第27話
それからしばらくしたある日。その時にはもう、わたしはとっくに拾ったものについて忘れていた。たぶん、ゼンの大切な物だから壊したら絶対にまずいよね、と思って、普段使っていない引き出しに入れたのがまずかったんだと思う。まあ、その辺りの話が出てくるのはもう少し先なので、今は放っておくことにしよう。
その日の夕方、わたしは一人で資料室に行っていた。皇国について、気になることがあったので。というのも、この前、協会長さんに会ったときに世間話のついでに魔法仕掛けの話をされたのだ。彼曰く、皇国に一つ、ずっと行方が分かっていない魔法仕掛けがあるそうだ。しかも、不必要なほど装飾品で飾られているため、傍から見るとただの宝石を使った高価な物にしか見えないらしい。恐らく、見た目が良いので、皇国の高貴な家柄の人が持っているだろう、ということだった。だが、その内容は見た目の割には恐ろしいのだという。というのも、その魔法仕掛けは、発動するとその対象に永遠の悪夢を見させる、という…、何とも気味が悪くて、趣味の悪いものらしく…。しかも、その仕掛けを解くまでその人は目覚めることができない。…その魔法仕掛けを作った人、何の目的があってそんなものを作ったんだろう?と呆れてしまうようなものだ。だが、使われたら非常に大変で、最悪、使われた人が命を落とす場合もあるのだという…。もし、皇国で夢に関する事件が起こったら、また行ってもらうかもしれない、と協会長さんは言っていた。別に、外に行くのはいいけど…。何でわたし???
そんなことを考えつつ 適当に本棚から魔法仕掛けに関する本と、皇国の歴史や文化などに関する本を引き抜く。実は、皇国に関することはゼンに聞こうかと考えていたんだけど、何だかあの時の険しい表情が忘れられなくて、結局自分で調べることにしていた。ちょっと時間はかかるけど、たまにはそういうのもいいかな。そう思ってわたしがパラパラとページをめくっていると、急に誰かが入ってきた。複数人の人の足音がしている。だが、ちょうどわたしのいるところは死角になっていて、入り口からはわたしの姿は見えていない。一体誰だろう、と思ってそこから出たかったけど、入ってきた人たちがすぐに話を始めてしまったせいで、わたしは出るタイミングを無くしてしまった。要するに、わたしはそこで静かに話を聞いていることしかできなかった。もの静かな雰囲気に包まれたこの部屋に彼らの会話だけがやけに大きく聞こえる。
「要するに、あなたはしばらく皇国に行く、と……。本当に大丈夫なんですか?あの国は、あなたにとっては…」
そう言った声に少し驚いた。なぜなら、今の声は協会長さんのものだったから。普段、彼がここに来ることは全くと言っていいほどない。そもそも、協会長さんの部屋にたくさんの書籍が揃っているから。…ということは、誰かと話すためだけにここに来た、ということ…?ここに人が来ることなんて、ほとんどないもの。だから、こっそりと話すには適した場所だ。そんなことを考えていると、相手の人がそれに対して言葉を返した。その人物も、意外な人だった。
「そのつもりです。本当はあまり行きたくないですけど。でも、行かないとどうしようもないですし。そもそも、前から一度帰ってくるよう言われてましたから。ただ、向こうで何をしようとしているのか分からないのが少し不安ですね」
そう返したのは…、ゼンだった。その言葉を聞いて、この前ゼンが持っていた手紙を思い出した。もしかして、手紙の内容を話しているのかな…?でも、この会話を聞いても分からないことの方が多い。
「それに、皇国に戻れば、夢に関する魔法仕掛けについて分かるかもしれないので。何か分かったら連絡しますね」
「それはありがたいですが…、まずは手紙の内容を優先するようにして下さいね。ああ、もし、魔法仕掛けに関して助けが必要なら、ジェシカを行かせますよ」
はい!?協会長さん、本人がいないと思ってそんなことを…!ひどくない?わたし、その話自体は聞いたけどまだ了承はしてないんですけど!?そう言いたかったが、盗み聞きしていたことがばれてしまうので、わたしは黙っていることしかできなかった。すると、協会長さんの言葉に、ゼンがくすくすと笑う。
「それなら、皇国での面倒な日々が少しは楽しくなりそうですね。ジェシカは、一緒にいて飽きないですから。…たまに、無鉄砲な行動をしますけど」
…すみませんね、迷惑をかけまくって。というか、今、ゼンの本音を聞いてしまったような…?嬉しいような、もうちょっと落ち着くことを覚えなければならないような、複雑な気分……。微妙にもやもやしていると、協会長さんも、その言葉に同意したかのように楽しそうに笑っていた。き、傷つく…。まあ、自覚はあるけど。自分でもちゃんと分かってはいるけど。だから、全く反論はできないけど…。それが少し悔しい。でも、その後は二人とも、わたしに関することは何も言わず、一言二言協会長さんが気を付けるよう、ゼンを気遣うような言葉を言って、帰って行った。けれど、わたしはその後もしばらくそこから出ることができなかった。なぜなら、ゼンがまだそこに残っているのが分かったから。今出てしまったら、絶対に気まずい雰囲気になるということをわたしは確信していた。一方、一人でそこに残っていたゼンは、ため息をついた。そして、本棚に気だるそうに寄りかかる。そういうゼンを見るのは初めてで、わたしは再び違和感を感じた。だって、いつもゼンは頼れる雰囲気で、強くて、協会の女の子たちにすごく注目されていて…。今は周りに人がいないから、と気を抜いているのかもしれないけど、それにしたって…。しかも、それと同時に、この前は感じなかった、嫌な予感も…。どうしてなのかは分からない。でも、わけもなく不安になる。思わず、ゼンが大丈夫か心配になって陰から出ていきそうになってしまった。しかし、ここから出てはならない。ゼンが一人でいることを邪魔してはならない。…何だったら、二人が入ってきた時点でさっさとここから出ていれば良かったな、と少し後悔した。しばらく、ずっと沈黙の時間が続いた。窓から差し込む太陽の光が、静かに降り注いでいる。まるで、時が止まっているかのように、わたしもゼンもそこから動いていない。そんな、永遠に続きそうな静かな中で。静止した時間を再び動かしたのはゼンだった。その場所から少しだけ立ち位置を変える。わたしもそれを見て、気付かれないよう、ちょっとだけ移動した。ゼンの姿は見えなくなる。今のわたしは、本棚の影のような、いてもいなくても変わらないような存在になることしかできない。存在を示してしまえば、あっという間に静かで穏やかな空間があっという間に消えてしまう。それを、わたしは知っていた。
「……行きたく、ないなあ……。いっそのこと、どこかに逃げられたらいいのに…」
そう、小さくつぶやく。わたしの位置からはその表情は分からない。でも…、どこか、諦めているような声音だった。ゼンはしばらくその場にいたが、やがて立ち去った。その頃には、既に辺りは暗くなっていた。そこまで来て、ようやくわたしは物陰から出ることができた。魔法の花で炎を出してろうそくに火をともすと、少し明るくなった。そんな場所で、わたしは、最初の目的も忘れて立ち尽くしていた。どうすればよいのか、分からずに……。意味もなく、資料室中をぐるぐると歩き回る。そんなことをしてもどうにもならないことは分かっているけど…。でも、そのおかげなのか、一つだけ考えついた。恐らく、今わたしにできることは何もない。…けど、これから出てくるかもしれない。だって、協会長さんは、もし魔法仕掛けの何かが出てきたらわたしを行かせるかも、と言っていた。その時に、少しでも役に立てれば…。ただの、自己満足になるかもしれない。でも、その時に何かできるかもしれない。そのためには、ちゃんと皇国や魔法仕掛けについて学んでおかないと。急にやる気が出たわたしは、早速、ずっと抱えていた本を読み始めたのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。




