短編 ニーナと赤紫色の思い出 その1
ニーナ目線の、花の日に関するお話です。
「…では、出しに行ってきますね」
同室のジェシカにそう声をかけた私は、分厚い紙の束を持って部屋の外に出た。これから、同じ「魔法仕掛け」の研究をしていたセシルと共に協会長に報告書を届けに行くつもりだった。というのも、この時間に行かないと、しばらく協会長には会えないという話を聞いたからだ。どうやら、どこかに用事があるようで…。その用事が何なのか、詳しいことは分からないけれど、しばらく戻れないだろう、という話だった。なので、それまでにどうにか提出したかったのだ。部屋の中を振り返ると、ジェシカがかなり心配そうな表情で私を見ている。さっき、私が昨日徹夜でこの報告書を仕上げたと言ったからだろう。…けど、たぶん協会長にこれを届けるくらいの気力は残っているはず。それが終わったら、さっさと部屋に戻って寝よう。それまでは、どうにか…。そう思いつつ、私はジェシカに大丈夫だと伝えるために笑みを向け、それから部屋の扉を閉めた。そして、そこで待っていたくれた人に声をかけた。
「セシル、ごめんなさい、お待たせしました。それに、私が間違えた文字も完ぺきに直してくれたみたいで…。本当にありがとうございます。助かりました」
「別に…。共同で研究しているんだから、これくらい当然だ。…それよりも、ニーナ、大丈夫か?顔色が悪いけど。何だったら、今日は休んで、協会長が戻ってきたら出すか?期限まではまだかなりあるし」
セシルが心配そうにそう言ったけど、私は首を横に振った。せっかくならば、今日のうちに出してしまいたい。そのために夜通し頑張ったんだし…。セシルにそれを言ったら絶対に怒られるし、強制的に部屋に戻されることになりそうなので言わなかったけれど。セシルはまだ少し心配そうな表情で私の方を見たが、結局何も言わず、代わりに私の手から分厚いレポートを取り上げ、持ってくれた。
「ちょ…、セシル。大丈夫です、それくらい。そこまで重くないですし、私が持ちますよ」
けれど、セシルはただ笑うだけで、全く返してくれる様子がない。
「いいから。たまにはいいだろう。それに、ニーナがいなければ、今頃俺は何の研究もせずに協会長とかに怒られてただろうから。そのお礼ってことで」
そう言って歩き出す。私はその後を追いつつ、思い出した。…そういえば、セシルに一緒に研究をしないかと声をかけたのは私の方だった。
私の研究テーマは「魔法仕掛け」についてだ。けれど、現存しているものがかなり少ない上に、人にとって危険なものばかりだ。使い方を誤れば大惨事になりかねない。そのため、協会長には、それに関する取扱い方法や歴史について調べるところから始めるべきだと言われた。そこで、それに関する資料を色々と集めていたところ、セシルに出会った。一応、同じ協会内にいる魔法使いということで彼については知っていたけれど、こうして話すようになったのは、私が資料選びに苦戦していた時だった…。セシルは資料にとても詳しくて、私の欲しい書物を簡単に見つけ出してくれた。資料室に来ることがとても多いらしく、そのため、どこに何があるのかを大体把握しているのだそう。その時、セシルはまだ研究テーマを決めていない、と聞いて、何となくその場の勢いで誘ってしまったのだ。セシルは私の提案に最初はびっくりしたような様子だったけど、すぐにうなずいてくれた。そして、それからというものの積極的に手伝ってくれるようになった。あまりにもあっさりと承諾されてしまったから、もっとじっくり考えなくても良かったのだろうかとものすごく心配になったけれど…。けど、セシルがいなければこんなに早く終わっていなかったことも事実だ。なので、あの時誘って本当に良かったと思っている。
「そういえば、ニーナ、一応魔法仕掛けの研究はひと段落したけど、この後はどうするつもりなんだ?」
セシルに突然そう尋ねられて、ぼんやりとしていた私は我に返った。けれど、特に何がしたいか、と聞かれても何も思いつかないのが現状で…。
「そうですね…。まだあまり考えていなくて。魔法仕掛けについてもっと深く掘り下げてもいいんですけど、実際、魔法仕掛けって今はほとんどないでしょう?だから、あまり役に立たない気がするんですよね。でも、他の研究をするのも何だか…。そういうセシルはどうなんです?」
「何がいいかな。俺だったら、資料室の番人でもしたいけど。それか、この魔法協会に関する歴史とか?まあ、それはたぶん、協会長に止められると思うけど」
そう言ってセシルは笑った。非常に彼らしい言葉に私も思わず笑ってしまった。
「協会の歴史って割と秘匿されているものが多いですからね…。色々、公にはできない闇の歴史でもあったのでしょうか?」
恐らくそうだろう、とセシルはうなずいた。魔法というのは便利だけれど、時に災厄を呼ぶこともある。公にはこの世界から既に魔法は消えている、とされているのも、元々はそれが原因だ。だからこそ、私たちは徹底的にその存在を隠し通さなければならない。表舞台に出てはならない…。事実、ほとんどの魔法使いはこの魔法協会に入ってからはほとんど外に出ていないはずだ。ジェシカやゼンさんはよく協会長やギルさんに用事を頼まれて外に出ているけれど…。それは例外中の例外だ。あの二人は、他の魔法使いとは比べ物にならないほどの強い力を持っている。だから、強すぎる力を持つという意味では危険ではあるけれど…、その代わり、何かが起こったとしても絶対に対処できる。そう分かっているから、協会長たちは二人を外に出しても大丈夫だと思っているのだろう…。それがほんの少しだけうらやましい。
「…なあ、ニーナ。この書類を無事に出し終わったら…」
不意にセシルが何かを言いかけた、その時だった。
「おや、二人がここにいて、しかも書類を持っているということは…。研究が終わった、と判断して大丈夫だということでしょうか?」
そんな声がした。見ると、いつの間にかそこに協会長が立っていた。外出の準備をしているようで、手に色々と上着や様々な薬草など、荷物を抱えている。セシルがなぜか少しだけ複雑そうな表情をしていたけど…、私は構わずにセシルの手から書類を受け取り、協会長に渡した。
「そうです。誤字はセシルがすべて直したと思うので大丈夫だと思います」
「そうですか。ご苦労様でした。しばらく忙しいので、なかなか見られないかもしれませんが…。暇ができたときにゆっくり読ませていただきます。…ああ、それと、ジェシカに今日が期限の書類を提出するよう、伝えておいていただけますか?」
わたしは了解の意味を込めてうなずいた。ジェシカは割とそういったものを溜めがちなので、こういう頼まれごとをされることが多い。全くジェシカは…。部屋に戻ったら少しだけ手伝おうかな、と考えた。一方、協会長は私の返答に満足そうに微笑み、魔法を使ってその場から一瞬で消え去った。良かった、ちゃんと渡せた…。…が、その瞬間、強いめまいに襲われた。……書類を出し終えて、気が抜けてしまったのかもしれない。でも、部屋に戻るまでは…、どうにか、倒れないようにしないと。そう思うのに、体は全く言うことを聞いてくれない。視界の端から段々霞んで、ぼやけて、真っ黒になっていく。
「…っ、おい、ニーナ!?どうしたんだ?」
セシルの声がする。…やっぱり、セシルの言う通り、今日は休んでいた方が良かったのかもしれない。そんなことを今更考える。セシルの言葉に返答することもできず、私は気を失った。
読んで下さり、ありがとうございました。




