1-8 何を食べてると思う?
月見さんの部屋である205号室は――古めかしい雰囲気を漂わせている。
六畳の畳部屋のある1DKは、広さこそ俺の部屋と変わりないものの、内装は激しく異なる。
ヒビが入り、くすんだ壁は、見る人を寂しい気持ちにさせるし、常にどこからか隙間風を感じる……。
また、この部屋のインテリアも、異常なまでに質素でモノが極端に少ない。
こげ茶色のちゃぶ台と、紺色の座布団が二つ。
部屋の隅に置かれた棚の上には、小さな鉢植えサボテンが置かれているが、ぱっと目につくものは、そのぐらいだろうか。
とても天使のような美少女が住む部屋だとは思えない。
中央に置かれていたちゃぶ台を端に寄せ、夏目さんが慣れた手つきで布団を敷く。
「ほら、灰田くん! ここに寝かせてあげて」
俺は、背中におぶっている月見さんを、そっと布団に寝かせる。
「おぶってる間――」
「やましいことは考えてませんから!」
夏目さんより先手をとって、断言する。
くっくっく。絶対に、そーゆーこと言われると予測してたんだよなあ。
確かに背中に体温を感じたときには、どきまぎしたけど、病人の少女に対してどうこう思うほどでもない。
理性の勝利だ。
「男の子だもんねえ。仕方ないよね」
「俺の話、聞いてました?」
「貧血はね、前にもあったの。だからそんなに心配しなくてヘーキ」
スルーされた。
俺は夏目さんとの会話を諦め、布団の上の月見さんに目を落とした。
布団の上の月見さんは、すーすーと寝息をたてる精巧な人形のようだった。
月見さんの亜麻色の髪を撫でながら、夏目さんは「やれやれ」と呟く。
「少し体が弱い子でね。しかも、体が弱い癖に頑張っちゃうんだから。
今回は、さっきの菓子折りのために無理したんだろーなー」
「は?」
夏目さんは月見さんの髪からそっと手を離し、やや小さめの声で喋り始めた。
「実はこの子って、すごく貧乏なの。毎日三食、何を食べてると思う?」
わざわざ訊いてくるということは、白飯におかずという食生活ではないのだろう。
だとすると……、そうだ、パスタはどうだろう。
ご飯を炊く手間のないパスタ料理は、一人暮らしには便利で節約にもなるらしい。
「パスタでしょうか」
「パスなら仕方ないわね。答えは、かけ蕎麦」
俺はパスと言ったのではなく、パスタと言ったのだが。
それより、かけ蕎麦って!
「え、マジで言ってるんですか!?」
若干ひきつっているであろう俺の顔を見て、夏目さんは神妙に頷く。
「ホントよ。あの菓子折りを用意するのに、さらに食費を削ったんだと思うわ。
あの菓子折りは、この子の生命力を削って用意されたもの。有り難く食べなさい」
い、嫌すぎる。重すぎる!
どう言ってあの菓子折りを穏便に返そうか、そのシミュレーションを今晩は行わなくてはなるまい。
それにしても――。
寝顔も上品な月見さんは、目を開けたらレースの着いた華やかなドレスを着て、馬車のお迎えが来るのを待っているのが似合いそうだ。
こんな雑誌か絵本の中に出てきそうな美少女が、なぜそんなに貧乏暮らしをしているのだろうか。
全くこのアパートは謎が多い。
なぜ、俺の105号室だけ過剰なリフォームがされているのか。
なぜ、205号室の美少女、月見さんはそんなにも貧乏暮らしなのか。
後者はプライバシーに関わることだ。人にはそれぞれ色々な事情があるのだろう。
だが、前者のことは俺の問題でもある。
今、俺たちは105号室と内装が全く違う、205号室の部屋にいるわけで。
真相を問いただすには一番相応しい舞台であろう。
「と、ところであの、夏目さん」
俺の言葉を制止するかのように、夏目さんは涼しげにさらりと答える。
「わかってる。キミ、あたしに言うべきことがあるのよね?」
「え……」と思わず驚きの声が漏れた。
そう来るとは思っていなかったが、相手がその気なら話が早い。
シラを切られても嘘であっても、それなりの回答は欲しい。
豪華リフォームの疑問、ついでに、水漏れの対応の件も少しは謝って欲しいところだ。
長い話になりそうだし、声を荒げることもあるかもしれない。
「月見さんを静かに寝かせてあげたいし、台所の方で話しませんか?」
俺の提案に、夏目さんは不思議そうな顔をしつつも「別にいいけど」と同意してくれた。
台所に向かうと水道の蛇口が目に留まった。
この部屋の蛇口は、昔ながらの取っ手をひねるタイプで、水しか出ないようだ。
俺の部屋は軽くレバーを押すだけでお湯も出る。
こんなことすらやはり違いがあるのだ。隠されている恐怖に、軽く身震いがする。
俺たちは、台所の床に座布団を敷き向かい合って座った。
俺は正座、夏目さんは脚を崩している。
うわあ、スーツ姿の女性が脚を崩しているのってエロいなー。
脚線美にちょっと目を奪われつつも、俺は話を切り出した。
「単刀直入に訊きます。
なぜ、俺の部屋とこの部屋は、こんなにも違うのでしょうか。
あと、水漏れの時、あの対応はちょっとひどかったんじゃないですか」
俺の言葉にきょとんとする夏目さん。
「あ、あー! なんだー。そういう話?」
「えっ、じゃあ、何の話だと思ってたんですか!?」
調子を狂わされ驚く俺に、夏目さんがのうのうと答えやがる。
「あのー、さっきの菓子折り、大きかったじゃない?
多分、十二個入りとか、みたいな?
灰田くん一人じゃ食べ切れなさそうだから、あたしにくれるんじゃないかと思って。
ていうか、催促しないとくれないって、気がきかないよね、キミ」
予想してた以上に、目の前のこの女は、面の皮が厚いらしい。
「あの菓子折りは、月見さんの生命力削ったもの言ってたじゃないですか。
俺、返すつもりですよ。なんで欲しがるんですか!」
「えー、だって、私も割とビンボーだしー。
貰えそうなもんは、こまめに貰っとく主義なの」
もう嫌だ、この人。し、しかし、ここで負けてはなるまい!
今後の穏やかな暮らしのためにも、言うべき事は言って、訊くべき所は訊いておこう。
「ええっと、まず、水漏れの件なんですが」
仕切りなおし、俺は自分の正当な願いを主張する。懇願といってもいい。
「夏目さん、管理会社の人ですよね。なんかあったらちゃんと対応してくださいよ!
管理してくださいよ!」
夏目さんは「ん~」と唸り、やがてゆっくりと喋り出した。
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