第29話
少しずつ、扉が開く。中は荘厳な雰囲気に包まれていて、一番奥は、五色の布で覆われている。その先に、この国を護る神が存在しているとされているからだ。誰も、その姿を見てはならないとされている。本当にそこに誰かがいるのかは、ゼンもよく知らないが…。なぜなら、一回も布が取り払われたことがないからだ。外せば、その人やこの国に、天罰が下ると信じられている。
ここは、この国の祭祀を司る場所。それに関わる人物だけしか、ここに入ることはできない。つまり、ここにいる人々は皆、祭祀に関わっている。ゼンも一応、そのうちの一人なので、ここに入ることができている。ただ、ゼンはこの国に認められていない力を持っているため、祭祀を司る家の血筋を引いていても、あまりここには昔から入れてもらえなかった。別に、ゼン自身はあまりそのことを気にしていないのだが…。
そして、五色の布の前にいるのは、予想通りの相手。だが、何を言われるかは正直、全く想像できない。ゼンは緊張したまま中へ入る。恐らく一人だったら心細かっただろう。だが、今は後ろにカノンがいる。それだけが、ここでのゼンの、唯一の支えだ。心の中に不安を隠し、歩く。だが、取りあえず彼らの近くまで歩み寄ったはいいものの、小さい頃からほとんど話したことのない家族に何を言えばいいのか、ゼンには分からなかった。取りあえず、「お久しぶりです」と一礼する。だが、それに対して彼らは何も言わなかった。ただ、挨拶などせずに、―恐らく、あまりゼンと話したくないのだろう―淡々とした様子で彼らの用件だけを話す。
「本当はあなたにはここに入ってほしくなかったのですが…。帝さまの勅命でしたので。取りあえず、その勅命を果たしたら、すぐに帰ってください。本来、あなたの力はこの場所にあってはならないものですから」
ゼンの母親は、そう告げた。他人行儀な話し方をされて少し寂しいと思ったが、決して表には出さない。それに、今の言葉は絶対に一回は言われるだろう、と予測していたので、あまり気にならない。
「分かっています。…それで、その勅命とは?わざわざ、この国が認めていない怪しい力を持っている僕を呼びだす、ということは、その力に関する何かが起こりました?」
あえて同じように淡々とそう問いかけると、何故か彼女は一瞬驚いたように目を見開いた。だが、すぐにその動揺を消して、その通りだと肯定するようにうなずく。すると、隣に立っていた父親の方が、一通の手紙をゼンに渡す。そこに書いてあった文字は、皇国の文字。一応、ここから持ち出した本を読んでその文字を忘れないようにはしているが、全然使っていなかったせいでところどころ忘れてしまっている。だが、何とか読み終えたその手紙の文は、ゼンにとって予想外で…、だが、ある意味好都合のものだった。驚きつつも、手紙を丁寧に折る。
「なるほど。そういうことですね。理解しました。僕は、これをどうにかすれば良い、と…?」
「ええ、まあ…、そういうことです。ですが…、我らが祭祀家がどのようなものであるかを、くれぐれもお忘れなきよう、お願いいたしますね?」
それだけ言うと、二人はさっさと行ってしまった。後にはゼンとカノンだけが残される。だが、二人が行ってしまった瞬間、一気にその場の空気が緩んだような気がしてゼンは何だか安心した。急に疲れがどっと押し寄せる。だが、気を緩めているわけにもいかなかった。先ほど手紙の文を読んだと同時に、協会長の言葉も一緒に、頭によみがえってきたからだ。
『皇国には、魔法仕掛けの品物が眠っているみたいですよ。早く見つかるといいのですが…』
手紙に書いてあった「相談したい件」と、協会長が探している「魔法仕掛けの品物」…。それが一致するとは、あの時、誰も想像していなかったはずだ。だが、それを証明する文が、手紙には書いてあった。
『第一皇女、リオナ様が、ずっと眠りについていらっしゃる。そして、その原因は、この国のものではない、奇妙な力であるらしい。どうやらそれは、彼女に終わることのない悪夢を見させているようだ…』
と…。明らかに、魔法仕掛けだ。そして、どう考えても面倒だ。なぜなら、宮廷には、派閥というものが存在しているからだ。リオナを慕っている派閥も多いようだが、中には、彼女のことを良く思っていない人たちだっている…。帝からの命令なので、この魔法仕掛け自体はどうにかしなければならないが、派閥についても考えないといけないのが厄介だ。もしかしたら、仕掛けを解くよりも面倒かもしれない。しかも、祭祀を司っているゼンの家は、中立的な存在だ。この国の民を等しく守っている、とされている神に仕えているため、当たり前のことかもしれないが…。そのため、中立的に対処しなければならない。つまり、行動に制約が多くなってしまう。ゼンが表立って彼女を救ってしまえば、祭祀家はリオナを慕う派閥に味方していると思われてしまう。先ほどゼンの母が言った、「祭祀家がどのようなものであるのかを忘れないよう」という言葉は、そういう意味が含まれていた。今まで散々こちらをいないもののように扱ってきたくせに、こういう時だけ、「祭祀家」という面倒な鎖を押し付けてくる。それだけでも厄介だ。そんな気持ちを察したのか、カノンは、
「…どうする、ゼン?疲れたなら、このままあなたが使うことになってる部屋に案内するけど?」
と尋ねた。正直に言うと、かなり疲れていたが、ゆっくり休んでいるわけにもいかない。できれば、さっさとここから帰りたい。そのためには、なるべく早く行動する必要がある。
(あ、それと、協会の方に連絡しておかないと…。協会長は、ジェシカを行かせる、って言ってたけど、どうなることやら…。そもそも、来たとしてもこの中に入れてもらえるのかな?)
そんなことを心配しつつ、ゼンはカノンにリオナがどこにいるのか聞こうと思ったのだが、ふとあることが気になって質問した。
「そういえば、姉さんは今回の件について、あまり詳しく内容を話されていないんですよね?どうしてですか?」
「さあ…。それに関してはよく分からないわ。でも、あなたの力になるよう、帝から頼まれてはいるからね…。できる限りのことは協力させてもらうわ。任せておいて」
カノンは頼もしく微笑んだ。そんなカノンに、ゼンは早速、リオナの所へ行けないか尋ねてみた。すると、カノンはあっさりとうなずき、ゼンを案内してくれた。しかも、驚くほど順調に。もしかしたら、彼女の部屋には誰も通していないのではないかと思っていたので、拍子抜けした。だが、その途中で何人もの人とすれ違った。彼らは皆、ゼンをじっと見ている。ずっとここに帰ってきていなかったので存在を忘れられているだろう、と思っていたのだが、そうでもないようだ。むしろ、逆かもしれない。神の力ではない、得体の知れない力を使う人物が戻ってきた、と……。しかも、その視線には色々な人の、様々な思惑が込められている。
怪しい術でも何でもいいから、どうにかできるなら何とかしてほしい、というような視線。
どうしてここにいるんだ、余計なことをするな、というような敵意を込められた視線…。
それらが、この宮廷を取り巻いている。カノンもその視線には気付いていたようだが、何も言わなかった。恐らく、この視線に彼女は慣れてしまっている。あまりにも鋭い、これらの視線に…。ゼンも昔はよくこう言う視線を投げかけられ、慣れてしまった時があったが、久しぶりに帰ってくるとさすがにかなり疲れる。この国の宮廷は、きらびやかな外見とは違い、中身は真っ黒な闇の中のようだ。常に、そこでは人々が相手の出方を伺っている…。そのことを、ゼンは痛感していた。
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