彼との最後
第1部前書き参照
初めて話をしたあの日からかなりの時間が経った。
私はあとちょっとでもう少し大人になり、彼は既に年齢的には大人だから魅力を上げる。とかそんな風に表しておこうか。
私たちはいつものように、会えばどこかで話をしていた。周りから見れば恋人同士に見えていたかもしれない。少なくとも私はそう見られていたいと思うほど、彼のことが好きになっていた。
だから、彼の突然の告白に、私はひどく驚い
てしまった。
「僕、大学やめないといけなくなったんだ」
「え?」
あまりにも自然に、タバコの煙と一緒に吐き出された言葉は私の前をからかうように浮いていた。
そこから煙と一緒に換気扇に吸い込まれてしまわないように、彼の言葉だけをむせてしまわないように、飲み込む。
「すごい急ですね...なにかあったんですか?」
慎重に。彼に合わせてできるだけ自然に、言う。
「親が自分でお店を経営してるんだけど、父さんの容態が良くなくてね。こっちに進学してくる時もかなりわがまま言ったし。もう十分楽しめたから、帰ってあっち手伝おうかなって」
だから...
彼が次の言葉を言うまで、すごく長い時間が流れたように感じた。
多分本当はいつもと変わらない優しい口調で、普段通り言ったんだろう。けれどその時の私は騒がしい心臓をなだめるのに精一杯で、彼の言葉をすぐに飲み込むことはできな
かった。
「だから、きっと、会うのは今日で最後」
間を置いて、心にすき間をつくるように息を深く吸って、言う。
「そう..ですか...」
彼と会えなくなることはなぜだか私をそんなに辛い思いにはさせなかった。ただ実感が湧いてなかっただけかもしれない。
それよりも、彼の口から何の躊躇いもなく最後を告げられた事が、私はなにより悲しかった。
ああ、思っていたのは、私だけだったんだ。
周りから恋人同士みたいに見られたかったのも、他愛もない話をして楽しんでいたのも。
いつの間にか好きになっていたのも。
私だけだった。
冷えきって、少しの衝撃でも加えようものなら一瞬で砕け散ってしまいそうな心を、まだ温かさの残るコーヒーでできるだけ元に戻す。
「なら今のうちに言いたいことは言っておかなきゃダメですね」
好きって、言ってしまえばよかった。
最後なら、もう会うことがないのなら、たとえ叶わなかったとしても恥ずかしくなることなんてない。
けど、けれど、言えなかった。
歳をとれば大人になれる。小さい頃はそう思っていた。けど全然、そんなことはなくて、
彼に出会った時から私は変わらず、自分の気持ちすらロクに伝えることもできない、臆病な子供のままだった。
何も考えれなかった。
どんなことを話していたのかも覚えていない。
彼の瞳に映った最後の私は、少しでも大人に見えていただろうか。
気がつけば、いつの間にか時間は通り過ぎていた。
残っていた、もう冷めてしまったコーヒーを飲んで彼が言う。
「じゃあ、そろそろでようか。」
夕陽はいつものように沈んでいく。
私達はその"いつも"に照らされながら最後のお別れをする。
「私、すっごく楽しかったです。これまで本当にありがとうございました」
元気でとか、体に気をつけてとか、もっと気の利いた言葉はあったはずなのに出てこなかった。
「じゃあ」
二人とも同じ台詞を。
けれど彼はやっぱり優しくて、私はやっぱりぶっきらぼうに。
せめて雨が降っていたら思いっきり泣けたのに、真面目な夕陽は仕事を終える最後まで、立ったまま動けない私を照らしていた。
本当はもう少し長くなる予定だったんですけど一旦切ります。
有川さんサイドの話があまりにも淡白で、しかもテンポが早いもんだから置いてけぼりにしてしまってはいませんでしょうか。
次、初喫煙です。