モラトリアムトワイライト
「モラトリアムなんだよね、この子も私も。決まった未来の前の最後の自由時間。だけどこの子は私と違って時期が来たら飛び立てる。もう決まってる未来に躊躇して足踏みなんてして、いつまでもうじうじしてるような私と違う」
店の中の梯子棚に向かっていきなり語り出す姉
大きな独り言なのか、話しかけているのか判断がつかない私は相槌を打つべきか悩んだ
その一瞬、姉は私の方を振り向き、その大きな目でまっすぐに見つめて来た
来週結婚式を挙げる私の姉
店の骨董品が大好きで、姉も骨董品に愛されているように感じた
私の前では中古品にしか見えない商品も、姉の前では歴史を感じる素晴らしい骨董品となる
店は姉が継ぐのだろう
私はそこでお手伝いをしていたい
大好きな姉が1番幸せそうにいられる空間を守りたいと思っていた
しかし、姉は、結婚後、ここから出て行ってしまう
結婚相手の異動についていくのだ
相手はとても良い人だった
大好きな姉にふさわしい優しく誠実で、少しだけ子供らしいサプライズが好きな人だった
あの人とならきっと幸せなのだろう
姉はここ以外にも幸せの場所を見つけたのだ
それでも
「私、ここが好きなの。けど、あの人との家も好き。どっちも欲しいのに片方だけなんて、まだ迷ってる」
答えなどでない迷いを、今度は私に向かって語る
私にはそれに対する答えなどわからない
私には
「私は、ここ継ぐから。私もここ好きなの」
口をついて出た決意の言葉
まるで儀式のような張り詰めた空気
私は今、姉に対して誓おうとしている
「ここにいるお姉ちゃんも大好き。だから、たまにここに来て、私にまた見せて」
主語が無い
なにを見せて欲しいのか
私にもわからない
また見たいと思ったものがなんなのかわからない
それでも
「うん、そう、ありがとう」
綻ぶ姉の顔が、私の誓いを受け取った証となる