短編 ユリアの追憶 その2
久しぶりに森から出ると、ものすごく景色が変化していた。この町…、こんなに賑わっていたかな?思わずきょろきょろと辺りを見渡した。人が多いし、何だか町の雰囲気がキラキラとしている…。あたしはそのことに少し驚いたが…。もっと詳しく観察する前に、あたしを抱えたままのルヴィスの服を引っ張った。
「あの、そろそろ下ろしてくれると嬉しいんだけど。人が多いから、このままの状態だと嫌」
目線が高いから見やすいけど…、抱えられたままで人に見られるのは抵抗感がある…。しかし、何故かルヴィスは渋った。どうやら、あたしが人波にのまれて迷子になると考えているらしい。真剣に迷っている。だから、あたしはあなたより相当年上なんだって…。そう言いたいが、信じてくれなさそうだし…。そうしている間にも、周りにいる人たちがちらちらとあたしたちの方を見ている。か、完全に目立っている…。あたしはこれが嫌なんだって!余計な注目を浴びたくないの!!あたしにとって、注目を集めるということは、とても怖いことだ。あたしが、「碧の魔女」と知られた場合のことを考えるのが、怖い。このまま抱えられているのなら、フードを被ろうかな…、と考えていたその時。ルヴィスが小さくため息をついた。そして、慎重にあたしを地面に下ろす。そして、しっかりと手を繋ぎ、再び歩き出した。その歩調は先ほどよりもゆっくりとしている。恐らく、あたしに合わせてくれているのだろう。
「…絶対に手を離すなよ。あんた、小さいから、迷子になったら見つけられる保証がどこにもない」
「はいはい、分かってますって。でも、そこまで心配しなくて大丈夫だよ?迷子になったことないから」
その代わり、光華の魔術師――、イジュアはよく知らないところに行っては道に迷っていたっけ…。なんて、懐かしく思い出してしまった。その彼女も、今はもうこの世にない。
孤独だな、とふと思う。永遠の時を生きるという孤独感は、きっと、あたしたち最初の魔法使い以外、誰にも味わえないだろう…。
そんなことを考えていたその時。不意に、騒ぎ声が聞こえてきた。見ると、周りの人たちを押しのけてやって来る人たちが。しかも、彼らはこっちに段々と近付いてくる。え、な、何?!あたし、何もしていないですけど!まあ、でも、もし危害を加えられたら蔦で攻撃すればいいか。でも、なるべく人目のない場所に移動しないと…。と、そこで突然ルヴィスの歩調が速くなった。付いていけなさそうなので、魔法を使って、宙に浮いて移動することにした。…とはいえ、地面すれすれだし、歩いているように足を動かしているので、たぶんばれないはずだ。というか、何で急に早歩きに?もしかして…。
「悪い、ユリア。こちらの事情に少し巻き込むことになりそうだ。でも、君に危険が及ばないようにはする。だから安心してくれ。もし俺が追いつかれたら、君だけは逃げられるようにしておく」
はい??いや、そんな勝手に話を進められても困る。というか、この言葉からすると、追われているのはルヴィス……?やっぱり、この人、誘拐犯だったのかな。けれど、この状況で直接聞くのも怖いし…。いざとなればあたしの方が魔法の力は強いから勝てるだろうけど、なるべく町で大きな力を使いたくない。あたしが黙ったまま色々と考えていると、ルヴィスはその沈黙をどう思ったのか、苦笑して、
「別に悪いことをしたわけじゃない。俺の故国は、魔法を決して認めていない国なんだ。俺は、自分の魔法の力のせいで迫害された。だから、国を出た。けれど、残念なことに未だに追手が放たれている」
そう、彼の事情を明かした。その国の話は、あたしも聞いたことがある。魔法を持つ人が国を追放されたり、最悪、殺される場合もあるということを…。だから、さすがに最初の魔法使いであるあたしたちも、そういった国には近づかない。あまりにも危険だから。…でも、そっか。彼は、勘違いからだけど、こうしてあたしを町に連れ出してくれた。追われている身のはずなのに。きっと、あたしが住む森に来たのも、元は追手から逃れるためだったのだろう。……それなら、少し助けてあげてもいいかな。あたしは少しだけ笑った。そして、ルヴィスにこう問いかけた。
「…ねえ、追手から逃げられればいいのよね?そして、その手段は何でもいいってことよね!」
「……は?!いや、まあ、確かに逃げられればいいが、何でもというのは…。大体、君みたいな子どもにどうにかしてもらうつもりはない。これは俺の問題だ」
うわ、また子ども扱いされた!…けれど、それならちょうど良い。あたしがただの子どもではないと証明できる、とても良い機会。最近、大きな魔法を使っていなかったし、たまにはいいかな。それに、今は逃げることが最優先。他はあまり気にしなくてもいいだろう。タイミングよく、人の少ない場所に出た。ここなら他の人が来ることもないだろう。あたしは、手を掴むルヴィスの手を振り払った。そして、追手の方へと向き直る。ルヴィスが驚いたように振り返る。けれど、あたしはそちらを見ずに、
「大丈夫、大丈夫。あたしを誰だと思ってるの?――あたしは、碧の魔女。この世界を創った魔法使いの一人よ。…って言っても信じてくれないだろうから、今から証明してあげる」
追手が走ってくる。あたしは手をかざした。その瞬間、あたしの足元からおびただしい数の蔦が生える。それは一本一本意思を持ち、あたしの魔法で進む。後ろでルヴィスが息をのんだのが分かった。追手たちも、驚いたように一瞬立ち止まる。だが、動いているそれが蔦だと分かると、怖くないと判断したらしく、再びこちらに向かってきた。あたしは囁くように、蔦へと命令した。
「さあ、行っておいで。そして、――存分に暴れて」
その瞬間、蔦は勢いよく彼らの方向へと向かう。まるで、水が流れるように、一つの方向へ、まっすぐと。追手は慌てて剣を抜き、何本かを切り落とす。けれど、蔦は圧倒的な数だ。彼らは蔦の波にのまれ、動きを取れなくなる。…意外と呆気なく終わってしまった。なので、ついでにあたしはとある魔法をかけることにした。…とは言っても、そこまで彼らに影響はないはずだ。あたしが追手たちに向かって手をかざすと、彼らは顔を引きつらせる。それは、紛れもない恐怖の表情。――何度も、何度も、あたしが向けられてきた表情。強い力を持つ者に対する、恐れ。一瞬、寂しさに襲われたが、深呼吸してそれを忘れる。そして、淡々と唱えた。
「――次に目覚める時は、あなたたちは、ルヴィスのことを忘却している」
蔦が一瞬光り輝いて……、すぐに消える。そして、追手たちはその場に倒れた。うん、上手くいったみたい。そう確信するのと同時に蔦は波のように引いていき、地面の下へと消えていく。これでおしまい。久しぶりにこういった魔法を使ったせいか、少し疲れた。…何か、甘いものが食べたいな。そんなことを考えていたその時、後ろから呆然としたような声がした。
「――ユリア、君は……」
…そういえば、ルヴィスがいたんだった。元々はルヴィスを助けるために魔法を使ったはずなのに、すっかりそのことを忘れていた。…けれど、振り向くのが怖い。追手のような、恐怖の表情を浮かべられていたら、あたしは…。恐る恐る振り返り、ルヴィスの顔を見る。けれど、そこに浮かんでいたのは、あたしが恐れていた感情ではなくて……、
「君は、本当に碧の魔女なんだな。助かったよ。ありがとう」
微笑みだった。若干驚嘆は含まれていたけれど、そこには恐怖の色などなかった。そのことに…、何故かあたしはほっとした。たぶん、こうやって大規模な魔法を使った後で、こう言った表情を向けられるのは初めてだった。そのことに、何だか泣きそうになって…、あたしはルヴィスから目を逸らした。
「…別に、礼を言われるほどのことじゃないわ。それより、彼らが目覚める前に移動しようよ」
そう言って、あたしは返事も待たずに町の中心へと続く道を歩き出した。
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