第54話
二人で奥へと進むと、その先には枝分かれした道があった。逆に言うと、それしかない。早速迷路のようになっている…。そもそも、行った先に何があるのかよく分からないまま進んでいるので、どうなるのか全く分からない。どっちへ行こうかと考えていると、不意に『…右』という声が聞こえてきた。ゼンの声ではない。わたしは思わず辺りを見たが、わたしたち以外には誰もいない。気のせい…?それか、時々助けてくれる謎の人物の声だろうか。よく分からなかったが、ゼンはどちらに進むか、非常に迷っているようなので、右に行くことを勧めた。ゼンは、不思議そうにしつつも何も聞かずにそれに従ってくれた。こういうところは優しいんだよね…。と、どうでもいいことを考えつつ先に進む。試しに炎をあちこちに向けてみると、壁や天井が全て蔦で覆われていることが分かった。そのせいで、一面碧色だ。炎の明かりを受け、時々白く輝いている。どうやって成長しているんだろう?と考えていたわたしは、ふと、ついさっき資料室で読んだ本の中の一文を思い出した。
『碧の魔女は、植物を自由に操る魔女。彼女が力を使えば、植物は自在に動き、成長する。……』
やっぱり、これは碧の魔女の力…?でも、どうしてそんな偉大な魔女の力がこんなところに発揮されているのだろう…。ここにその力が使われても意味がないような…?だったら、魔法の花を育てるのに使った方が効率的だと思うけど…。それに、協会との関連性が高いみたいだけど、どうして地下迷宮に…?そう考えている間にも蔦は時々動き、ちょっとずつ生長している。その動きはゆっくりだが、目に見えるスピードではある。それが少し怖い。床にまで進出しているものもあり、それに躓かないように気をつけなければならなかった。
「…あ、また分かれ道だ。しかも、今度は五つ選択肢があるけど…、どれがいいかな。…その先に更に分かれ道があるみたいだし、ちゃんと選ばないと…」
ゼンが不意にそう言った。蔦からそちらに視線をずらすと、そこには確かに幾つもの道が。また不思議な声が導いてくれないかと思ったのに、今度は全く反応してくれない。何も声が聞こえない。何でだろう…。さっきは普通に教えてくれたのに…。先ほどとの違いを考えていると、ゼンが突然わたしの手にある魔法の花のうちの一本を奪って氷の矢を何本も作り始めた。何してるんだろう。…よく分からないけど、何だか嫌な予感がする。そこで、念のためそれをどうするのか聞いてみると、
「まず、この矢を一本ずつ道に放つ。それでその後の反応を確認して、安全そうな道を選ぼうかと思って。その方法が一番手っ取り早い気がしない?」
やっぱり…。嫌な予感が的中した。それに、こういう時に限ってゼンは勢いが良いから、すぐに行動に移そうとするし…。いつもは落ち着いているくせに、非常に不思議だ。というか、もしその氷の矢が何か向こうにいる生き物とかに当たって追いかけられたらどうするんだろう!?それに、もし誰かに氷が当たったら痛そうだし。色々と心配している間にゼンはささっと氷の矢を放ってしまった。でも、一応警戒はしているようで、魔法の花は持ったままだ。…だが、いつまで経っても何も反応はなかった。もちろん、生き物も出てこない。安心したけれど…、そうなるとどっちに進めばいいのかな。どれも同じように見える。だが、二人でどっちに進むか相談していると、不意に周りが明るくなった。何かと思えば、近くの蔦の先にいつの間にか吊り下がっていたランタンに温かい明かりが灯っている。こんなのあったっけ?二人して混乱している間にも、他のランタンにも火が点いていく。ゆっくりと、注目を集めるように。そのまま一番左にある通路の方へと光が灯っていった。まるで、こちらへ来るようにわたしたちを導いているようだけど…。
「…左に行ってね、ってことかな?行ってみる?」
「でも、罠みたいで怖くない?本当にそっちに行って大丈夫かな…」
確かに…。ゼンの言うことも一理ある。どうしようか、再びゼンと相談し始めた、その時。不意に第三者の声が迷宮に響いた。
「ひどいなあ、罠なんて。迷っているみたいだから、手伝おうかと思ったのに?」
可愛らしい声。それでいて、どこか冷めているような…、そんな不思議な声だった。驚いてそちらを見ると、いつの間にか少女が立っていた。ちょうどそこは明かりが当たらないせいで、その顔ははっきりと見えない。でも、少し笑っているのが分かる。その周りにはたくさんの細い蔦が生えていて、それらは彼女を守っているようだった。一体、誰だろう?分からないはずなのに、わたしはこの声をどこかで聞いたことがあるような気がする。…でも、場所が思い出せない。そもそも、いつのこと…?そう考えていると、ゼンがわたしの前に立った。何故だか非常に警戒している。だが、少女は動じずに、ただ小さく笑うだけだった。先ほどの不思議な声のまま、どこか楽しそうに話を続ける。
「それに、あたしがお話ししたいのは、貴方じゃなくてそちらの女の子の方よ」
…わたし?どうして…。けど、少女が、こちらへ来て、と言うように手招いた次の瞬間。彼女の周りの蔦が一気に動いた。わたしたちの間にはかなり距離があるはずなのに、距離などは無関係だというように、それらが生長していく。そして、それは前にいるゼンを通り抜けてわたしのところまでやって来た。何かしらの対応をする暇もなく、蔦が強くわたしの手や足に絡みついた。どうやら、あの少女が操っているらしい。一瞬、その瞳が碧色に輝いたような気がした。まるで、新緑の葉の色のようだ。それと同時に、ようやくわたしは少女が誰かを思い出した。わたしは、この前の夢の中で確かに彼女の姿を見た。そして、彼女は確かにこう呼ばれていた。
「碧の魔女」と。
だが、気付いた時にはもう遅かった。たくさんの蔦が目の前を覆う。視界から迷宮や、目の前にいるはずのゼンの姿が消え、代わりに葉っぱが一面に広がる。それ以外には、何も見えない。それがとても怖くてゼンを呼ぼうとしたのに、声も出ない。混乱していると、急に眠気が襲ってきた。抗えないほどの、強いものだ。…一体、なぜ、彼女はこんなことを…?答えが出ないまま、意識が途切れた。
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「…っ。…君、ジェシカをどこへ連れて行った?何をするつもり?」
突然目の前からジェシカが消えてしまった後で、ゼンは目の前にいる少女にそう尋ねた。だが、彼女は楽しそうにくすくすと笑うだけで何も答えない。相変わらず、彼女の下で蔦が蠢いている。少女はしばらく蔦をいじって遊んでいたが、不意に口を笑みの形にしたままでこう答えた。
「さあ?あたしはただ、あの子に興味があるだけよ。それに、誰もいなくて退屈だし。…あ、そうだ、ここから出たいなら出口は右よ。そこから協会に戻れるわ」
少女は本当にゼンに興味がないようだ。むしろ、さっさと帰ってほしいらしい。だが、そういうわけにはいかない。思わずゼンは彼女をにらんだ。
「…悪いけど、ジェシカを取り返すまでここから出るつもりはないよ」
「あら、そう?別にそれでも構わないけど。でも、貴方にできるかしら?ここは地下迷宮。あたしの庭。それでも貴方はたどり着けるのかしらね」
その言葉と同時に、ゆっくりと彼女の姿が蔦の中に消えていく。
「まあ、無理だと思うけどせいぜい頑張ってね?ふふふ、あはははっ!」
楽しそうな笑い声と共に、完全にその姿が消えてしまう。ヒントすら告げずにいなくなってしまった。一体、二人がどこに行ったのか…。全く見当もつかない。だが、非常に嫌な予感がする。早く、見つけなければ。
読んで下さり、ありがとうございました。




