オジサン騎士団長は聖女に転生した俺に少しだけ甘える
ごく平凡な30代サラリーマンだった俺は異世界の中堅国家の第3王女に転生した。
さらに1日1回限定の強力な回復魔法を手に入れ、癒しの聖女などと呼ばれながら、朝は仕事を行い昼からは手入れされた庭で本を読む悠々自適の生活を送っている。
穏やかな日差しに包まれながら読み終えた本を閉じ空を見上げる。
「そろそろかな」
呟くと、1人の騎士が庭へ入って来た。
「失礼いたします」
「こんにちは、騎士団長様。さあどうぞこちらへ」
隣に座るよう促すと彼は少し疲れた様子でベンチに腰掛けた。
一兵卒から騎士団長へ登りつめ他国にもその名を轟かせる男(独身)の、貴族のご婦人方を魅了する精悍な顔に疲労が滲んでいる。
「連合軍のお勤めご苦労様です。この度も帝国の危機を救ったそうですね」
「ありがたきお言葉。ですが、我が未熟により多くの兵達を傷つけてしまいました」
そう言って騎士団長が俯く。
だが彼でなければ更に多くの被害が出ていたであろう事を
俺は知っている。
「我が国の兵達が傷ついたのは、本当にあなたが未熟だったせいですか?」
ぶっちゃけ帝国の指揮官がやらかしたせいである。
「それは……」
騎士団長が言い淀む。
「ここには私とあなたしかいません。だから、本当の気持ちを口にしてください」
騎士団長の口から帝国への愚痴が溢れ出る。
俺は相槌を打ちながら彼の言葉を聞き続けた。
「いつも申し訳ございません」
一通り愚痴を吐き出した騎士団長は俺に対して深く頭を下げる。
月に一度のペースで俺(姫)相手に溜まった鬱憤を吐き出すのである。彼の性格や立場を考えれば恥ずべきことだろう。
「構いません。私は『癒しの聖女』ですから、我が国の英雄が毒を溜めたままではプライドが傷つくのです」
精一杯、おちゃめな感じで笑う。
実際、前世で上手くストレスを発散できず溜め込んだ俺とは違い、彼ならストレスも上手にコントロールしているだろうし、ただの自己満足である。
「さて、次はお待ちかねの甘味の時間です」
騎士団長に向かって笑いかけながら『おやつタイムに地球さんのお菓子を取り寄せるチート』を使用する。
出てきたのは温かいお茶と饅頭。彼の好みなのだろう、毎回同じものが出てくる。
「ではいただきましょう」
自分のぶんも取り寄せ、穏やかな風に包まれながらお菓子を食べる。こしあん美味ぇ。
騎士団長は普段と同じく真面目な顔をしているように見えるが、良く見ると口元が小さく緩んでいる。
「今日もいい天気ですね」
「はい」
他愛のない事を呟きながらお菓子を食べる。
俺(姫) のために作られた庭は優しい光に包まれている。
「御馳走様です」
「どういたしまして」
おやつタイムが終わると湯呑みが光の粒となって消える。
次に取り寄せた時には同じ湯呑みがきれいに洗ってあるわけだが、いったいどうなっているのだろう。
「そろそろ城へ戻ります。姫様、誠に有難うございました」
「……まだ駄目です」
普段より疲れが溜まっていたのか、騎士団長はまだ完全に回復できていない気がする。
あと何かできることは……そうだ。
「私の膝に頭を預けて下さい」
「……流石ににそれは」
「ここであなたが膝枕されることがより多くの兵を救うことになるのです。『癒しの聖女』の力がそう告げています」
「ぐぬっ……失礼いたします」
兵を人質にされた騎士団長は普段の勇敢さは何処へいったのか、恐る恐る俺の膝に頭を預ける。
その顔は羞恥に染まり赤くなっていた。
……いくら騎士団長と言えど50歳の人間が15歳(肉体年齢)の少女に膝枕をされるのは恥ずかしいか。
だが、彼にはこの国のため羞恥に耐えて耳かきをされる必要があるのだ。
「耳の垢を掃除しますね」
前世の記憶を思い出しながら丁寧に耳かきを行う。
騎士団長も次第に落ち着いていき、小さく呟いた。
「何故か、幼少の頃を思い出します」
「お母さんと呼んでもいいですよ」
「生まれ変わった時は、是非……」
耳かきを続けていると規則正しい呼吸が聞こえる、どうやら彼は眠ってしまったようだ。