第68話
イジュアさんと会話してから数日が経った。その後は特に大きな事件もなく、わたしは平和に過ごしていた。ただ、時折ユリアのいたずらに付き合わされたり仕掛けられたりはしたけれど…。その時についでにイジュアさんのことについてユリアに聞いてみようかとも思ったけれど、どこまでなら聞いても良いのか分からず、結局聞いていない。それに、色々と尋ねたら不審に思われそうだし…。当のイジュアさんも、あれ以来全く話しかけてこない。そのため話を聞くことができていない。どうやら、こちらから話しかけることは難しいみたいだ。いつ、またラトスさんが来るか分からないからすごく不安なんだけど……。
その日、わたしは資料室を訪れていた。分からないことや特に気になったことがあった場合、ここに来れば大抵そのヒントや答えが見つかる。わたしは今回、イジュアさんが話していた「竜」や魔法仕掛けの歴史などについて知りたいと思ってここに来た。恐らく、この場所ならばあるはず。なかったらニーナのところにでも行ってみようかと思う。資料室に入ったわたしは、早速魔法仕掛けの本を探し始めた。蔵書が多すぎて、未だに場所が覚えられていない。一応、ジャンルによって分けられてはいるみたいだけど…。ゼンはよくここに来ているみたいだから、連れてくれば良かったかな?でも、そうしたらまた、「ジェシカにしては珍しいね」とか言われそう…。そう予想したから、敢えて一人でここに来たけれど…。何だか複雑な思いを抱きつつ奥へと進む。部屋の手前にはよく読まれている本や比較的厚さがない本が置かれているけれど、奥に行くにつれて埃をかぶっている資料や分厚い資料が多くなってくる。それに、薄暗い。なので、なるべく早く探し物を済ませることにした。
わたしが目的の本を見つけたのは、しばらく奥の辺りをぐるぐるしていた時だった。段々、背表紙の題名を見ることに疲れてきて、また明日にしようかな…、と考えていたら、突然それが目に飛び込んできたのだ。タイトルは「魔法絡繰りの全容」。きっとこれだろう。ただ、しばらく誰も触っていなかったのか、上に埃が積もっている。抜きだして手で払うと一気にそれらが舞い上がり、光にうっすらとその姿を見せながら消えていく。それらを吸い込まないように慌ててその場を離れた。ついでに近くの窓も開けておく。そして、部屋の手前に戻ってその本を開いた。ちょうど今はわたし以外の人はおらず、非常に静かだ。椅子に座って目次を見る。分厚いな…。五百ページくらいある気がする。でも、気になっているのは歴史の中でも初期の部分なので、それに絞れば、読むべきページは少なくなるだろう。わたしが一番知りたいのはその頃存在したとされる「意志」を持つ魔法仕掛けについて。その原理や作られた背景が非常に気になる。それっぽい章を見つけ、紙をめくる。ぎっしりと文字で埋め尽くされていて、一瞬読む気が失せそうになった。けれど、読まなければ分からないので、何とかそれに集中しようと努力した。
「…魔法仕掛けは元々、魔法使いたちが力を使うのを補助するために作られた。そして、それらが普通の人間でも使えると知られるようになると、そこに色々な魔法が込められ、人々の生活は便利になった…」
その章はそんな文章から始まっていた。予想外の歴史に少し驚いた。今までわたしが関わってきた魔法仕掛けは、どれも人に害を及ぼすようなものだったから…。それが、一体どうして今のような形になってしまったのだろう。だが、わたしが更に読み進めようとしたその時。不意に、誰かの影が本に落ちた。驚いて顔を上げると、そこにはゼンが。ちょっと不思議そうな表情をしている。何か資料を探しに来たのだろうか?分からないが、一番来てほしくなかった人が来てしまったことだけは確かだ。
「こんにちは。何か悩んでいるみたいだけど、それ、何の本?」
そう尋ねられたので、わたしはその表紙を目の前に突きつけた。ゼンはじっとそれを見たが、
「……難しそう。よくこんな分厚い本読めるね…。僕だったら、興味がある分野の本以外、無理。見るだけで読む気が失せる」
そう言って、何故か近くにあった椅子を引き寄せて座った。急いでいるのかと勝手に思ったけれどそうではないみたい。わたしが意味もなくその本を開いたり閉じたりしていると、ゼンが質問してきた。
「それで、今度は何で魔法仕掛けの本なんか読んでるの?この前、碧の魔女について調べていた時は、かなり面倒なことが関わっていたけど。また何かあった?」
その言葉を聞いてふと思い出した。…そういえば、この前ラトスさんが去って行った後…。ゼンは、「危険な気がする」と言っていた。それはもちろん、ラトスさんのことを指した言葉だったわけだけど…。あの時、ゼンは何を感じていたんだろう?それももしかしたら、竜に関連していることかもしれない。詳しく聞いていなかったし、あまり気にしていなかったけど…。今になって急に気になってきたので、「その質問に答える前に」と前置きしてからゼンに尋ねた。
「この前ラトスさんを見た時、ゼン、気をつけた方がいい、って言ってくれたよね?あれってどうして?何か違和感でも感じた?」
だが、ゼンはそのことについては忘れていたらしく、しばらく考えていた。怪訝そうに「ラトス…?」とつぶやく。そういえば、彼の名前をゼンに教えていなかったかもしれない。けれど、わたしが更にラトスさんについて詳しく説明しようとする前に、ゼンの方が先に思い出してくれた。
「あー、協会長がすぐにジェシカを連れ帰ってくるよう言っていた日の来客のこと?そうそう、何か変な魔法の気配がしたんだよね。この協会には魔法が満ちているから普通だったら気にならないはずなんだけど。あれは、異常だった。淀んだ、強い気配だったから」
そう答えた。…その淀んだ気配が、竜の魔法仕掛けなのかな。普通に考えたらそういうことだろう。でも、わたしは全然そんな気配を感じなかったけど…。もしかして、わたしが鈍いのかな?訓練した方がいいのかもしれない…。と考えていると、更にゼンが言葉を付け加える。
「それともう一つ。あの人、ジェシカに気がありそうだったよ。だから、危ないなーって。勝手に連れて行かれたら嫌だし、冗談じゃない」
「……?!え、何それ。どういうこと?気があるって、何」
予想外の理由に、一瞬どういうことか分からなかった。いや、一応、意味は分かる。分かるんだけど、その言葉をそのまま受け入れられるかどうかは別だ。「気がある」という言葉は、「関心を持っている」と、「好意を持つ」という意味がある。それは知っている。そして、恐らく、この場合の意味は後者だろう。でも、何で?考えれば考えるほど意味が分からない。どうしたらそういうのって分かるんだろう??混乱しているわたしに、ゼンは淡々と先ほどの質問に答えた。
「理由は知らない。ただの勘だけど、たぶんそう。一瞬、何となく、あの人を凍らせようかと思ったけど…」
何で!?若干怖いことを言ったよ、この人。しかも、内容のわりに声音が非常に落ち着いている。逆にそれが恐怖心を煽っている。凍らせようと思った理由は不明だが、この話題を続けるのは危険だと察したわたしは、話を別のものに変えることを決めた。何がいいかな、と考えていると、ゼンが、
「それで?結局、どうしてジェシカは魔法仕掛けについて熱心に調べてるの?」
と尋ねてきた。そういえば、まだ答えていなかったっけ。一瞬ごまかそうかな、と考えたが、前にそれで失敗したことを思い出した。普通にばれたんだよね…。ゼン曰く、「分かりやすい」ということだったけど…。なので、今回は正直に話すことにした。とは言っても、イジュアさんに関することは言ってもいいのか分からなかったので、その辺りは上手く伏せておいた。そこで、取りあえず、竜の魔法仕掛けに関する話をして、それに備えなければならないという話をしたのだった。
読んで下さり、ありがとうございました。




