丸壱ノ弐。「はぁ、全国大会ですか。……えっ!?全国!?」
ちょっとした箏曲マメ知識。①『コト』という漢字。
色々『コト』にも漢字は有りますが、箏曲に置いて使う漢字は、竹冠に、ノに、点三つ、争うの上のクを取ったものを組み合わせたものです。
『琴』というものも有りますが、こちらとは種類は似ても違うものなんです。
(調べてみてください。)
楽しんで読んでいただけたら幸いです!
「そう言えば。」
香坂が思い出したように手をポンッと叩いた。
「もう一人ね?もうここって決めました。って子が居てぇ…」
その子を探すように香坂は辺りを見回してから、
「あっ!居た居た。水守ちゃん!」
自分と似たり寄ったりな名前を呼んだ。
香坂の目線を追って振り返ると、小柄な女生徒二人が自分の方を見ていた。
すぐに、片方が立ち上がって近付いて来た。
「水守ちゃん。座って座って。」
「あ、はい。」
少しギクシャクした動きで水守という少女は畳に正座した。
慣れていないのか、カチコチだ。
「紹介するね。…こっちが照野錬ちゃん。水守ちゃんと同じ入部確定組で、私の後輩。見た目男子っぽいけど女子だよ。」
「こんにちは。」
「こ、んにちは。…本当に男子っぽい女子ですね。」
「………」
―突っ込まないぞ。よく言われるから突っ込まないぞ。
内心、ズバッと言われた言葉に傷つきつつもいつもの事と、自分を納得させた。
「んで、こっちが水守史香ちゃん。照野ちゃんに名前似てるね。三文字。」
「そうですか?」
「そう、で、しょうか?」
香坂の言葉に三本はシンプルに、水守は困り顔で返した。
「ありゃりゃ?まぁ、対面は済んだところだし、」
パンッ!と一度香坂は手を打った。
「ねぇ。早速だけど水守ちゃん、照野ちゃんと合奏わせてみない?」
「「え?」」
「え?」
「え?いや、こっちがほんとに、え?ですよ。早速過ぎます。先輩。」
えー?と言う香坂に、照野が突っ込む。
「大丈夫でしょ?照野ちゃんはもう大分弾けるから二筝やればいいし、」
「ちょっと待ってください。そんなすぐには弾けませんよ?」
「水守ちゃんも一筝…、教えた通りに弾けばいいよ。」
「無視ですか?」
「分かりました。」
「え?ちょ。…君もスルーするの?」
照野の言葉を総無視で話が進む。
いいね、やれやれ。と背後で後押しする声が聞こえる。
ー暇ですね。先輩方。
香坂にもいいでしょ?と目はキラキラさせつつ、有無言わせない。という雰囲気に諦めて、最後の抵抗代わりに溜息を一度だけ吐く。
「あぁもう、分かりましたよ。…五分ください。練習します。」
「いやったぁっ!」
香坂は嬉しそうにそう言うとじゃ、待ってるねー。と水守を連れて行ってしまった。
「………」
ーなんか、先輩、中学より色んなものがグレードアップしてる…。
そう思いつつ、照野は筝に向かい直った。
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「さて。レディースアーンドジェントルメーン」
「ジェントルメンは居ないよー!」
ドッと笑いが部屋を包んだ。
「じゃあ、レディースの方々ー。お待たせしましたー!期待の新入部員二人による初デュエットでーす!…じゃ、頑張って。」
ー最後投げやりですね。
内心では突っ込みつつも、先輩に表面上は頷き返しながら、照野は構えた。
だが、
シーーーーン…。
沈黙が降りた。
チラと水守を見るが、向こうも照野を見たまま頑なに構えのままだった。
ーあぁ、分かった。
三本は内心で呟くと、テン。と一音目を引いた。
九九十…九九十…
それに続くように水守がようやく弾き始めた。
それに合わせて、自分も二筝を弾く。
突然速くなったり、突然遅くなったり、時には楽譜を見失って止まる水守のペースに合わせて、照野は速くしたり、遅くしたり、水守が楽譜から自分の現在地を見つけるのを待った。
ある意味、最悪かもしれないが、
「イイね。」
誰かが零した。
そう、良い演奏なのだ。
ガタガタながらそれでも形のある演奏だった。
ティン…。
最後の一音を引き終わると、しばし間を置いてから、ぱちぱちと温かい拍手が起こった。
「よく頑張ったね。」
香坂が優しい顔でそう言った。
横を見れば、緊張感から開放され、なおかつ先輩の優しい言葉に、水守は泣きそうな顔をしていた。
これが、真島高校箏曲部新入部員の初の演奏となるのだった。