第53話
どこまでも暗い空間を、下へ下へと落ちていく。それなのに、落ちる速度はずっと一定だ。普通だったら、物が落ちる時は時間が経つにつれてスピードが速くなっていくものだと思うけど…。それとも、ここは魔法の空間なのだろうか?辺りをきょろきょろと見て、いつになったら下に着くのか確認しようとしたけれど、ダメだった。暗すぎて何も分からない。うーん…、ここはやっぱり魔法の花を使って光か炎を作りだすのが一番いいのかな。わたしは早速、手に持っていた花の一本を使った。その瞬間、小さな炎が発生し、一気に周りが明るくなる。どうやら、この穴はかなり広いみたい。壁には蔦がどこまでも続いている。光がほとんどないのに、よく成長できるな…、とどうでもいいことを考えていたその時だった。
「あ、ようやく見つけた。そこにいたんだ。炎の魔法ってこういう時にも便利だね」
急に近くで声が聞こえた。ここに落ちてきたのはわたしだけなのに…。おかしいな、幻聴?でも、それにしては聞き覚えがあるような…。疑問に思っていると、急に誰かに肩を叩かれた。…!?もしかして、幻聴じゃなかった?そこでようやく後ろを向くと、そこには何故かゼンが。いや、ちょっと待って。何で?本当にどうしてここに??もしかして、あの亀裂に巻き込まれて落ちてきたのかな。それにしては、妙に落ち着いている気がするけれど…。そもそも、先ほどの言葉はまるでわたしを探していたようなセリフだったし。気のせいかな。それか、目の前にいるゼンは幻なのかな?いや、それにしてはさっき叩かれた時の感触がリアルだったような…。わたしが混乱していると、ゼンは急に花を持っている方とは反対の手を掴んできた。その手は温かい。ちゃんと体温がある。わ、本物だ!驚いたわたしは、思わず魔法の花を取り落としてしまった。そのせいであっという間に明かりが消えてしまう。真っ暗闇が広がる。けれど、手を繋いでいる感触は消えない。…やっぱり、本物だ。
「ちょっと…、何で明かりを下に落としちゃうかな。あれがないと何も見えないのに…」
「ごめん。だって、ゼンが本物だったからびっくりして…。手を繋がれるまで幻だと思ってた」
そう答えると、ゼンは何故か黙ってしまった。だけど、誰かがいるというこの状況は非常に心強い。真っ暗闇でも、隣に人がいることで安心できる。それに、ゼンだし。何か困難があっても冷静に対処してくれそう。そんなことを考えていた、その時だった。急に横に引き寄せられるような感覚がして…、一体何なのかと思った瞬間、体中に衝撃が走った。もしかして、地面に激突した…!?すごく痛い…。まさか、このタイミングで底にたどり着くとは思っていなかった…。…あれ、でも、ゼンはどこだろう?先ほどまで繋いでいた手の感覚がなくなっている。もしかして、離れたところに着いたのかな!?それか、全く違う場所だったりして…。不安になったわたしは、痛みを我慢してどうにかそこから動こうとした…のだが。何故か体が動かない。何が起こっているのか…。暗いので、今の状況が分からない。けど、床に寝転がっている状態のはずなのに、温かさを感じるような…。更に状況が分からなくなった。本当に何なんだろう、この状況?混乱しつつもどうにか顔を動かすと、視界の端に明かりが見えた。それだけが、この中で唯一の光だ。少しほっとする。…というか、あれ、魔法の花だ。たぶん、さっきわたしが落としてしまった…。その明かりを取ろうと、更に体を動かそうとして、ようやく今の状況に気付いた。どうやら、位置を少し変えたことが幸いしたらしい。明かりがしっかりと届いて、周りの様子が確認できる…のだが。
「…っ、な…んでゼンがここに……っ!?」
わたしの目の前に、ゼンがいた。至近距離である。今までにないくらい、近い。それによって、地面にたどり着く直前から現在まで、何があったのか何となく分かった。どうやら、地面に落ちる直前に感じた引き寄せられるような不思議な感覚は、ゼンが原因だったみたい。恐らく、何かが理由ですぐそこが地面だということに気付き、このままだと思いっきり地面にぶつかると思って咄嗟にわたしを引っ張ったのだろう。その結果、今、わたしはゼンに抱きしめられているような状態になっている。そのせいで、動けなくなっている…。取りあえずゼンに動いてもらいたいけど、残念なことに、ゼンは今目を閉じている。もしかして、衝撃でどこか打ってしまったのかな!?でも、見た感じ、どこからも血は流していない。一時的に気を失っているだけ…かな。でも、このままの状態っていうのも何だか…。めちゃめちゃ恥ずかしいし、どうすればいいのか分からない。早く起こしてしまいたいけど、だからといって無理矢理起こすわけにもいかないし。それに、起きたらそれはそれで気まずい!何て言えばいいんだろう…。わたしが一人でああでもない、こうでもない、と色々シミュレーションしていると、突然、ゼンがぱちっと目を覚ました。しばらくぼんやりとした表情をしていたので、取りあえず何を言えば良いのか分からないなりに、穏便に会話が進みそうな言葉をどうにか選んで、
「……おはよう……?えっと、大丈夫?どこか痛いところとかない?」
と言うと、ようやく覚醒してくれた。とは言っても、やっぱり今の状況がよく分かっていなかったらしく、それを理解するのに二十秒ほど時間をかけて、その後でようやく反応し始めてくれた。戸惑ったような様子で、
「え…っと、特に痛みは感じないけど…。どこだっけ、ここ。そもそも、何があったんだっけ…」
珍しく少しぼけているような様子だったので、取りあえずこれまでのことを説明すると、思い出してくれた。良かった、記憶が飛んだわけではなかったみたい。それに安心したところで、ゼンがゆっくりと腕を離してくれた。二人して非常にぎこちなく起き上がる。わたしたちの間に微妙な空気が流れた。まあ、仕方がないと言えばそうだけど…。気まずい…。このままここでずっと固まっていると、更に気まずくなりそうだったので、近くに落ちていた魔法の花を拾うことにした。落ちた時の衝撃で、手に持っていたのが全て落ちてしまったようだ。取りあえず、最初に炎を出している花を拾う。これがないと、何も見えない。すると、わたしが何をしたいのか察してくれたらしいゼンが非常にぎくしゃくとした動きで彼の周りの花を拾ってくれた。
「あ、ありがとう…。それと…、何でゼンもここに?亀裂に引っかかった?」
「そうじゃなくて、ジェシカを追ってきただけ。一人だと心配だし」
あっさりと言われたその言葉に、驚いてしまった。来てくれて嬉しいような、巻き込んで申し訳ないような…。妙な気持ちになる。そんな複雑な感情に困っていると、ゼンは言葉を続けた。
「ここって、たぶん地下迷宮だよね。一度入ったら出られないって噂の…。それに、すごい蔦の量…。協会に飛び出してきた蔦って、全部ここから来たのかな」
そう言われて辺りを照らしてみると、数本の蔦がまるで柱のようにそびえ立ち、見えないほど遠くまで成長していることが分かった。これ、どう考えても床から生えてきた蔦だよね…。果てが見えないほど高い。
「でも、これで蔦の原因が分かったね。やっぱり、蔦は地下から生えてきているんだ。早く協会長に報告しないといけないし、出口を探さないと…。行こう」
ゼンはそう言って向こうの方を指さした。その先に道が続いている。その先に何かがあるかもしれない。すると、途中ではぐれないようにするためか、ゼンがさりげなく手を繋いでくれた。そして、辺りに注意しつつ歩き始める。何だか、いつにも増してゼンが頼もしいように感じた。
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