雨に消されて
未成年喫煙は法律によって禁止されています。
「なんか、ちょっと曇ってきたね」
そう言われて上を見ると、さっきまで優しく照っていた夕陽は雲に隠されていた。
「ほんとだ、雨降り出す前に帰んなよ」
「そうだね、もう少しで終わりそうだからそれが終わったら帰るよ」
「終わる?なにが?」
「それは内緒」
口の前で人差し指を立てて、子供特有の生意気さを滲ませる。
「考え事、終わった?」
そう唐突に聞いてくる声は、さっきまでとは違う、大人の雰囲気を帯びていた。
「何考えてたのか、僕に教えてくれない?」
「聞いたところでどうすんの?」
若干の間を置いて唸りながら
「女心の勉強、とか?」
その答えから感じる幼さにクスッとする。
「別に特別なことは考えてないけど、聞く?」
「うん、聞かせて欲しいな」
私が話すまでここにいられても困るし、雨が降り出して濡れさせるわけにもいかない。それに相手がどれだけ年下でも、話せば少しは楽になるかもしれない。
そう願って、持っていた煙草を落として靴で火を消す。
さっきとは違う新鮮な空気を溜め込んで、私は話すことにした。
私が煙草を吸い始めた理由。
彼との出会いを。
意外にも隣のこいつは話が終わるまでずっと黙って聞いてくれていた。
私は少しずつ、花から蜜を絞り出すように思い出しながら話した。
ときどき詰まることもあったから、私の話し方がよかったわけじゃなくて、単にこいつが聞き上手なんだろう。
どうだったかと聞くのもなんなので、返事を待つ。
「ううん...分かったような、分からないような」
足先の砂を指で適当になでたりしているとそんな答えが返ってきた。
「どう?少しは勉強になった?」
わざといじわるする感じで聞いてみる。
「ん~、よくわかんないかも」
やっぱりこいつには少し難しかったかもしれないな。そう心の中で考えた矢先
「でもあれだね」
「ん?」
「なんか、素敵だね」
素敵。
似たような言葉をどこがで耳にした気がする。
「お姉さんはただ単に好きで吸ってるのかと思ってた。僕にはまだ少し難しかったけど、そこが大人の事情ってやつなのかな。
ちょっと悲しい話だったけど、誰かを思ってすることはどんなことでも素敵だと思うよ」
言葉が出なかった。
私にまとわりついていた義務感や責任感が少しずつ消えていく感覚をただぼうっと感じていた。
"素敵"
無視するようでこいつには悪いけど、もう少しだけゆっくりと、この言葉をかみしめていたかった。
誰かに見られたのも初めてで、誰かに話したのも初めてだった。
しばらくはずっと忘れられなくて、何もない日を過ごしていくんだろう。そう思っていた。
けれどそれは今日初めて会った、私より明らかに年下の恋の"こ"の字も知らないような、妙にマセたこの子供によって簡単に拭われた。
よくわからない感情が跡も残さずたって行くのと同時に、涙がすっと、自分でも気づかないうちに流れた。
「どうだった?話して楽になれた?」
目に溜まった水を服の袖で軽く拭いて、うんと返事をする代わりにうなずく。
薄く開けた目のすき間から、見覚えのあるクマのキーホルダーが見えた気がした。
「よかった」
一体こいつにとって何がよかったのかは分からないけど、確かにそう聞こえた。
いつの間にか隣に居て、大した会話なんてしていない。ただ私の昔話を聞かせた見知らぬ子供。だけど私はこいつに感謝しないといけない、そう感じた。
涙がおさまるのを待ってから
「ありがとう」
そう言って隣を見ると、さっきまで座っていたあいつはいなくなってしまっていた。
神様か、妖精か、それともただのマセた子供か。そんなことはどうでもいい。私があいつのおかげで楽になれたのは事実だった。
空が低いうめき声をあげる。
箱の中を見ると、もう最後の1本になっていた。
これで最後だ。
そう決めて火をつける。
すると厚く重なった雲から小雨が降ってきて、私と煙草を濡らし始めた。まるで、もう吸う必要はないって言うみたいに。
「最後くらい、ゆっくり味わわせてよ」
味なんて分からないけど、そう呟いてみる。
ダメになってしまった煙草を捨てて
今の天気とは反対の少し晴れた心を持って
体に染み付いた匂いを雨に消されながら
結局私は何にもなりきれないまま、走り出した。
私の処女作である「なりきれないまま」
完結いたしました。
無事終えることができたのは(いるかわからない)読者の皆様のおかげです。
本当はもっとゆったりとしたテンポで進めたかったのですが、ペンを持つとキャラが勝手に喋りだして、それぞれの感情を紡ぎ出して、それに合わせて書いているとこのようになってしまいました。
はい、単に私の技術力が足らないだけです。
ちなみに主人公兼語り手である女の子の名前が出ていないのはわざとです。
有川さんサイドも書こうと思っていて、そっちで名前初出し予定です。
本当に拙いものでしたが、読んでいただいた方、本当に本当にありがとうございました。