部屋にでも飾っておくといい。ああ、それと、このことは誰にも内緒で」
私は受け取った花をじっと見つめた。それは、お店には売っていなかった色。そもそも、町の中のどこにもなかった色だ。けど…、とても綺麗だった。
「あ、ありがとう…ございます。あの、これは…魔法なんですか?」
「そういうこと。……紫の花の意味は、『祈り』だ。君に、この先たくさんの幸せがあることを願ってるよ。――それじゃあ、俺はこれで」
それと同時に風が吹き、目の前をたくさんの花びらが舞う。私は思わず目を閉じた。しばらくして、ようやく風が止む。けど、目を開けた時には既に彼の姿はなかった。まるで、幻だったかのように。最初から存在していなかったように…。けど、私の手には確かに赤紫色の花がある。それが、あの不思議な魔法使いの少年の存在を証明しているようで…。私は思わずぎゅっと花束を抱きしめた。
読んでくださり、ありがとうございました。




