第75話
幾つもの魔法が同時に飛んで来て、わたしは避けたり、魔法を使ってその効果を相殺したりした。だが、先ほどから自分の魔法にそれほどの力が乗っていないことがはっきりと分かっていた。実際、相殺しようとして使った魔法が途中でその力を失ってしまう回数が増えてきている。そのせいで時折その攻撃が当たっていた。ちょっとでいいから休憩時間が欲しい。そうしたら少しは力を取り戻せると思うんだけど。でも、そんな願いが叶うわけがなく、戦いが続いている。見かねたイジュアさんがちょこちょこ「竜」を妨害してくれて非常に助かっているけれど、今の彼女が使える力は少ない。それにもいつか限界が来てしまうはずだ。明らかにこちら側が不利な状況。それでもわたしは、諦めることだけはしたくなかった。何の抵抗もせずに終わるのは嫌だった。…だが、こちらが簡単に向こうに手を出せないのも事実。ラトスさんに怪我をさせられないという状況が大きな枷となっている。本体だけ叩くにはどうするべきか、ずっと考えているが何も出てこない。頭がちゃんと回らないくらい、疲れている。気力だけで動いていると言っても過言ではなかった。……だから、気付かなかったのかもしれない。
『…っ、ジェシカ!後ろだ!』
不意にイジュアさんが鋭く叫んだ。振り返ると、いつの間にかそこには真っ白な炎が。今までにないくらいの規模で、わたしの目の前にそびえている。避けるには近すぎるし、魔法で対抗しようとしても恐らくこちらの魔法が打ち消されるだろう、そんな炎。こちらに迫ってくるその動きがとても遅く感じる。それなのに、体は全く動かない。まるで、金縛りにあってしまったよう。何かしらの対抗手段を取らないと。そう、思ってはいたのに。わたしは、それをじっと見ていることしかできなかった。……ここで、終わってしまうのだろうか。そう思った直後。
突如、炎が掻き消えた。まるで、最初からそこに存在していなかったように。
『…ああ、どうやらようやく助けが来たようだ。良かったな、ジェシカ』
イジュアさんが遠くに視線を向けて微笑んだ。それとは対照的に、「竜」は呆然としている。恐らく、今の魔法で全てが終わると思っていたのだろう。でも、それはわたしも同じだった。突然のことに理解が追いつかない。一体、何が起こったのか…。取りあえず助かったのは分かったけれど、どうして…?けれど、わたしは、白い炎が消えた時に微かに感じた気配を知っていた。
「――助けって言われても、そこまで期待できないと思うよ。炎と氷の組み合わせとか、正直僕の手に負えない。他の人も連れてきたかったんだけど、魔法の綻びがある箇所が少なすぎて、一人しかここに来られなくて。それで誰が行くかって話になったんだけど、その結果がこれなんだよね…」
苦笑しつつそう言ったのは、ゼンだった。つまり、その話し合いの結果、彼になったということだろう。確かにさっき、ゼンが来てくれればいいな…、とは思ったけれど。まさか、本当に来てくれるとは思わず、非常に驚いた。一方、ゼンはわたしを見て非常に心配そうな表情になった。
「というか、あまり間に合ってなかったみたいだね。ごめん。ジェシカ、大丈夫?あちこち怪我しているみたいだけど。さっさと終わらせて治療してもらった方がいい」
そう言われて改めて自分の腕や足などを見てみると、確かにひどい。必死だったから気付かなかったけれど…。気にし始めると少し痛いかもしれない。なので、あまり考えないようにした。
「それで、あの魔法仕掛けはどうする?僕としては、このままさっさと氷漬けにして終わらせたいんだけど、そういうわけにもいかないし。それにこの様子だと、まだあの人から『竜』を引き剥がせていないよね?」
ゼンはそう言って『竜』を見る。非常に冷ややかな目。だが、向こうは未だに動揺している様子だ。この間に何かしら手を打つべきだろう。わたしは少しだけ考えたが…、一つ、いい方法を思いついた。今はゼンがいるから、たぶんいけるはず。わたしは向こうの動きに警戒しつつ、小さな声でその計画を話した。すると、イジュアさんはくすっと小さく笑い、『やる価値はあるな』と賛同してくれた。だが、ゼンの方は微妙に心配そうだ。確かに、この作戦においてはゼンはかなり重要な役を担っている。だから、不安に思うのは当然だと思う。さっき、自分の手には負えないとも言っていたし。けれど、最終的にはうなずいてくれた。なので、わたしはゼンに約束した。
「なるべく負担がかからないように、すぐ終わらせるから!」
危ないことに少しでも巻き込んでしまった分、なるべくその時間は短くしないと。もしこれでゼンが大怪我してしまったら、きっとわたしは立ち直れないだろう。けど、簡単に彼に怪我をさせるつもりはない。というか、絶対にさせない。
『それじゃあ、…そろそろ始めるか。二人とも準備はできているか?』
イジュアさんの質問に、わたしとゼンはそれぞれうなずいた。イジュアさんは微笑み、手で軽く空を薙いだ。その瞬間、薙がれた場所から炎が現れる。すごい技術!というか、さっきからずっと思っていたけれど、かなり強くない?力はそこまでないと言っていたが…。見とれそうになったが、わたしにも色々とやるべきことがある。「竜」が彼女に対抗する隙を狙って移動した。そして、特定の場所にとある魔法を仕掛けておく。これが、後で非常に役に立つはずなのだ。しかし、これには一つ問題がある、仕掛けるのに非常に時間がかかる。わたしが先ほどゼンとイジュアさんにお願いしたのは、その間の時間稼ぎだった。もちろん、なるべく早く終わるように努力はするけれど、途中でその魔法を消されてしまったら面倒だし、やり直す必要が出てくる。わたしは魔法をその場に仕掛けるため、手のひらを地面に向けた。これは炎の魔法なので、花がなくても大丈夫。その作業もしつつ周りの様子を確かめると、二人は上手い具合に「竜」を引きつけてくれている。だが、時々こちらにも攻撃が飛ばされている。なので、その度に中断する必要があった。…それに、少しは動いておかないと向こうに怪しまれそう。今更ながらそんなことに気付いた。思わずため息をつきたくなったが、この魔法に気付かれたら大問題なので、時折攻撃を加えたり場所を変えたりしながら作業を続けることにした。作業効率は断然悪くなるけれど、しょうがない。だが、並行して魔法を使うというのも、かなり難しい。次第にどちらかにしか集中できなくなってきた。すると、何も言っていないのにゼンが近付いてきた。どうやら、「竜」の攻撃を弾き返してくれるらしい。
「…しばらく近くにいるから、仕掛けの方に集中して。さっさとそれを終わらせてくれないと、こっちも限界に近付いているし。ジェシカにしかできないんだから、頑張って」
淡々とした物言いだったが、何となく落ち着いた。何だかんだ最後に応援してくれたし。ゼンがいれば大丈夫なような、そんな気がする。わたしは「ありがとう」とだけ言って仕掛けの方だけに神経を使った。一気にその構成が出来上がっていく。完成したのと同時に、イジュアさんがそれを察したように尋ねた。
『作業、もう終わったか?そろそろ仕上げに取り掛かりたいのだが』
わたしがうなずくと、イジュアさんは彼女の最大限の力を発揮してくれた。イジュアさんの瞳が緋色に輝き、炎の帯がまるで洪水のように「竜」へと迫る。彼もさすがにそれは避けきれないと思ったのか、横にずれる。そして、反撃しようと思ったのかすぐに手を掲げようとして…、不意に、その動きを止める。その表情が初めて強張った。だが、それはこちらの作戦の成功を意味している。わたしは思わず笑みを浮かべた。
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