トマトが赤くなれば医者が青くなる話
寂れた病院がある
そこに勤務する医者たちが会議を開いていた
うちが寂れているのは、近所の住民が健康なせいだ
ならば不健康にすればいい
そうすれば、うちの病院は大繁盛だ
だがどうやって?
その時、医者たちの中で最も頭のいいハカセが提案した
トマトが赤くなれば医者が青くなるという
ならば、トマトが青くなれば
我々は狂喜乱舞するハズ
そうか、お前頭いいな
急遽、近所のトマト農家が育てているトマトを
全て青く塗りつぶす計画が立てられた
その夜、トマト農家
集った医者たち
トマトをペンキで青く塗り始めた
一個塗りつぶすたびにみんなの顔色が良くなって行く
もう効果が現れている
やはりこの方法で正しかったんだ
ダメだダメだ
そんなペースじゃいつまでたっても塗り終えないぞ
そう言ったのは、医者の中でも最も頭のいいハカセだった
スプレーを取り出して、噴霧する
すごい効率だ
皆が感心したその時だった
トマト農家現る
バカもん!
怒鳴り声に驚いて皆で逃げ出す
トマト農家のおやじが、逃げる医者にトマトを投げつける
トマトが当たり、転倒
ぶつけられた医者がトマトに吸い込まれる
バカもん、ゲットだぞ!
なんてことだ
このトマトはバカもんを吸い込むときた
トマト農家のおやじ、さらにトマトを投げつける
二人目もトマトに吸い込まれる
このままだと全滅だ
医者の中で最も頭のいいハカセが医学書を読み始める
こんな時になにしてる、吸い込まれるぞ
ハカセが反論する
バカもんだから吸い込まれるのだ
吸い込まれない為には、バカもんじゃなくなればいい
さすが、こいつ、頭いい
だが本が上下逆さだった
トマトに吸い込まれる
バカもんゲットじゃぞ
ハカセの策が通用しない
絶望した医者たちは全員トマトに吸い込まれた
農家のおやじは、農場の地下に尋問部屋を掘り、
そこで医者たちを尋問する
貴様ら、なぜトマトを青く塗った?
トマトが青くなると、我々が狂喜乱舞するからです
ほほう、いいことを聞いた
ということは、逆を言えば貴様らが青くなれば、
トマトは真っ赤になるということじゃな
しまった、いいことを聞かせた!
トマト農家のおやじは、医者たちに青汁をぶっかける
するとトマトがみるみる赤みをおびてくる
おお、たしかに医者どもとトマトには不思議な繋がりがある
このまま医者どもが青くなればなるほど、
トマトは赤くなっていくということか
おやじは次々と医者たちに青汁をぶちまけ続けた
トマトはどんどん赤くなって行く
おやじは狂喜乱舞した
まっかじゃなぁ、まっかじゃなぁ
ワシのトマトがまっかじゃなぁ
その赤味が限界に達した時、トマトが光を放ち始める
ニョキニョキと手足が伸びて、
胸なんかママよりもグラマーで、
気づけば人の形を成していた
聞こえますか?人間たちよ
この声は、トマト?
トマトが意思を持ち、トマト神が誕生したのだ
嘆かわしいことです
何故、医者とトマトが争わねばならないのです
何故、両者が共存できる道を見つけようとしないのです
しかしトマト神さま、あなたもご存じの通り、
古くから言い伝えられているのです、
トマトが赤くなると医者は青くなる
我々医者とトマトは、互いに相入れぬ存在なのです
本当にそうなのか、確かめてみましょう
トマト神が手を差し出す
それを医者の一人が掴む
医者の中で最ももやしっ子の、シロイだった
すると、そのシロイの身体がみるみる赤くなって行く
肌だけではなく、髪も、目も、歯も、白衣も、真っ赤になっていた
トマト神のパワーがシロイを赤く染めたのだ
どうですか、これでもまだ、医者とトマトは共存できませんか?
その様子を見ていた医者たちは驚いた
トマトが赤くなったのに、医者も赤くなった!
新しい諺が誕生した瞬間だった
ありがとう、ありがとう
この奇跡に立ち会えた幸福に、感動を禁じ得ません
医者たちが涙を流して平伏する
もう、トマトを青く塗ろうなどと思いませぬ
医者たちの合唱がはじまった
いざすすめよキッチン、みじん切りだトマト
トマトが目にしみたら、トマトでこすれ
トマトとトマトを、トマトにまぶして、
まぜれば、トマトまみれの生ゴミの誕生だ
医者たちがトマトを讃える歌を歌い終えたその瞬間、
トマト神の首がぽろりと落ちた
その後ろにはトマト農場のおやじ
手には鎌を持っていた
転がるトマト神の首
悲鳴を上げる医者たち
なんということを!
トマト神さまー!
転がったトマト神の首を農家の親父がつかむ
ついにわしは伝説のトマトを手に入れた
このトマトのパワーを手にすれば、ワシは医者いらずの身体になれる
そんなことになったら、病院の経営が破綻するのは目に見えていた
そんなことはさせないぞ
おののく医者たちの中から、一人の医者が歩み出た
医者の中で最も勇敢なユウキだった
だが、おやじはまたもトマトを投げつけた
トマトをぶつけ、バカもんをゲットしようというのだ
だが、トマトはユウキの頭にぶつかった瞬間に潰れた
ユウキは吸い込まれず、立ったままだった
ゲットできんじゃと?
農家のおやじが驚く
そう、トマト神の言葉で目覚めた医者たちは、もはやバカもんではなかったのだ
トマト神さま、僕たちはあなたの意思を継いで
ああトマトと医者が平和に暮らせる世の中を作ってみせます
医者たちが畑に散った
そして畑じゅうのトマトに懐から取り出したレッドブルをかけはじめた
農家のおやじが更に驚く
元々赤いトマトにレッドブルなどかけたら、どれだけ赤くなるか
このワシでも想像がつかんぞ
そんなことをしたら、医者の貴様らは青くなるだけじゃ済まんぞ
だが、医者たちは穏やかな顔を向ける
大丈夫です
僕たちはもう、トマトが赤くなったところで、
青くなるなんてことは、ないんだよ
医者たちの身体がゆらぎはじめた
おやじは幻覚を見てると思った
だが、現実だった
次第に医者たちの輪郭がおぼろげになっていった
皮膚の表面が液体のように波打っていた
目と鼻と、口の境界線もあやふやになった
医者全員の顔の見分けがつかなくなった
複数いたはずの人影が、どんどん合わさって行き
やがて一つになった
背の高い身体には、大きな赤い頭が乗っていた
のっぺらぼうのその顔は、トマトそのものだった
トマト神が復活したのだ
ト、トマト神だと
おやじは驚き、だったら自分が持っているこれはなんなのだ
と、掴んでいたトマト神の頭を見る
それもまたトマトだった
おやじは安心した
トマトはちゃんとここにある
ふと鏡を見る
そこには、トマトを見て安心するトマトがいた
なんだ、トマトはちゃんとそこにもいるじゃないか
おやじは更に安心した
トマトはトマトにかぶりついた
ああ美味い
トマトの味がする
こんなに美味いトマトははじめて食った
今までに無いほどみずみずしいのだ
それはわしがトマトになったことが理由の一つなのかもしれない
トマトのおやじはトマトを食い続けた
それを見て満足そうに頷くトマト神
トマト神の指先から超高圧のトマトジュースビームが発射される
それがトマトおやじの脳天を射抜く
倒れるトマトおやじ
しばらくは無音だった
やがて救急車のサイレンが聞こえた
救急隊がトマトおやじをストレッチャーに乗せ、運び去って行った
その様子を見ながらトマト神が満足そうに頷いた
例えトマトが赤くなろうとも、医者たちよ
あなたがたは、青くなる必要が無いほど忙しい
だから安心して、赤いトマトを見守っていて欲しい
そう言い残すと、トマト神は立ち去った
その後、病院はつぶれた