第32話
しばらく、お互い無言で向き合っていた、その時だった。不意に、第三者の控えめな声が聞こえた。
「えっと…。あなたは一体…?ゼンの知り合いかしら?」
見ると、そこには綺麗な女性の姿があった。怪訝そうに首をかしげているが、そんな姿でもとても絵になる。恐らくわたしよりも、年上だ。落ち着いていて、理知的な雰囲気で…。そういえばさっき、話し声がしていたけれど、もしかして、ゼンとこの女性だったのかな??そもそも、この方は誰だろう…。ゼンの知り合い?そんなことを考えていると、ゼンがその女性に言った。
「えっと。この子はジェシカ。僕と同じ協会に所属していて、よく話す相手です。魔法の試合の時、引き分けになった人で…。前に協会の話をしたときに言いませんでしたっけ…」
すると、女性は思い出した!というようにうなずいた。そして、まじまじとわたしを見つめた。
「ええ、言っていたわ。炎の魔法が得意で、よくいたずらしてくる子だって。あと、無鉄砲なところがある、と言っていたかしら?どんな子なのかと思っていたけれど、ずいぶん可愛らしいわね!」
だが、わたしはその言葉に固まった。後半の言葉は、別にいい。褒め言葉だし。聞き捨てならないのは、「炎の魔法が得意」以外の前半の言葉。いたずらしてくる、って…。事実だけど。紛れもない真実だけど!だから、否定はできないけど。でも、その言葉を言った時点でこの女性に対するわたしの印象、最悪になってない!?それだけならまだしも、無鉄砲って…!それもゼンに何回も言われたから事実なんだろうけど…。何でそれをわざわざ別の人に教えるのかな?更に印象が悪くなったような…。さっきの反応からすると、敵意とか、嫌がっているような感じはしないけど…。わたしに会う前、目の前にいるこの方はその話を聞いて一体どう思ったのだろう…。想像すると、非常に怖いので考えないことにした。ゼンめ…。どうせなら、もう少し相手の心証を良くするような言葉を言ってほしかったな…。何だか悔しい…。後で文句を言ってやりたい。そんな思いを込めてゼンをじとっと見つめたが、知らないふりをされた。余裕だな、この人…!更に悔しさが掻き立てられた。すると、ゼンは今度はわたしに、
「ジェシカ。こっちはカノン姉さん。僕の姉にあたる人で、この国の祭祀家を継ぐ予定の人。性格は…、ジェシカとは反対だと思う。今回、魔法仕掛けに関することに協力してくれる唯一の人だよ」
一言だけ余計なことを言われた気がするんだけど。気のせい?気のせいではないよね、絶対。絶対に後で何かいたずらしよう。どうせ、いたずらしまくっていることがばれているんだし、今更気にしなくてもいいよね!だが、そのことは一旦置いておくことにして、わたしはカノンさんにぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。ジェシカと言います。魔法仕掛けに関することでお邪魔させて頂きました。あと、話を遮ってしまってすみません…。大事な話なら、わたしは別の場所を探索していますが」
「気にしないで。別に大した話じゃなかったから。それにしても、本当に可愛らしいわねー。いつの間にかゼンにこんなに可愛い友達ができているなんて信じられないわ」
どうやら、カノンさんは気さくな方のようだ。第一印象は落ち着いた雰囲気だけど、こうして話してみると、明るくて穏やかな方だということがすぐに分かった。…確かに、わたしとは反対の性格だと思う。ゼンの言っていたことは間違いではないと思ってしまった。悔しいけど。少なくともわたしは、こんなに穏やかではない。だが、ゼンは少し面倒そうな表情でわたしを見た。
「まさかとは思うけど、門番の静止を振り切ってこっちに来た、とかじゃないよね?それをされると、絶対に後々面倒なことになるんだけど」
さすがにそれはしないんですけど!?そもそも、今回は着地点がずれたから、門番の人にも誰にも会ってないし…。完全に言いがかりだと思う。それと同時に、ゼンのわたしに対する評価ってどれくらい低いのか、逆に気になってきた。まあ、聞くのが怖いから聞かないけど…。そう思いつつ答えた。
「協会長さんにもらった魔法の花で転移したけど、微妙にそれが合っていなくて、この中に直接入れちゃったんだけど…。もしかして、門番さんに許可をもらわないとダメ?」
そう尋ねると、ゼンは少し考えた。しかし、分からなかったらしくカノンさんの方を見た。
「まあ、大丈夫じゃないかしら。でも、念のため許可証をあげておいた方がいいかもしれないわね」
そう言うと、カノンさんはどこからか筆と紙を取り出し、さらさらと何かを書いて渡してくれた。お礼を言ってそれを受け取ったけど…、見ても何を書いてあるのかさっぱり分からない…。わたしが頭の中にクエスチョンマークを大量に浮かべていると、横から覗き込んできたゼンが、わたしがこの中に入ることを許可する紙だと説明してくれた。…というか、そんな重要な証明書を書くことができるって…。カノンさんって実は、すごい人なんじゃ…!?わたしが疑問に思っていると、当のカノンさんは、
「いけない!もう少ししたら祈祷の時間だわ。そっちに行かないと…。ゼン、また後で合流しましょう。その間、ジェシカさんにこの中の案内でもしていたら?それじゃあ、気をつけてね」
そう言って去って行った。何だか、忙しそう…。カノンさんを見送った後でわたしは、
「ゼンって、カノンさんのこと信頼しているんだね。何か、そんな気がする」
脈絡のないわたしの言葉に、ゼンは急にどうしたんだ、というような表情をしたけれど、やがてうなずいた。カノンさんが去って行った方向を見つめながら言った。
「まあ、まだここにいた頃、一番長い時間を共に過ごした人だし、親身だし…。それに、僕が初めて魔法を使った時も怖がらずに落ち着かせてくれた人だから。そういう意味では、本当に尊敬してるかな」
その言葉から、ゼンが本当にカノンさんを信頼していることが分かった。何だか羨ましい…。と一瞬思ったけど、その後ですぐにその感情を不思議に思った。別に、羨ましがってもどうにもならないし、そもそも二人は姉弟だというのに…。何を羨ましがる必要があるのだろう?よく分からないけど、一旦放っておくことにした。
「それに、カノンさんって一体何者…?許可証を発行できるってことは地位の高い人だよね!?」
「…ジェシカ、人の話を聞いてなかったの?さっき言ったでしょ、姉さんはこの国で唯一の祭祀家を継ぐって。それに、今姉さんがここにいないのも、その祭祀のためだし」
呆れた口調で言われた。……あれ、でも、ちょっと待って。ということは、カノンさんの弟のゼンも祭祀家の人ってことだよね。どう考えてもそうだよね!?聞いてないんですけど。意外と身分が高い人だったんだ…。しかし、ゼンはそれ以上その辺りの話をする気はないらしく、何かを断ち切るように言った。
「そんなことより、姉さんの言っていた通り、宮廷の探検でもしない?ここに帰ってきて数日経ったけど、僕もそこまでこの中に詳しくないから、何かあった時のためにも道を把握しておかないと。それに、今は祭祀の時間で、皆一か所に集まって祈りを捧げているから、色々な場所に行きやすいよ。さあ、行こう」
そう言うと、わたしの返事を待たずにさっさと歩いていく。一人で取り残されるのは少し不安なので、わたしは慌ててついていった。ふと窓の外を見ると、向こうの方で、確かにたくさんの人々が同じ場所で何かをしている。もしかして、あれが祭祀……?何か、よく分からないけどすごい。大勢の人が一斉に、同じように祈りを捧げている。けど、ゼンがそれに目を向けることはなかった。
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