第2話
母さんがお茶を淹れ、わたしと兄(?)の前に置いてくれた。わたしはお礼を言って、一口だけ飲む。いつもの味で、とても落ち着く。兄(?)もそれを飲んで、嬉しそうな、懐かしそうな、そんな表情をした。わたしはそれを見つつ、母さんも席に座るのを待ってから尋ねた。
「…で、どういうこと?取りあえず、本当にこの人が母さんの兄だったとして、どうしてそれを今まで隠していたの?」
「それを説明すると、すごく長くなるわ。ジェシカ、ちゃんと付いてこられる?」
母さんのその言葉にわたしはうなずいた。正直、ちょっと不安だけど、それよりも好奇心の方が勝っていた。すると、兄(?)は何故か再び楽しそうな表情でわたしを見て、言った。
「ジェシカちゃんは、魔法って知ってるかい?」
「知ってる。何か、不思議な花を使って、瞬間移動したり物を浮かせたりできるんでしょ?でも、確かそれは、ずーっと前になくなったって話じゃなかったっけ?」
「正解!でも、それは半分本当で、半分は嘘なんだよ。今でも、魔法は存在している。…例えば、ほら」
そう言って、兄(?)は、目の前に置いてあるお茶のカップをふわふわと浮かせた。文字通り、カップが浮いていた。わたしは目を丸くした。そして、兄(?)を見る。彼はどこか得意そうな表情で笑った。わたしは、目の前で起きていることが信じられなくて。カップの上に手をかざしてみた。しかし、糸はなさそう。兄(?)の手元には、磁石もないみたいだ。……ということは。この、怪しすぎる兄(?)は、本当の本当に魔法使いだ、っていうこと?!わたしは信じられない気持ちで、もう一回、兄(?)を見た。彼は、一旦、カップをちゃんと机に戻し、魔法とこの世界の秘密を話し始めた。
この世界から魔法がなくなったのは、とある魔術師が魔法を悪用し、世界を混乱に陥れたからだった。魔法協会は、魔法を使うために必要な魔法の花を世界から全てなくし、魔法を使えないようにした。しかし、悪用した魔術師はどこかに逃げてしまい、再び何らかの方法で世界を混乱させる可能性があった。しかも、魔法使いが多い家系は、今後も魔法を使える人物が生まれる可能性が高い。そこで、魔法協会は、協会に属する魔法使いたちに告げた。もし、子孫で魔法を使える者が生まれた場合、協会に連れて来るように、と…。
「その命令に則って、魔法持ちだった俺は、魔法協会に行ったんだよ。けど、君のお母さんは魔法が使えなかった。基本的に、魔法使いは外に出てはならない。だから、なかなか会えないんだけど…。今回は、君のおかげで会うことができたよ。最後に会ったのは…二十年前だったか…?」
その言葉に、母さんはうなずいた。信じられないけど、それだったら、納得できる。魔法については秘匿扱いだから、母さんは兄(?)の存在を隠していたんだ…。兄(?)は更に話を続けた。兄(?)は、母さんからわたしに関することが書かれた手紙を受け取ったらしい。そして、もしかしたら魔法持ちかもしれない、と思い、無理を言ってここにやって来たのだそうだ。しかし、慣れない道で迷ってしまったらしい。うろうろしていた所で発見したのが、炎で死にそうになっていた、わたし。兄(?)は、わたしの気配からここを特定したのだそうだ。…はっきり言って、ちょっと怖い。
「それで…。さっきの炎で確信したよ。君は、間違いなく魔法持ちだ。小さい頃は、そういう感じで、花とかがなくても魔法を使えることがあるみたいだしね。…ってことで、ジェシカちゃん、おじさんと一緒に魔法協会へ行こう!」
兄(?)がそう言った瞬間、その場の空気がぴしっと固まった。わたしは思わず、母さんの方を見た。…わたしが行ってしまったら、母さんは一人になってしまう。なぜなら、この家には父という存在がないから…。そもそもわたしは父さんの名前も顔も知らない。母さんは知っているみたいだけど、前に聞いたら「秘密」と言われてしまった。…ここまで、一人で育ててくれた母さんを一人にしてしまって、いいのだろうか?わたしがうつむいて何も答えずにいると、母さんが兄(?)にこう聞いた。
「ねえ、それって、今日じゃないとだめなの?ジェシカも混乱しているみたいだし、三日ほど時間をくれないかしら?その間、この家にいてもらっていいから。ね?」
兄(?)は、何とも言えない表情をしていたが、しばらくしてうなずいた。本当は、早く戻らないといけないみたい。でも、わたしや母さんの気持ちを優先してくれたらしかった。最初は疑ってたけど、案外悪い人ではないみたい。それから兄(?)は自己紹介をしてくれた。名前は、ギルさん。母さんより三つ年上で、普段は魔法協会で色々と仕事しているそう。その色々な仕事の中で、ギルさんが一番力を入れているのが、魔法の花の研究で、その仕組みを解明しようとしているそう。研究する、ってすごいと思う。一つのことに打ち込めるって、なかなかできなさそう…。わたしにもいつか、打ち込める何かができるのかな?そんなことを考えたが、すぐに気持ちが沈みこんだ。母さんとお別れするのは、嫌だな…。ギルさんもそんなわたしの気持ちに気付いているらしく、二人で話せるよう気遣ってくれたみたいでいその後すぐに、出かけていってしまった。その瞬間、家の中が静まり返る。わたしはそっと母さんに聞いた。
「母さん、わたし、本当に本当に魔法協会に行かないとダメなの?それは、どうしても避けられないことなの?」
母さんは少し目を伏せて、でも、はっきりとうなずいた。何だか、それを見たらすごく悲しくなって。わたしはうつむいた。何だか目の辺りが熱い。私は黙って席を立ち、自分の部屋に向かった。パタン、と自分の部屋の扉を閉じた瞬間、ぽろぽろと涙が溢れてきた。何で、急にこんなことに…。確かに、ここの人たちとは正直言って上手くいってない。今日も、炎を発生させちゃったし…。でも、だからと言ってここを離れるのが嬉しいとかそう思っているわけでもない。何だかんだ、わたしはこの場所が好きだ。それなのに、お別れだなんて…。そんなの、嫌だな…。わたしはその後、夕ご飯の時間になるまでずっと、自分の部屋に閉じこもっていた。
夕ご飯の時間。わたしはずっとぼーっとしながらご飯を食べていた。お別れ、という言葉がずっと頭の中を回っていた。母さんとギルさんは楽しそうに昔の話をしている。それを聞き流しながら、考え続けていた。しかし、しばらくするとギルさんが私に言った。
「そういえば、ジェシカちゃんは炎の魔法以外に何か他の魔法は使ったことがあるかい?」
わたしは首を振った。いつも出てくるのは、炎だけ。どうせなら水の方が良かったんじゃないかな?その方が、色々と焦げずに済むだろうし…。すると、何故かギルさんは首をかしげた。
「炎か…。あの威力の炎の魔法を使える奴は、なかなかうちの家系に出てこないんだけどな…。どちらかというと、光、とかそっちの方が多い気が…。単なる偶然にしては随分…」
とぶつぶつ呟いている。何を言っているのかよく分からなかったけど、取りあえず放っておく。それよりも、わたしが気になっているのは、魔法協会に行くということ。ここを離れるのは嫌だけど、気になってもいる。一体、どういう場所なんだろう?と。なので、思い切ってギルさんに聞いてみることにした。
「あの、ギルさん、魔法協会ってどんな場所なんですか?そもそも何をしているんですか?」
「いい質問だ。魔法協会では、魔法の研究、あと鍛錬、それから魔法がかかった道具…、魔法仕掛けって言うんだが、そういうのの調査だな。結構忙しいぞ」
それを聞いたら何か不安になってきた。研究とか、こつこつ頑張る感じの作業があまり好きではない…。それに鍛錬って…。炎しか出せないわたしでも大丈夫なのかな?
しかし、色々と不安に思っている間にも時は過ぎていき、いよいよ出発当日になってしまった。
読んで下さり、ありがとうございました。






