第24話
しばらくの間、膜にひたすら攻撃をしていたせいでかなり疲れたので、わたしたちは一旦それを中断することにした。かなり大変だった…。休憩するために、その場に座りこむ。膜は今のところ、全く、何の変化もない。こんなに攻撃しても何ともならないって…、異常すぎない?こっちが弱いのか、向こうが非常に強いのか…。そんな感じなので、向こうが気づいてくれているのか分からない状態だ。そもそも、ちゃんと向こうに繋がっているのか…。この調子で大丈夫かな…?わたしが未だに波紋を生み出している膜を見つめつつそう考えていると、男の子が非常に不安そうに言った。
「…これ、もし戻れなかったらどうなるんだろう…。永遠にこの真っ白な空間で過ごすとか…?」
それを想像したらしく、男の子は一瞬震えていた。…確かに、それは怖い。何にもないからつまらないし、白い場所に絵を描いてもいいけど、どこが壁なのか全然分からないし…。もし、ここにずっといることになったらどうしようかな…、と微妙に呑気に考えていたその時だった。…何か、膜の向こうから不思議な気配を感じたような、そんな気がした。思わず首をかしげる。今の、何だったんだろう?気になったので立ち上がり、少し膜に近付いてみた。男の子はいきなり立ち上がったわたしに不思議そうな表情をしていたが、申し訳ないけど今は無視する。そして、膜をじっと見つめた。男の子は何も言わない。たぶん、わたしに気を遣ってくれているのだと思う。それをありがたく思いつつそっと膜に触れた瞬間。
「冷た…っ!!?何これ、雪みたいな冷たさなんだけど!?」
触れたところが非常に冷たい。さっきまではこんなに冷たくなかったはずなのに。ついでに、膜の向こうからうっすらと水色の光が見えている。男の子は、わたしの反応を怪訝に思ったらしく、その後でわたしと同じように触れて驚いていた。びっくりして素早く手を引っ込める。それがちょっと可愛かった。…けど、これ、たぶんゼンだ。触れた瞬間伝わってきた魔法の気配は、確かに彼のものだ。それに、これはゼンの一番得意な氷の魔法だもの。姿は見えないけど、そう確信する。今なら、たぶんいけるはず!
「ねえ、もう一回攻撃してみよう?たぶん、向こうからもこの膜を壊そうとしているみたいだから!今度こそ、ここを突破できるはずだよ!」
男の子はうなずいて、木刀を構えた。そして、その刃先を思いっきり膜に叩きつけた。その力で、膜のはずなのに何故かガラスのようなひびが入った。水色の光と、冷たい空気が白い空間に入り込んでくる。わたしは、その中心に炎の矢を投げつけた。深紅の炎が膜にぶつかり、大きく燃え上がる。水色の光と深紅の色が混ざり、一瞬、神秘的な紫の光が辺りを照らした。そして、その直後、ガラスが割れるような音と共に膜の波紋が収まった。くっきりと、向こうの様子が見える。そこに、ゼンがいる。やっぱり、この膜は向こうに繋がっていたみたい。それを隔てる薄い膜のひびは段々と広がっていき…、壊れた。空気に溶けていくかのように、ゆっくりゆっくり、消えていく。…膜のはずなのに、ガラスのように見えてしまうのは、わたしの目の錯覚なのだろうか?と、そのことが気になっていると、突如、白い空間の外へと強い風が吹いた。わたしも男の子もそれに吹き飛ばされ……。
気付いたら、いつの間にか元の場所に戻っていた。
わたしたちをこちら側に押しやった風は、部屋の中で吹き荒れ、ぱらぱらと魔法の本のページをめくっていく。そしてそのまま部屋の外へと吹き抜けていった。しかし、本が開いても、今度は誰も本の向こう側の世界に落ちていくことはなかった。つまり…、魔法の仕掛けは、消え去ったということだ。良かった…、と一安心していると、本を持って呆然としていたゼンが急いだ様子でこちらに来た。心配そうな表情で質問される。
「ジェシカ!大丈夫だった!?どこか怪我とか、何かおかしなところとかある?あったら今すぐに治療を…」
わたしは首を振った。特に怪我とかはしていないので。それよりも、男の子の方が心配で、きょろきょろと部屋を見てみたのだが、何故かその姿が見当たらない。…もしかして、この本があった場所に戻っちゃったのかな??それか、変なところに飛ばされていたらどうしよう…。非常にそのことが不安になったので、ゼンに聞いてみることにした。
「さっきまでわたし、あの男の子と一緒にいたんだけど…、消えちゃった。大丈夫かな?それと、魔法に関することとか覚えていたらどうしよう?誰かに話しちゃう可能性とかあるよね!?」
「…え、要するにその人、ジェシカが本の中の世界に行っても元の場所に戻ってなかったってこと?おかしいな…。ちょっと待って、それなら魔法で様子を見た方が正確だし、手間もかからないんじゃないかな?」
そう言うと、ゼンは魔法の花を使って、男の子の様子を光のスクリーンに映し出した。その光景を見て、首をかしげる。何故か、あの男の子は普通に家にいたのだ。しかも、楽しそうに両親と思われる男性と女性とお話ししている。まるで、ずっと前からそこで過ごしていたかのように……。どういうことだろう?ゼンも不思議そうに首をかしげていたが、やがてこう結論付けた。
「そもそも今回の場合、本に人が飲み込まれたのにその本も一緒に消えなかった…、ってところからおかしくなかった?つまり、その時点でこの本の仕掛けは通常通りじゃなかったんじゃない?」
そう言われて、わたしは協会長さんの話を思い出した。普通ならこの本は、開かれたらその人と一緒にどこかへ消えてしまう…。そんな話をされたような気がする。ゼンの言っていることは一理ある。
「…まあ、それはいいとして。ジェシカ、今回のことについて、色々と言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
ゼンはにっこり笑ってそう言ったが、明らかに気配が不穏だ。それに、どう考えても今の言葉、わたしに選択肢が一つしか残されていない。それを承諾するという選択肢だけが…。わたしは大人しくうなずいた。ゼンに迷惑をかけたという自覚があったので。するとゼンは少し考えてから言った。
「本当に色々言いたいけど…。取りあえず、二つ話すね。じゃあ、早速一つ目。あのさ、こっちに全て丸投げしないでくれる?まあ、今回の件はジェシカのおかげで解決したようなものだけど…。でも、もう少し作戦を立ててから実行してくれないかな?おかげですごく心配させられたんだけど」
…ゼンが今までの中で一番怖い。言葉や口調自体は、いつもと全く変わらない。でも、雰囲気が何だか…。まるで、灰色の入道雲の下にいるかのように暗い。こんなにゼンが怖いのって始めてかもしれない…!そんな中でゼンは言葉を続けた。
「そもそも、協会長に中に入るな、って言われてたよね!少しは人の言うことを聞いた方がいいと思うんだけど…」
「すみません…。ごめんなさい。反省してます…。次から気をつけます」
「とか言っておいて、結局同じようなことをいつも繰り返している気がするのは気のせい?そうじゃなかったら、ここに来ることになってなかったと思うけど…」
…おっしゃる通りです。わたしはここから逃げ出したくなってきた。ゼンの言っていることがあまりにも当たっていて、心にぐさぐさ突き刺さっている。この時点でわたしは既に、ゼンからの言葉による攻撃でぐったりしかけているのだった…。
読んで下さり、ありがとうございました。




