第28話
今回と次回は、どちらかというとゼンが主役のお話です。
ゼンにとって、皇国は自分の故郷だ。だが、故郷だからと言って、必ずしも良い思い出ばかりだとは限らない。しかも、今回の帰国は場合は色々な意味で怖い。なので、ゼンは正直皇国に行きたくなかった。
そもそもの発端は、ゼンに皇国からの手紙が届いたことだ。自分に手紙が来ることなどほとんどないので、ゼンは非常にそれを不思議に思っていたのだが、その差出人の名前を見て驚愕した。そこにあったのは、家族の名前。そこまで家族との間に良い関係を築いていたわけではないので、その時点で非常に不可解だった。手紙に呪いでもかけられていたらどうしよう、と恐る恐る封を切ると、そこにあったのは普通の手紙。特に怪しい気配は感じなかったので読んでみると、更に怖さが増した。なぜならそこには、相談したい件があるため、至急皇国に戻ってきてほしい、という内容の文が書かれていたからだ。その相談について書いてある詳しい文は特にない。しかも、交通費などの費用は全てこちら側で負担する、と書いてあったのだ。その文章からも、どうしてもゼンを皇国に戻って来させたい、という気持ちが伝わってくる。だが、今までずっと放っておかれていたため、その手紙を読み終わった時に真っ先に感じたのは、喜びではなく、恐怖だった。それらのことから、ゼンは本当に行きたくなかった。だが、協会長から聞いたとある話が気になり、ゼンは結局皇国に向かうことにしたのだ。
『皇国には、魔法仕掛けの品物が眠っているみたいですよ。早く見つかるといいのですが…』
水上車に乗っていると、不意に協会長のその言葉が頭の中で響いた。少しうとうとしていたせいか、一瞬それが現実だと錯覚してしまった。しかし、辺りを見ても彼の姿はない。胡蝶の夢、という言葉が思い浮かんできた。ゼンはため息をつき、外を眺めることにした。そういえば、この前ジェシカと水上車に乗った時は、彼女の方がこうして外を見ていた。そして、ヴェリエ国の城を見てはしゃいでいた…。協会を出たばかりなのに、何故か協会にいる人々…、とりわけジェシカと協会長の姿が浮かんでくる。最初からこんな調子で大丈夫だろうか、とゼンは思ってしまった。協会では、誰かと一緒にいることができた。それは魔法の本の調査の時もジェシカがいた。だが、今のゼンは一人だ。そのことが、ゼンを不安にさせる。誰かといれば心強いが、一人というのはとても頼りなくて、心細い…。いつの間にか、誰かと一緒にいる状態に慣れていたようだ…。そのことに、自分でも驚く。次々と変わっていく景色の中。ゼンはぼーっと協会のことを考えていた。しかし、そんなゼンを気にすることなく、段々と外の世界が美しい街並みに変わっていく。同じような色で統一された家屋がどこまでも続いている…。それを見ると、懐かしさを感じた。あまり良い思い出はないが、帰ってきた、と思ってしまう。それが自分でも不思議だった。そんなことを考えていると、今度はどこまでもきっちりと整理された家々の向こうに、一つだけ異彩を放つ建物が見えてきた。皇国の、宮廷だ。その広さは、他のほとんど同じ大きさの家に比べ、何十倍もある。そして、その広い敷地の中に、たくさんの建物が並んでいる。…あの場所にこの国の最高権力者である皇帝が住んでいる。
だが、この国はある意味遅れている。この国には、あまり自由がないし、情報も行き渡っていない。正確に言うと、色々と統制されている。それがあまり良くないことであることを、ゼンは知っていた。それに、この国は排他的だ。自分たち以外の文化を認めようとしていない。実際にこの国は、魔法という存在を認めていない。協会の記録を調べていてゼンはそのことに気付いていた。恐らく、この国独自の「神の御加護」というものが信仰されているからだろう。その力がこの国に効いているから、長い間この国は侵略されていないのだと、そう信じられている。そして、中には神託を受けることができると自称している人物もいる…。だが、それ以外の力は受け入れられていない。魔法のような力は、あり得ない物とされている。この世で森羅万象を司ることができるのは、神だけ…。そういうことがずっと昔から伝えられているからだ。だから、ゼンはこの国にいた頃、周囲に馴染むことができなかった。それは、自分の家族でさえも…。
そんなことを思い出しているうちに、駅にたどり着いた。先ほど見えた宮廷まで、ここから歩いて二十分ほどかかる。馬車を用意させる、と手紙に書いてあったが、それは断った。もしそこに家族が乗っていたら、気まずい雰囲気になるのは目に見えている。それに、久しぶりに戻るのだから、都の様子をのんびり観察したいという気持ちもあった。道には、たくさんの人が行きかっている。遅れてはいるが、経済力はかなりある。そのため、国内の色々な場所から人が集まってくるのだ。どうせなら、ここで時間を潰してしまいたい…、とゼンは思わず思った。だが、そういうわけにもいかないので、仕方なく、重い足取りで宮廷へと向かった。
「あら…、あなた、ゼンよね!?こんなに大きくなって…!あたしが誰だか、覚えている?」
宮廷の門の前に着くと、そこで門に寄りかかって立っていた女性が声をかけてきた。すらりと背が高く、その動作は気品に溢れている。ゼンは、その人物のことをしっかりと覚えていた。小さい頃のゼンに、唯一優しく接してくれていた人。ゼンはその人が出迎えてくれたことにほっとし、言葉を返した。
「覚えていますよ。カノン姉さんですよね?相変わらず、お元気そうで何よりです」
「それ、あたしが今でもお転婆に見えるって言いたいの?ま、それは事実だけどね」
そう言いつつも、くすくすと笑っている。カノンはゼンの実の姉だ。一番年が近いため、一緒にいることが多かった。それに、ゼンが初めて魔法を使った日も、他の人たちはみんな怖がる中で、彼女だけは逃げないで、動揺するゼンを落ち着かせてくれた…。ゼンはカノンの強さを尊敬していた。
「それで、他の人たちも変わらないご様子ですか?そもそも、今回は何で僕を呼び戻して…?」
そう尋ねると、カノンは真剣な顔になった。だが、そこには少し、苦さも混じっている。
「あの人たちは相変わらず。今回のことは、帝に説得されて、ようやく許可したぐらいだからねえ…。たぶん、あなたに会っても彼らはあまりいい顔はしないと思うな。今から覚悟しておいた方がいいかもね」
その言葉のほとんどがゼンにとって予想通りだったが、一つだけ聞き捨てならない言葉がある。カノンはほとんどその話をせずに終わらせていたが、どう考えてもおかしい文章がそこにはあった。
「姉さん、帝に説得されて、って一体!?何でそこでその方が出てくるんです?!」
すると、カノンは急に辺りを見渡した。そして、近くに誰もいないことを確認し、その上で更に小さな声でゼンに告げた。
「あたしも詳しく聞いてないけど…。恐らく、この国の『神の御加護』じゃ解決できないような問題が起きたんだと思う。そうじゃなければ、あなたをここに連れてくることなんてなかったはずよ。まあ、あたしはゼンに再会できて、すっごく嬉しいけどねー。じゃ、そろそろ行きましょ。あまりあの人たちを待たせると、更にうるさくなるでしょうし…」
カノンはそう言って歩き始めた。その間も、カノンは、ここに新しい建物ができた、とか、あの場所でこんなことがあった、など色々な情報を教えてくれた。そのため、ゼンはいくらか緊張がほぐれたような気がした。しばらく歩くと、ひときわ大きな建物にたどり着いた。神を祀っている、社殿だ。恐らく、この中に、さっきの二人の会話に出てきた「あの人たち」がいるはずだとゼンは思った。実際にその予想は当たっていたようで、カノンは一瞬心配そうにゼンを見た。そんなカノンにゼンは大丈夫、とうなずいた。
「…それじゃあ、開けるわね」
そう言うと、カノンはゆっくりと重たい扉を開けた。その瞬間、ゼンの目に映ったのは、予想していた人々だった。
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