第67話
協会長さんとユリアから話を聞いたわたしは一旦自分の部屋に戻った。色々と衝撃的な話を聞いてしまった。そう考えつつ部屋に入ると、ニーナはいなかった。恐らく実験室にいるのだろう。ニーナは最近、魔法仕掛けについて研究しているのだという。わたしも研究テーマを考えないといけない…と思い出した。でも、今はそんな気分になれないので、ベッドに寝転がろうとした…が、その直前で自分の机に何か置いてあることに気付いた。ニーナが置いておいてくれたのかもしれない。それは、小さな封筒だった。もしかして手紙かな。全体が薄紅色をしていて可愛らしい。でも、一体誰から…?わたしに手紙を送ってくれる人はなかなかいない。そう思いつつ手に取って差出人の名前を見ると、それは皇国のカノンさんからのものだった。丁寧な字で書かれている。わたしが皇国に行ったのはかなり前の話だけれど、今でもカノンさんはこうして時々手紙を送ってくれる。カノンさんの手紙にはいつも楽しい出来事が書いてあるので、読んでいて退屈しない。ただ、皇国の言葉が入っていることも多いから、解読するのが少し大変。でも、勉強になるので嫌ではない。今回は何が書かれているのかな、と考えつつ封を丁寧に切る。
…と、そこで思い出した。そういえば皇国に行った時、不思議な声が聞こえたような…?確かあれは、魔法を使わなければならない時に花がなくて窮地に陥っていた時…。その時に不意に聞こえてきた。花がなくても、魔法を使える、って。それに、魔法の試合の時や、地下迷宮や蔦に関する事件が起こった時も。その時に合った的確な助言をしてくれた。それのおかげで何回も助かった。声の正体に関しては、気にしつつも誰だか分からなくて結局その正体を突き止めることを諦めていたけれど…。
「あれって…、もしかして、イジュアさんだったのかな」
『ああ、その通りだ。ようやく気付いたか。…今まで何回も助言してきたというのに、気付くのが遅い』
突然、どこからか少し不機嫌そうな声が聞こえてきた。驚いて辺りを見渡すと、いつの間にか近くの椅子に人が座っていた。赤茶色の髪に、紫色の綺麗な瞳が印象的だ。その瞳は少し細められている。やはり、不機嫌みたいだ。でも、扉が開く音はしなかったのに、いつここにやって来たのだろう?魔法を使えば、一応扉を開けなくても姿を現すことはできるけれど。…と、考えたところで不思議なことに気付いた。その人の姿がうっすら透けている。…あ、もしかして、この人は幽霊さん?でも、まだ一応明るいはずなんだけど。明るいうちから幽霊って出るのかな?もしそうだったら、大発見だ。実験室からニーナを呼んでこようかな…。のんきにそう考えていると、その人はため息をついた。
『悪いが、わたしは幽霊ではない。君の魔法の力を少し借りて、こうして姿を現しているだけ』
何故か考えていたことを見事に当てられた。何で?口に出したつもりはないんだけど…。でも、彼女のその口調と声に聞き覚えがあった。それと、先ほどのわたしのつぶやきに対する答え。それらのことから彼女の正体が、何となく見えてくる。わたしは思わず目を見開いて、その人に尋ねた。
「…もしかして、あなたが、イジュアさん…?」
その問いに、彼女は『そうだ』とあっさりとうなずく。意外と素直に肯定された。彼女が、光華の魔術師…。驚きのあまりわたしは言葉を失ったが、イジュアさんは平然とした様子でそこに座っている。透けているのに、一体どうして椅子に座れるのだろう…?と非常にどうでもいいことが気になった。
『本当はもう少し早く姿を現したかったのだが…。碧の魔女がうるさいと思ってな』
イジュアさんは苦笑した。その瞳に浮かぶのは、懐かしさ。せっかく姿を現したんだから話せばいいのに…、と思ってしまったが、イジュアさんは不意に表情を引き締めた。そして、その紫色の瞳を真っすぐとわたしに向けた。何でも見透かしているような、澄んだ瞳だった。
『ところで、一つ質問がある。君は、わたしの国に行ってみたいと思うか?』
それは、唐突な疑問だった。思わず首をかしげたが、彼女は非常に真剣な表情をしていた。わたしは、ほんの少し考えたが、すぐにその答えは出た。首を横に振って答える。
「行くつもりはないですよ。わたしはここにいたいし、誰かに利用されるのは嫌なので」
だが、そう答えるとイジュアさんは非常に複雑そうな表情をした。そして、何かを考え始めた。だが、それは思考していると言うよりは、何かに関して逡巡しているようだった。その間にわたしはお茶を用意した。何だか、長話になりそうな予感がしたのだ。この間にニーナが戻って来たら何て説明しよう…、と考えつつお茶を淹れていると、ようやく考え込んでいたイジュアさんが話を始めた。
『…まあ、どうしても関わりたくないならそれでもいい。ただ、その代わり、さっきここに来ていたラトスとかいう名の王族…、あの者が少し面倒な状態になるだけだ』
突然の話にわたしは一瞬、意味を理解できなかった。少しして、ようやくその意味がゆっくりと頭の中に入ってくる。とは言っても、どういうことなのか分からなくて、受け入れがたい。何でラトスさんが…?そもそも、どうしてわたしが関わらないことでそうなるのか全く分からない。どういうことかとわたしが彼女を見ると、イジュアさんは非常に面倒そうな表情で話を続ける。
『先ほど、君は竜に関する記述を見ていただろう?あれは、実際に起こったことでな。当時はまだ魔法の影響も強く、様々な魔法仕掛けがあった。あれはその中の一つで、自分の意思を持っていたんだ』
それ自身が持つ意志によって、人から勝手に力を奪い、その仕掛けが作られた理由を元に行動する――。そんな魔法仕掛けがかつてはたくさん存在していたのだとイジュアさんは語った。そして、「竜」はそんな魔法仕掛けのうちの一つだった。「竜」の場合は、元々、人の精神に入り込み、その人を操るために作られた。その代わり、操られた方の人はそれに力を吸い取られ、段々と衰弱していくそうだ。わたしはその目的にかなり驚いたが、イジュアさんは大したことではないように話している。どうやら、その頃はそういう魔法仕掛けは数え切れないほどあったらしい。
「…でもイジュアさんはそれを封印したんですよね?それなのに、どうして今更竜が…」
『どうやら、時間が経ちすぎて封印が解けたらしい。…もう少し強力にしておけば良かった。まあ、これはわたしの過失でもある。だから、奴に気付かれないうちにもう一度封印するつもりだったのだが…』
そこで彼女は一旦言葉を切ったが、すぐに再び言葉を紡いだ。
『どうやら、奴もこちらに気付いたようだ。攻撃を跳ね返された。…あいつ、封印されている間にいつの間にか知恵を身につけていたようだ。高等な技術を使われた…』
イジュアさんは悔しそうにそう言ったが…。精神を操られている割に、ラトスさんは正常だったような気がするけれど…?普通に会話もできていたし、異常な発言もしていなかった。…でも、そういえば、ゼンがラトスさんを見た時、「危険な気がする」って言ってた。それが関係していたのかな。わたしがラトスさんについて色々と考えていると、イジュアさんは最後に、こう言った。
『恐らく、奴はまたここに来るはずだ。その時に何かを仕掛けてくる可能性が高い。その時は、わたしに協力してほしい。わたしの力を今持っているのは君だ。君の力がなければ、わたしは力を上手く使えない。だから、頼む』
そう言ってイジュアさんは真剣な瞳を向けた。わたしは少し考えたが、うなずいた。ロベムの人とはできる限り接触したくないな、と思ったけれど、魔法仕掛けのせいで誰かが苦しむのは嫌だった。わたしのその反応にイジュアさんは安心したように微笑み、姿を消した。『また、その時に』という言葉を残して。
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