第20話
次の日の朝。わたしとゼンは朝から大通りを歩いていた。というのも、朝早い方が人が少ないから、探索兼本探しがしやすいのだ。…まあ、ゼンはどちらかというと、探索に興じているみたいだけど…。さっきから、急にいなくなったと思ったら、突然別の道から現れる…、なんてことを繰り返している。しかも、いちいち驚かせてくるし…。正に神出鬼没だ。もしかして、協会の中庭で驚かせたことに対する嫌がらせ…、なのかな?ただ、そこまで急に出てくるわけではないから、あまり驚かない。しかも、ゼンは丁寧に、「ここの道はこっちに繋がってる」とか、「あっちに行くと何がある」とか全く聞いていないのに詳しく説明してくるし。なので、そこまで怖がらなくても大丈夫だということが分かった。…けど、やっぱり本の行方は分からないまま。というか、探索に集中していたせいでゼンは忘れているようだった。なので、どちらかというとわたしの方が真面目に探していたのだが…、見つからない。しかも、時間が経つにつれて人が増えてきちゃって、周りが見づらくなってしまった。たぶん、今日も見つからないだろうな…。何だか、そんな気がする。わたしはちょっとため息をついた。しかし、ゼンは全く気にせず遊んでいる。ついでに、昨日のように演芸を楽しんでいる。…意外と呑気なところがあるみたい…?何だか保護者になった気分でわたしはゼンに付いて行ったが、何故かゼンはわたしが疲れてくるとちゃんと休憩時間にしてくれた。そういうところはちゃんと見てるんだ…、とちょっと感動してしまった。だが、しばらく休憩すると、再びゼンは探索し始める。
「何だったら、わたしのことは置いて行っていいよ?たぶん、また暑さですぐに疲れちゃうだろうし…」
「でも、急に一人の時に本が出てきたらどうする?一人で対処するのは危険だし…」
そう言ってゼンは再び歩き出したが、ある地点で急に止まった。どうしたのだろう?とゼンの見ている方向を見ると、そこにあったのは書店だった。…本を買いたいのか、この中に魔法の本が紛れているかどうかを確認するためなのか…。と考えていると、ゼンはさっさと入っていく。まあ、中の方が涼しいだろうし、いいかな。そう思ってわたしはゼンに続いて中に入ることにした。ゼンがそのドアを開けた瞬間、チリンと鈴が涼やかな音を立てる。そして、そこにある光景を見て目を丸くした。そこにたくさんあったのは、天井に届くくらい背の高い本棚。そこにぎっしりと本が詰まっていて…。上の方にある本はどうやって取るんだろう、と気になった。ゼンは大量の本に驚いたみたいで、「どうやって探そう…」なんてつぶやいていた。…確かに、この量の本から目的の一冊を探すなんて大変だ。そもそも、ここにあるのかすら分かっていない。本当にあるのかな…?と思っていると、ゼンはまるでわたしの心の中を読んだかのように言った。
「自分でもよく分からないんだけど…、ここにあるような、そんな気がするんだ」
と…。でも、勘って意外と当たる時もあるし、その勘に賭けてみてもいいかもしれない。それに、涼しいし。なので、わたしはその言葉にうなずき、早速端っこの方にある本棚からじっくりと探し始めた。
「見つかった?」
「いや、全然。そもそも、ここにある本が多すぎるからすごく時間がかかるよね…」
ゼンの質問にそう返したのは、捜索を始めてから数時間が経った時のことだった。本当に、量が多い。これだけ時間をかけても本棚二つ三つ分くらいの本しか見ることができなかった。そもそも、探している本の特徴だってよく分からないし…。ここで探すの、諦めた方がいいんじゃないかな…。ゼンは疲れたらしく、さっきから本棚と本棚の間をぐるぐる、回っている。しかも、本人は気付いているのか分からないけど、同じ場所を…。いや、ここにある気がするって言ったのゼンだったよね…?わたしはちょっと呆れたが、ゼンのもっと奥にいる人物を見て、「あれ?」と思った。そこにいたのは、わたしの知っている人物。昨日再会したばかりの、わたしをからかってきた男の子だ。あの子、本を読むことあるんだ…。全く勉強とは無縁そうだなー、と微妙に失礼なことを考えてしまった。だが、問題はそこじゃない。そんなことは非常にどうでもいい。すると、ぐるぐるしていたゼンが、わたしが何かを見ていることに気付いて回るのを止めた。平衡感覚を失っているみたいだけど、どうにかわたしの傍までやって来た。棚にぶつかりそうで見ているこっちがちょっと怖かったけど…。……ご苦労様です。
「ジェシカ、どうかした?急に固まったけど…。向こうに何かあるの?」
「うん。あそこ、見てほしいんだけど…。ゼンの勘、当たったかもしれない」
わたしはゼンの方を見ずにそう答えた。ゼンは怪訝そうな表情でわたしの視線の先を見た。そこにあるものを見て、はっとする。それは、一見ただの本だ。恐らく、ここにいる人は皆そう思っているだろうし、わたしも魔法の力を持っていなければ普通の本と同じだと思っていただろう。でも、それは、明らかに違う。その本が発しているのは、魔法の気配。そのせいか、その一冊だけ雰囲気が違うように感じる。気のせいかもしれないけど、少しだけ光を帯びている。たぶん他の人には見えていないと思うけど…。
「あれ、早く回収しないとダメだよ!誰か、他の人があの本を開いてしまう前に……っ!」
わたしはそう言った後、急いで木のように高くそびえ立つ本棚の間を通り抜けた。ゼンも違うルートでそこに辿りつこうとしている。けど、わたしたちがそこに着く前に他の人が、それを手に取った。…それは、あの男の子。昨日、遭遇したばかりの…。
「待って、その本を開かないで…!!!」
わたしはそう呼びかけたが、遅かった。その言葉を言い終える前に、彼の手がその本の表紙をめくって…。何故かそれがゆっくりとくりと動いているように見える。でも、そのままその姿が消えてしまった。その直後、ゼンがその場所に到着し、持つ人がいなくなって床に落ちそうになった本を空中でキャッチした。協会長さんの話ではこの本は開かれた後にすぐに消えてしまったみたいだけど、今回はちゃんとその場に留まっている。…けど、どうしよう。既に男の子の姿は見えなくなっている。…代わりに、今までこの中に閉じ込められていた人が元の場所に戻ったのだろう。
「わたしのせいだ…。わたしが、もっと早く動いていれば…、こんなことには…」
「それを言ったら、僕もずっとそこをぐるぐるしてたから。どっちかと言うと僕の方が悪かったと思う。…ごめん」
わたしはゼンの手にある本を見つめた。本は、相変わらず魔法の気配を放っている。けど、そこからさっきの男の子が出てくることはない。もうちょっと早く気付いていたら…。そんな後悔が心の中でぐるぐると渦巻く。すると、ゼンが言った。
「取りあえず、この本を買ってから宿に戻ろう。その後、協会長のところに連絡して、これをどうするか判断してもらおうよ。起きてしまったことはどうにもならない、だから、それを踏まえてできることを頑張ろうよ」
ね?と、ゼンは優しく笑った。わたしは大人しくうなずいた。ゼンが言っていることは尤もだ。過去に戻ることはできない。でも、落ち込んでしまうのも事実だ。すると、ゼンはさっさと本の会計を済ませ、ぼーっとしてしまっているわたしの手を何も言わずに引っ張ってくれた。外は相変わらず賑やかだが、何だか遠く聞こえる。ふと空を見ると、そこにはただ灰色の雲が広がっているだけだった。
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