第49話
取りあえず、謎の蔦の襲来が収束した後、わたしたちは片づけをすることになった。床には大量に紙やガラスが散らばっている。まるでこの中で竜巻が発生したようだ。書物もズタズタに引き裂かれていて、魔法で直すよりも新しく買った方が早いだろう。しばらくは実験室や教室も使うことはできない気がする。そう予想しつつ、どこの掃除をしようかと考えていると、協会長さんに呼ばれてしまった。どうしてだろう、と考えて、そういえばわたし、勝手に外に出ていたんだっけ、と思い出す。…これ、絶対に怒られるな…。ゼンも呼ばれているので、確信した。まあ、悪いのはわたしだから、素直に謝るしかない。でも、もしもその罰に他の人よりも多く掃除をしなければならない、となったらどうしよう。と考えていると、協会長さんに移動するよう促された。ほかの人に聞かれたくないのかな。しかも、ギルさんも一緒だ。そのことをちょっと不思議に思いつつもついていった先は、比較的壊れていない部屋だった。どうやら、協会長さんの部屋は想定以上にめちゃめちゃに荒らされているらしい。大丈夫かな、この協会。非常に不安になる。すると、早速協会長さんが切り出した。
「幾つか話があります。まず、あなたがここ数日、外に抜け出していた件についてですが…」
あ、やっぱりそこから始まるんだ。何を言われるのかな…。
「どうしてそうしたのか、理由を聞かせてもらっても構わないでしょうか?」
予想外の言葉に戸惑った。まさか、理由を聞かれるとは思っていなかった。ただ、わたしの理由はかなり漠然としたものだ。それを理解してもらえるかどうかは分からない。けど、黙っていてもどうしようもないので説明することにした。最近、「外に行かなければならない」という自分でもよく分からない変な衝動に駆られていたこと。その理由は分からないこと。それを抑えることができなくて時折抜け出していたこと…。他人からすれば信じられないような話だと思ったけど、協会長さんは真面目に聞いてくれた。そして、何故か納得したようにうなずく。でも、複雑な表情をしていた。…??その表情の意味が分からず、わたしは首をかしげた。意味不明だ、というような反応をされると思っていたのに。もしかして、協会長さんは何かこの感情に関することを知っているのだろうか?でも、協会長さんはそのことについては何も言わなかった。ただわたしの話を聞いて、何かを確かめたようだった。本当に何だったのだろう…。ギルさんも協会長さんの様子に少し不思議そうにしていた。何かお咎めがあると思っていたのに、それに関することも何も言わない。謎が更に深まった。だが、協会長さんはそんなわたしたちの様子を全く気にせず、次の話に進んでしまった。
「それと、今回の蔦の件についてですが…、また今後も出てくる可能性があります。その時はまた、炎の魔法で駆除してください。どうやら、あなた以外の人間はいつも通りに魔法が使えないようなので」
はい?それはいいのだけど…、どうしてわたしが魔法を使えるのか、その理由が分からない。思わずわたしは自分の手をじっと見つめたが、特に理由が浮かんでくるわけではない。そもそも、今回のようにわたしが衝動的にここから逃げているときに蔦が襲ってきたらどうするのだろう?取りあえず、外に出ないよう気をつけるけれど…。その辺りが気になったが、ギルさんのとある一言でわたしは我に返った。
「ですが、これほど蔦が大暴れしたら、いつか仕掛けの方が誤作動するのでは?」
え、それは困る。協会長さんもそれを懸念しているようで、難しい表情をしていた。何故かゼンが心配そうにわたしを見る。何なの、その視線。まるで、わたしが仕掛けに引っかかることが確定しているような感じですけど?確かに、ここに来たばかりの頃は何回もはまりかけて危ない目に遭ったけど!さすがに、今は平気だし。ここ数年、一度も仕掛けを発動させていない。それに、仕掛けが誤作動することになったとしてもそれは蔦のせいだから!それなら、どうにもできないと思う。気をつけていても突然それが起こる可能性だってあるし。…けど、仕掛けが誤作動する可能性があるってことは、危険な目に遭う可能性も高くなるということだ。針が落ちてきたり、地下迷宮に引きずり込まれたり…。そもそも、この場所を作った人はどうやってあんなに大量の仕掛けを設置したのだろう?それに、地下迷宮に入ったら一生出られないって噂を聞いたことがあるけど、本当なのかな?入ったことがないのでよく分からない。わたしの知り合いで入ったことがある人もいないし。あ、でも、時々協会長さんはどこかから地下迷宮に行っていることも聞いたことがあるから、やっぱり嘘なのかな…。そんなことを思案していると、協会長さんは、
「ただ、蔦が出てくるタイミングは全く読めませんからね…。蔦の出現を事前に予知して対策をすることは不可能に等しい。ですから、いつも気をつけておくのが最も効果的なのかもしれません」
一番いいのは蔦の原因をどうにかすることなんだと思うけど…。そもそも、その蔦は誰かが故意に操っているものなのか、それとも何かの故障が原因なのか…。そこら辺が分からないと解き明かせないんだろうな…。だが、その時だった。
『…忠誠を誓った果てにこうなるとは…。どうして…』
不思議な声が聞こえた。でも、それは独り言と言うよりは、誰かに語りかけているような声だ。心配そうに、戸惑ったように…。これは、前にも聞いたことがある声…?確か、皇国で魔法仕掛けでも炎を発生させられることを教えてくれた人。
忠誠を、誓う。
一体、誰が誰に…?主語がないので、誰のことを言っているのかよく分からない。そもそも、この声は誰のもの?誰に対して言ったのだろう?けど、わたし以外の三人は何も気付いていない様子だ。どうやら、わたしにだけ聞こえているみたい。それに、誰も返事をしない。そう思った直後、再び、ここにはいない誰かが…、だが、明らかに先ほど問いかけた人とは違う人物が叫んだ。
『邪魔を…しないで!ようやく…、ようやくこの時が来たのだから!!』
明白な、拒絶の言葉。どんなものも弾き返してしまうような、強い言葉だった。でも、その言葉には悲しみも含まれている…。その意味を考える前に、突然ひどい頭痛が襲ってきた。それと同時に何だか霧がかかったように頭がぼんやりしてきて、思考がまとまらない。他の人に気付かれないようにと必死に耐えようとしたのだが、不意にゼンがこちらを向いた。そして、一瞬訝し気な表情をして、こう尋ねてきた。
「ジェシカ、もしかして具合が悪い?というか、絶対にそうだよね。自信がある」
断言された。唐突のその言葉に協会長さんやギルさんも驚いたようにわたしを見る。だが、少し不思議そうだ。一見、何の変化もないように見えているのだろう。何で分かったんだろう。分からないように、気をつけていたのに。取りあえず大丈夫だと、告げようとしたのだが…。その直前に更に激しい痛みが襲ってきて、立っていられなくなった。そのまま倒れそうになったところを誰かに支えられたような気がする。ゼン…、かな?さすがに何かがおかしいと判断したのだろう。協会長さんたちが慌ててこちらに向かってくるのが、視界の端に映る。でも、それにも反応できない。更に霧がかかったような意識の中で、不意に声が聞こえてきた。
『…干渉されたか。あの魔女も随分と手荒な真似をすることだ…』
さっき、忠誠がどうこう言っていた人の声。それすらも考えることができず、意識が薄れていく。
「ジェシカ!!!」
その直前に、すぐ近くでゼンの声が聞こえたような気がした。
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