第73話
どこかに放り出されるような感覚。視界が真っ暗になる。自分が目を開けているのかいないのかも分からないほどの暗さ。一体どうなっているのか混乱するのと同時に、どこかで誰かの舌打ちが聞こえた。
「あーあ…。こんなにすぐにばれるなんて、予想外。まあ、でも、別にそれでもいいけれどね」
それは、「竜」の声だった。真っ暗なせいでどこにいるのか分からないが、いつ何が起きてもおかしくはない。わたしは、何かが攻撃してきた時のためにちょっとした魔法を仕掛けておいた。これで少しは防げるはず。効果のほどは分からないが、ないよりはましだと思う。それを準備し終えると同時に、床に足がついた。だが、相変わらず真っ暗。さっきはあんなに真っ白だったのに…。極端すぎる…。そう思いつつ、これではどうしようもないので炎で明かりを灯した。「竜」の声は全く聞こえない。でも、どこかにいるはず。こちらの行動観察でもするつもりなのかな…。…いや、そんなことより心配なのは、イジュアさんの行方だ。先ほどのイジュアさんは明らかな偽者だった。その証拠にわたしがそれを見破ったのと同時にあの世界は崩壊していた。だが、本物の彼女の居場所が分からない。もしかして、既に「竜」にやられてしまった…?そんな最悪の事態を一瞬予想したが、すぐにそれはないと思い直した。もしもそうなっていたとしたら、わたしまでここに呼ぶ必要はない。…けど、そもそもどうしてわたしまでこんな変な空間に導かれてしまったのだろう?色々と疑問に思っていたその時だった。
『ジェシカ!ここにいたのか。明かりをつけてくれて助かったよ。おかげで君の居場所がすぐに分かった』
そう言って駆け寄ってきたのはイジュアさんだった。今度こそ、本当の彼女だ。二人称もいつもと一緒だ。どうやらイジュアさんは最初からこの空間にいたらしい。けれど、わたしの姿が見えなかったせいで心配になり、ずっと捜していたのだという。「竜」にちょっかいをかけられていなければすぐにここに来られたと思うけれど…。そう思いつつ、「竜」がまだ姿を現さないのをいいことに、わたしはちょっとした疑問点を解消することにした。
「ところで、かなり前から疑問に思っていたんですけど、どうしてわたしまで『竜』の攻撃対象になっているのでしょう?わたしはイジュアさんの力を持っているみたいですけど、その頃生きていたわけではないし、力の継承以外は何も関係ないのでは?」
『まあ、確かにそうだが…。今のわたしと君はほとんどイコール関係だ。お互いの記憶や心情、視界を共有することができる。それに、今のわたしは君がいなければ姿を現すことができないんだ』
つまり、イジュアさんを倒さなくてもわたしを倒してしまえば、イジュアさんの存在も消えてしまう、ということだろう。い、意外と深い関係だった…。予想外の状況に呆然としているわたしを見てイジュアさんは一瞬苦笑したが、すぐにその表情を冷ややかなものに切り替えた。それは、彼女がかつて長い時を生きた光華の魔術師であることを裏付けるようだった。彼女は表情と同じような冷たい声で言った。
『そこに隠れているんだろう、竜?君は隠れていたつもりかもしれないが、先ほどからずっとこちらを伺っていたな。気になるなら堂々と姿を現せば良いものを…』
その直後、わたしたちの近くに「竜」が現れた。未だにラトスさんの体を借りているようだ。その姿だと、非常に手だししにくい。彼を怪我させるわけにはいかない。だが、不思議なことにその体はぼんやりと青白く発光している。というか、こんな近くにいたなんて…。全く気付いていなかった。
「相変わらず、勘がいいな。だが、今回は明らかに俺の方が有利な状況だ。あなたはもう、何の力も持っていない。要するに、そちらの少女を排すればいいだけだ。少し可哀想だが、すぐに終わるはずだ。まあ、念のため場所は変えさせてもらったが」
彼は冷淡にそう言ってわたしを見た。…あの、そういう怖いことを淡々と言わないでほしいんですけど。わたしはまだ死ぬつもりはない。死ぬには未練がありすぎる。それに、その言い方だとわたしがすごく弱いみたいな感じだ。まあ、イジュアさんや「竜」と比べたら劣っているかもしれないけど、それにしたってもう少し柔らかい表現をしてほしい。と、色々と「竜」に対して文句を言いたくなったが、取りあえずそれは置いておくことにした。…一体、向こうがどう出るか。でも、なるべくなら早く終わらせなければならない。ラトスさんの力が使われてしまう。本当だったら、さっさと彼と魔法仕掛けを引きはがしたいんだけど、残念なことにわたしは今、その魔法を使えない。魔法の花がないからだ。わたしが花を持たなくても使えるのは、炎の魔法だけ。せめて一本だけでも残っていれば良かったのだが…。それか、どうにかして他の人がこの空間に入って来れればいいんだけど。…そう考えていた、その時。
『ジェシカ!来る!!』
イジュアさんの鋭い声が響いた。それと同時に殺気のようなものを感じたが、何故かわたしの目には何も見えなかった。それでも咄嗟に動けたのは奇跡に近かった。盾代わりに炎の壁を作る。怖いので、しばらくそれを保っておくことにした。
『…作戦が狂った。ユリアやゼンがいれば、さっさと魔法仕掛けを隔離できたのだが…。この分だと、こちらは防御が中心の戦いになる。むやみに攻撃すると、操られている人間が怪我をする…』
壁で時間を稼いでいる間にイジュアさんはそう言った。その目はまっすぐ、「竜」を見つめている。わたしも釣られてそちらを見た。それと同時に炎に何かがぶつかった感覚がするが、やはり何も見えない。
「イジュアさん、さっきからわたし、向こうの攻撃が全く見えないんですけど、どうしましょう」
『ああ…、奴の魔法は特殊というか、矛盾しているというか…。そういう魔法だからな。奴のつくる炎は、氷にもなる。だから、こちらに飛ばすときは氷で透明にして、見えないようにしている』
イジュアさんは前にそれをやられたため、その時の経験を生かしてしっかりと見られるらしいが…。と、その時、急にわたしが目の前に展開していた炎の壁がふっと掻き消えた。…え、何で?だが、疑問に思っている余裕もなかった。不可視の魔法がこちらへ飛んでくる。その気配だけは分かったが…。見えないせいで、避けるのが非常に難しい。最初のうちはさっき仕掛けておいた魔法で消すことができたが、長くは続かない。不意に向こうの攻撃の一つがわたしを掠めた。
「…っ!!い、痛い!何か熱いのと冷たいのが同時に来たんですけど?!」
わたしが叫ぶと、イジュアさんは少しため息をついて軽く手を動かした。その瞬間、世界が変わった。今まで見えなかった「竜」の魔法が、はっきりと見える。急な変化に少し戸惑っていると、イジュアさんが説明してくれた。
『わたしの視界を少し貸した。これで魔法が見えるはずだ。それと、さっきも言ったが、奴の魔法は炎と氷が混ざっている。だから、触れたら熱くて冷たいのは当然のことだ』
その説明を聞いて、炎の壁が急に消えてしまった原因に思い当たった。もしかしたら、彼が大規模な氷の炎を作って飛ばし、それがわたしの作った炎の熱さでとけて水になったのかも…。うわ、意外と面倒!だが、そんなに悠長なことを言っていられないのも事実。すぐに次の攻撃が飛んでくる。わたしは炎を使ってそれを相殺しつつ、心の中でこうつぶやいた。
「誰か、ここに来てくれればいいのに…」
けれど、「誰か」と言いつつ頭の中に思い描いていたのは、たった一人の人物のことだった。
読んで下さり、ありがとうございました。




