第66話
再びわたしが協会長さんの元へ向かうと、彼は憂いを帯びた表情で何か資料を見ていた。それと、いつの間にかユリアが来ていた。彼女の方も少し険しい表情をしている。一体、どうしたんだろう。何か問題でも起こったのだろうか。不思議に思ったけれど、協会長さんはわたしが来たのを見て一瞬微笑んだ。特に何も言わない。だが、ユリアは複雑そうな顔でわたしを見た。取りあえず中に入った。すると、ユリアは開口一番、
「あたしの言った通りだったでしょう?あなたは、イジュア…、光華の魔術師の力を持っている」
けれど、その文章に何か既視感を覚えた。正確には、「イジュア」という名前に…。一体、どこでそれを聞いたんだっけ。つい最近どこかで聞いたような…。少し考えて思い出した。確かその名前は不思議な光景の中で聞いたものだ。見知らぬ場所でユリアと会話していた…。その時、ユリアは光景の中のわたしを「イジュア」と呼んでいた。やっぱり、ユリアが話していた相手は光華の魔術師だったんだ…。そこまで思い至ったところで一つ疑問点が浮上してきた。イジュアさんって女性だよね。それなのに、どうして「魔術師」って呼ばれているんだろう?女性なら「魔女」って呼ばれるはずなのに…。どうでもいいことだけど個人的にかなり気になったので、光景の中での会話から考えてイジュアさんと仲が良かったと思われるユリアに直接それを聞いてみることにした。
「イジュアさんって女性だよね?それなのに、どうして光華の『魔術師』なの?」
すると、ユリアは目を見開いた。驚いたような眼差しでわたしを見る。小さな声で、「どうしてそれを…」とつぶやいた。さっきまで資料の方に集中していた協会長さんも顔を上げて怪訝そうにわたしを見る。その反応に逆に戸惑ったが、よくよく考えてみたら、この質問って普通に考えたらかなりおかしかったかもしれない。だって、わたしは光華の魔術師の力を継いではいるけれど、実際に彼女に会ったことがあるわけではないからだ。彼女は既に亡くなっている。それに公では「魔術師」と呼ばれているくらいだから彼女は男性だと思われているはず。わたしも、あの光景を見るまではずっとそう思っていた。それなのに、わたしは実際の性別を当ててしまった。どう考えても変だろう。失敗したな…、と反省する。ユリアは意味不明、とでも言いたそうな表情でしばらく黙っていたが、やがてこう答えた。
「…彼女は、普段男装していたから。まあ、口調もかなり荒い感じだったし?だから、少し話したくらいではそのことは分からなかったでしょうね。…けど、本当に何でそれを知っているのよ?」
できれば流してほしかったけれど、そういうわけにもいかなかったようだ。まあ、そうだよね。その当時はまだ生きていないはずの人が、その時に生きていた人しか知らない情報を知っていたら怖いだろう。協会長さんも関心があるのか先ほどからずっとわたしたちの話を聞いている。でも、言っていいのか分からない。信じてくれるかな…。不安に思ったが、ごまかしてもすぐにばれそうなので、結局正直にこう答えた。
「…前に、過去の光景を見たから。ユリアとイジュアさんが、話をしているところ。確か…、ちょうどイジュアさんが一夜で国をつくった辺り…だったと思う」
光景の中の会話や風景をできる限り思い出して詳しくその話をすると、ユリアは表情を強張らせた。どうやら本当にあったことらしい。そのことに逆に驚く。まさか、あれが実際の過去だったなんて…。でも、どうしてその光景が浮かんできたのか…。わたしとユリアが二人で考えこんでいると、今まで黙っていた協会長さんが話を切り出した。
「その話も興味深いですが…、ロベム国について少し話をしてもいいですか?」
そう言って、ずっと手にしていた資料をわたしたちに見せる。そこには几帳面な字で詳細が書かれている。現在の状況から、過去の逸話まで、種類は様々。よく調べたな…、とちょっと感動したが、とある文章が気になった。それは、ずっと前の――、建国当初の話だ。光華の魔術師が、「竜」と戦ったという話。恐らく伝説だろうけど…。竜って本当にいるの?と少し気になってしまった。よく読むと、それは竜の形で襲いかかってきた魔法仕掛けらしく、現在はどこかに封印されているらしい。この頃から魔法仕掛けって存在したんだ…。詳細が気になったが、協会長さんが見せたいのはそのページではないらしく、すぐに次へと移ってしまった。残念…。協会長さんは真ん中の辺りのページを開くと、話を始めた。
「光華の力というものは、あの国でとても重宝されています。そのため、民間でその力を持って生まれた人はすぐに保護され、王宮で大切に育てられるそうです」
「…え、ちょっと待ってください。その力って王族だけしか持たないのでは?」
まだ協会長さんが二文しか喋っていないのに、そこで思わず止めてしまった。ラトスさんのお話だと光華の力は遺伝で、王族の人が時々その力を持っている、みたいな感じだったけど。すると、協会長さんは首を振ってそれを否定した。
「その場合が多いようですが、例外もあります。どの時代にも一人くらいはそういう人物がいるようで…。たぶん、あなたの場合もそれだったのではないでしょうか?…と言っても、あくまでも可能性ですが。実際のところはどうなのか、未だによく分かっていなくて…」
そう言われて、わたしは思わず自分の手のひらを見た。もちろん、そこに答えが書いてあるわけではない。でも…、どうしてわたしだったのだろう。さっきから、そんな疑問がずっと頭の中に居座っている。
「…まあ、そんな感じなので、光華の国は何としてもあなたをその国に招こうとするでしょうね。こうなると分かっていたので気付かれないように色々としていたのですが…。すみません、こちらの力不足で」
そう謝られたが、わたしは慌てて首と手を両方振った。きっと、協会長さんが対策していなかったら、もっと前に気付かれていただろうし…。それに、ラトスさんの話だとわたしを見かけたのは皇国に行った時だという。さすがにそれは防ぐ方法がなかったはずだ。
「ほら、だから言ったじゃない。既に面倒ごとは起こり始めている、って!」
何故かユリアが得意げに協会長さんにそう言った。彼は苦々しい表情をする。…というか、ユリアもわたしの光華の力に気付いていたんだっけ。そんなことを考えて、ふと思い出した。そういえば、前にユリアと対峙した時――。あの時わたしは、魔法の花を使わなくても普通に炎の魔法を使うことができた。もしかして、それも光華の力に由来するものだったのかな。今までの出来事を思い返してみると、結構そういうものが多い。光華の力、と言われたら納得できるような出来事が…。
「…でも、それならわたしは一体どうすればいいんですか?」
それはかなり重要なことだ。これからその国に対してどうしていけばいいのか。このままでいいのか、それとも何か行動した方が良いのか――。協会長さんは少し考えた。
「そうですね。取りあえず、何か誘いがあっても行かないように。あまりにもしつこいようならこちらに言って下さい。対処しておきます」
わたしがうなずくと、ユリアがくすくす、何故か楽しそうに笑いながら言った。
「ゼンも案外頼りになるかもしれないわね?あのラトスとかいう人とあまり合わなさそうだったし。それに、ラトスにジェシカを奪われたくないでしょうし?」
…何それ???どういう意味なんだろう。確かに、ラトスさんが去って行った後でちょっと険しい表情はしていたけれど…。もしかしたら、ゼンは何かを感じていたのかもしれない。本人に直接聞いたわけじゃないから分からないけど…。うーん、謎。でもユリアの言う通り、ゼンだったら、時々放つ氷のような雰囲気だけで相手をどうにかできそうだな…。そう思った。
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