第76話
「竜」が今いる場所。そこには、わたしがさっき仕掛けた魔法が存在している。いつもと比べたらかなり雑なやり方をしてしまったので、ちゃんと発動するかかなり不安だったが、どうやら上手くいったようだ。わたしが少し笑みを浮かべた瞬間、彼の周りを緋色の炎が取り囲む。…そう、これは、わたしが前に皇国でも使った、あの炎の檻だ。まさかもう一回使うことになるなんて思ってもいなかったけれど…。それに、もしわたしだけしかここにいなかったとしたら、これは成功していなかった。仕掛けようとしてもその前に気付かれる可能性が高い。どうにか成功したのは、二人の協力があったから。イジュアさんには、強い魔法を放って檻の魔法が位置する場所に「竜」を誘導してもらったのだ。この中に入ってしまえば、その人はそこから出ることもできないし、基本的には魔法も使えない。だから、こちらに余裕ができる。
「…ゼン、『竜』をラトスさんから引きはがすの、お願いしてもいい?」
ゼンは軽くうなずくと、花を彼に向ける。その瞬間、ラトスさんの体から黒い霧が現れた。…あれが、「竜」の本当の姿…。だが、いつまでも二人を同じ場所に留めておくともう一回彼の体が操られそうなので、わたしは炎を消した。それと同時にラトスさんがその場に倒れ込む。さすがにあれほど力を使われたら、元の状態に戻るには時間がかかってしまうだろう。でも、何とか間に合った…。イジュアさんがわたしに言った。
『わたしはあの者の手当てをしておく。息はあるが、放置しておくとまずいだろう。後は任せた。余裕があったら援護するよ』
そう言って、ラトスさんへと近付いていく。彼のことは、イジュアさんに任せておけば安全なはずだ。治療と同時に、イジュアさんが「竜」から彼を守ってくれるはずだから。一方、「竜」は無理矢理引き剥がされたせいか、相当怒っている様子。まあ、当然と言えば当然かもしれないけれど…。だが、それは本当ならばやってはいけないことだ。
しかし、こちらがこの後どう始末すればいいのか分からないのも事実。ラトスさんから切り離したけれど、まだ強力な力を持っているし、異様に大きい。全体に一気に魔法をかけるのは不可能だろう。いつ攻撃されても大丈夫なように身構えつつ、わたしは隣のゼンに相談した。
「ねえ、ここからどうする?全体を氷漬けにすることって可能?それならすぐに終わるけど…」
「…逆に聞くけど、ジェシカはそれができると思うの?そんなの無理に決まってる。小さかったら良かったんだけどね。早急に終わらせたいのは分かるけど、もう少し現実的な作戦を考えようよ」
と言われてしまった。…まあ、そうですよね。わたしだって、この大きさの「竜」を一気に燃やせって言われたら無理だと即答すると思う。そもそも、逃げられそうだし。一体、どうすれば…。無理矢理小さくすることって不可能なのかな?とか考えていると、ゼンが「あ」とつぶやいた。
「小さくできるかは分からないけど、動きを止めることはできるかも」
そう言って、彼はニーナが言っていた話を教えてくれた。仕掛けは動力源を失えば、動きが止まるということを…。そして、それは魔法仕掛けも同じで、魔法の力がなくなってしまえば、動かなくなってしまうのだと…。つまり、動きが止まるまでこちらも魔法を使い続ける、と…?そんなことを話し合っていたが、のんびりしている余裕はあまりなかった。突然、「竜」が動き始めたのだ。しかも、執拗にわたしだけを狙ってくるという…。こうなったら、わたしだけは何が何でも倒そうと思ったのかもしれない。ゼンが氷の矢を放ったが、それすらも尾で弾き飛ばしてしまう。あああ、どうしよう。何か魔法を使うべきなのは分かるけれど、どの魔法を使うべき?迷った末、適当に幾つか火の球を飛ばし、ちょっとだけ横にずれた。一直線にこちらに向かってきた「竜」は球を消したが、そのせいでこちらの方向転換に気付かなかったらしく、そのままわたしの真横を通り抜ける。あ、危なかった…。だが、向こうはまだまだやる気のようで、すぐにこちらに引き返してきた。さすがに同じ手は使えないし…、どうしようかと考えていたら、いつの間にかわたしの近くに来ていたゼンが立て続けに鋭い氷の刃を放つ。しかも、避けても対象を追跡する仕組みになっていて、「竜」はそちらに対処するため、こちらからその目を外していた。少し余裕ができる。さすがゼン…。と感心していると、尋ねられた。
「何か、ジェシカの魔法で向こうの動きを封じる方法、ない?檻はもう使えないだろうけど…」
さすがに、向こうが動力源を失うまで戦うわけにはいかないと思ったのだろう。わたしは少し考えた。あの魔法が、使えるかもしれない。
「…一個、自分で調整した魔法があって、それならできるかもしれないけど…。成功するか分からないし、ゼンにまた色々と手伝ってもらう必要があるんだけど、お願いできる?」
「分かった。それと、既にもう巻き込まれてるから、今更頼まなくていいよ」
それもそうか…。そう思いつつ、わたしはその魔法を使うための準備をすることにした。特別に何か準備をするわけではないけど、とにかく正確性が大事だ。それには、ある程度その対象を同じ場所に留まらせ、大きさなどを考慮して使う必要がある。もっと人手があれば良かったけど、贅沢を言ってはいられない。この一回で、決めなければ。わたしが「竜」を見据えるのと同時に、ゼンが氷の刃を消滅させる。その瞬間、再び「竜」はわたしを狙いを定めた。こちらを青い瞳でじっと見て、真っ白な炎を吐く。だが、ゼンがわたしの手前でそれを遮った。向こうが使うのは炎で、ゼンが使うのは氷のはずなのに。余裕で炎を消した。そのことに少し驚くと、ゼンは軽く笑った。
「さすがにこれ以上、ジェシカに怪我させるわけにはいかないからね。あと、正直『竜』に対して苛立ってる。個人的な理由でこっちを巻き込んだことに関して…」
その声音は非常に冷たい。それに呼応するかのように氷を伴った風が「竜」に向かって吹きつける。それは、一瞬だけだったが、確かに「竜」の一部を凍らせた。初めて、まともに攻撃が当たった気がする。それに、その瞬間だけでも時間は十分だった。わたしは、魔法を放った。それは、緋色の、炎の糸。それが空中で放射状に広がる。それは「竜」の大きさを超えていた。それを見て、「竜」は慌てて氷を振り払い、逃げようとしたが…。わたしは不敵な笑みを浮かべた。
「残念、もう遅いよ」
なぜなら、向こう側にイジュアさんがいるから。彼女もまた、同じ系統の魔法を使ってくれている。つまり、挟み撃ち。この魔法を本当に使うことになるかは分からなかったし、イジュアさんの持っている力で完成するか分からなかったから、使うかどうかははっきり伝えていなかったけど…。どうやら、ちゃんとこちらの考えを読み取って力を貸してくれたようだ。炎の糸はクモの巣のような形を作り、「竜」を包む。そのまま、動きを封じ込める。それは、炎の網だ。だが、その魔法を使った瞬間、一気に力が抜けた。そのまま倒れそうになったところをゼンに支えられた。この魔法はかなり強力なもので、体力や魔力の消費が激しい…。すると、ラトスさんのところにいたイジュアさんがゆっくりと歩いてきた。
『ありがとう、ジェシカ。本当に、本当に助かった。疲れただろう?こいつの封印はわたしがやる。元は、わたしの敵だからな。…巻き込んで、悪かった』
そう言うと、イジュアさんはゆっくりと「竜」に手をかざす。「竜」は諦めたのか、炎の網が効いているのか、動かない。何も言わないまま、光となり、やがてその姿は一つの球となった。そして、それを見届けたと同時にわたしは意識を失ったのだった。
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