第3話
いよいよ、出発日。わたしは持って行く物を詰めた大きなカバンを持ち、玄関へと向かった。中に入っている物は、着る物とお気に入りの本くらい。この本は、魔法の物語ですごく面白い。それと、母さんがくれたお守り。赤く透き通った丸い石が特徴的で、日に透かすとキラキラと輝いて、本当に綺麗。ずっと前にもらった物だけど、ずっと大事にしている。わたしは玄関に行く直前、もう一回自分の部屋に戻った。しばらく使わないだろう部屋。こんな状況になると、いつもの部屋のはずが、少し寂しく感じる。わたしが一つ一つ目に焼き付けるようにその部屋を見ていると、母さんがわたしの名前を呼んだ。そろそろ、出発の時間みたい。わたしはもう一度しっかりと見てから、今度こそ玄関に向かった。玄関では、母さんとギルさんが話をしていた。…母さんとも、しばらく会えない。そのことが、未だにもやもやと心の中でくすぶっている。母さんはわたしを見るといつも通りの笑みを浮かべた。そして、わたしの頭を優しく撫でた後、ぎゅっと抱きしめてきた。何だか目の前がぼやけている…。
「…ジェシカ、元気でね。本当は一緒にいたかったんだけど、私には魔法の力がないから…。ごめんなさいね。でも、これだけは覚えていて。遠く離れた場所でも、私はずっとジェシカの無事を願っているわ。…さあ、行ってらっしゃい。風邪には気をつけて、楽しんでちょうだい」
「母さん…。…うん、ありがとう。母さんも、一人だからって無茶しないでね?それじゃあ行ってきます!」
私は涙を拭い、玄関を出て少し先にいたギルさんに追いつく。そして、そこで一度振り返って母さんに向かって大きく手を振った。母さんもにこっと笑って手を振り返してくれた。すると、何故かギルさんがそれを見てほっこりとしたような表情になっていた。そして、ぶつぶつと呟く。
「ああ、妹も連れて行ければ良かったのに…。折角久しぶりに会えたというのにもう別れだなんて…。何ならいっそのこと、一緒に連れて行きたい…」
何か怖いんだけど…。ギルさんがいつか、誘拐犯になりそう…。お願いだから、そういうのの犯人にはならないでね。というか、本当にわたし、この人に付いていって大丈夫なのかな?そう思ってわたしがさりげなくギルさんから離れると、ギルさんは素早くわたしの手を掴んだ。恐るべき反射神経…!
「あ、ごめん、ジェシカちゃん。それじゃあ行こうか。本当なら、ここから転移魔法って言うのを使えばすぐに着くんだが、折角だから馬車に乗っていこう。魔法協会が直接所有しているものだから安全だ」
どうやら、その馬車があるのは、隣の隣にある町らしい。なので、そこまでは水上車を使う必要がある。なので、わたしたちは水上車の駅へと向かった。
水上車の中は意外とすいていた。あまり使ったことはないけど、わたしが乗った時は混んでいることが多かったような気がする。窓の近くの椅子に座り、外を眺める。この景色とも、しばらくお別れだ。わたしの知っている、自然豊かな景色から段々と石畳の道や家が多い、都会の景色へと変わっていく…。便利そうだけど、どこか皆忙しそう。何だかそれを見たら、急に悲しいような寂しい気持ちになった。すると、そんな私を慰めるかのようにギルさんが言った。
「協会も森の中にあるから、きっとジェシカちゃんの住んでいた場所と似ていると思う。きっとすぐ慣れるはずさ。ほら、住めば都、って言うだろう?」
慣れる、かな…?何となく、誰かと一緒にいる自分を想像できない。きっと、今まで誰か友達がいたわけじゃなかったからだと思う。こんな調子で、友達作れるかな…。また、誰かを傷付けそうになったらどうしよう。そんな不安がぐるぐると頭の中を回っている。わたしは何も言わず、ただただ流れていく景色を眺めていた。しかし、一時間ほどぼーっとしていると、目的の駅に到着した。この水上車以外にも、たくさんの水上車が止まっている。当然、川も非常に大きい。どうやら、この駅が様々な方面への分岐点となっているらしい。当然、人もいっぱいいる。わたしは人の多さに驚きつつ、ギルさんの後を追った。油断していると迷子になってしまいそうで怖い。何か分かりやすい目印とか付けてくれてればいいんだけど、特にこれと言った特徴もないし…。本当に気をつけないと!わたしは、すいすいと人と人の間を進むギルさんを必死で追いかけた。何でこんなに速いの!?わたしは何とかギルさんに追いついて尋ねた。
「ギルさん、ここ、人がいっぱいいるけど、皆この駅を使っている人なの?だとすると、人が水上車から溢れることもあるんじゃない?大丈夫なの?」
「まさか!全員が全員、水上車を利用するわけじゃないんだ。例えば、見送りや出迎えに来た人、あとは客に紛れて駅の監視をしている人もいる。人が大勢だと、悪い人も中にはいるからな。…例えば、あそこ、見てごらん」
そう言ってギルさんは水上車の近くを指差した。わたしがそっちを見ると、そこにはきょろきょろと周囲を伺う、怪しい人物がいた。そして、その人物はそっと前にいた女性のカバンに手を伸ばした。まさか、この人、ひったくり犯!?わたしが止めないと、と思ってそっちに行こうとすると、ギルさんに止められた。そして、のんびりと言った。
「まあ、大丈夫だから見てろ。もうすぐ監視係が来るはずだ」
そう言ったその瞬間だった。一瞬で怪しい人物の近くに数人の人が現れ、その人を拘束した。…!?待って、いつ現れたの、あの人たち??あの場所に近付いたところを見られなかったんだけど。早すぎない?身体能力、どうなってるんだろう…。一方、ギルさんは、これで分かっただろう?というようにわたしを見て、再び歩き出した。だから、速いんだってば!わたしはまた、必死でギルさんを追いかけることになってしまった。
ようやく駅から出られたのは、水上車がこの駅に着いてから二十分くらい経った頃だった。だって、駅が広すぎるんだもん。それに、ギルさんが速すぎて、わたしが時々迷子になりかけたせいでもある。非常に疲れた…。すると、ギルさんがどこかで買ってきてくれたらしいお水をわたしに渡してくれた。たぶん、近くの売店だと思う。ありがたくそれを受け取る。冷たい水が、とてもおいしく感じる。
「ちょっと待っててくれ。もう少しで馬車が来るはずだ。それまでここで休んだ方がいい。暑いだろう」
私はうなずいた。人の量が多い、っていうのもあるけど、この町、わたしが住んでいるところよりも気温が高い!よくこんな暑いところで生活できるな…、と驚いてしまった。ここは日陰なので、さっきよりは涼しいけど、それでも暑いものは暑い。…と、急にギルさんが手を振った。…?誰か知り合いでもいたのかな、とわたしがそっちを見ると、そこには馬車が…!うわ、すごい…!こんなに大きいの、今までに見たことがない。わたしが目を丸くしていると、ギルさんがどこか自慢気に言った。
「これに乗って、目的地まで行く。中は涼しくなってるはずだから安心して大丈夫だ」
そして、わたしを馬車に乗せてくれた。い、意外と位置が高い…!微妙に怖い。そう思っているうちに、馬車が動きだしてしまった。でも、意外と揺れは少ない。たぶん、舗装された道だからだろう。少しすると慣れてきたので、わたしはずっと外の景色ばかり眺めていた。けれど、しばらくして気付く。…これ、段々町の郊外に向かっているような…?協会、って言うから、町の中心とかにあるようなイメージなんだけど?しかし、ギルさんは平然としている。ほ、本当に大丈夫なの、これ!?わたしが一人ではらはらしていると、やがて馬車は木々が鬱蒼としている場所で止まった。ギルさんがさっさと馬車から降りる。え、降りちゃっていいの!?わたしはかなり心配になっていたが、置いていかれるのも嫌なので、ギルさんを追ってわたしも外に出た。
読んで下さり、ありがとうございました。