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1-6 思い切り転倒

 夕方。自転車を転がしながら、大学構内をトボトボと歩く。


 俺はこの後、四十分以上自転車を漕いで、あのアパートへと帰宅する。

 色々気にしていても仕方ない。


 鈴木に言われるまでもなく、結局は妙なリフォームのことなど忘れて、楽しく暮らすのが一番なのだ。


(よーし、今日は気合入れて自炊でもするかな!)

 自己暗示で、少しずつテンションを高めていく。


 だが、大学敷地内のある並木道(・・・・・)に差し掛かったとき、俺はあの苦い思い出に包まれ、げんなりした。


 四月の入学時に学生宿舎に入居した俺が、五月末には他のアパートに引っ越した。

 なぜそんなに急いで遠くにいきたかったのか、全ての原因はここにある。


 約二ヶ月前のある夜、ここで俺は大失敗をやらかした。

 ……この並木は、桜。


 俺にとっては嫌な思い出しかない。



       ◇



 ――四月初旬のある夜のことだ。


 満開の桜並木の下で、宿舎の新入生の歓迎会が行われた。


 一応、『宿舎に入居する新入生の歓迎会』が名目ではあるが、そこには宿舎に入居してない新入生もいたし、サークル勧誘の上級生、院生なんかも入り交じっていた。


 正直、誰が誰だかよく分からない。


 筑緑大学は、新入生だけでも毎年二千人以上がいる。

 それらの人々が、桜並木の下で青いシートをひき、それぞれに盛り上がる。


 全長数百メートルはある桜並木の下に点々と青シートが敷かれ、全ての場所で歓迎会が行われているわけだ。

 鍋あり、バーベキューをしている集団もあり、お菓子をタワーのように積んでいるスペースもある。


 屋台こそ出てないものの、まるでお祭りのような雰囲気だ。

 移動は自由で、色々な人と話せるようになっている。

 合言葉は「とにかく、おめでとう!」


 ――さて。


 入学したての俺は、この歓迎会のため頑張って色々なシミュを重ねていた。

 張り切って、自分を『好感度の高いステキ男子』に見せる会話を熟考していた。


 友達も彼女も欲しいのだから、自分をよりよく見せたいのは当たり前だよね!


 予定通り、最初は周囲の人とも話が盛り上がっていた。

 だがふとした瞬間、俺は一人になっている気がした。

 なんでだろ? しばらく考えて謎は解けた。


 そうだ! 皆、酒が入っているのだ。


 俺だけシラフだから、ダメなのだ。うん、そうに決まってる。

 未成年だからと遠慮していたが、やはり俺もアルコールを少しは摂取することにした。


 わずかにぼんやりしてきた頭で思案する。


 本当は酒は関係ないのかもしれない。

 どうせ俺は、コミュニケーション能力が低い。

 周りからも、つまらない奴と思われているのかもしれない。


 ……なーんてね! そんなこと、今考えてどーする。うむ。


 その辺りから、俺の意識は朦朧となってくる。

「あの人、飲み過ぎじゃない?」そんな声が遠くから聞こえた気がした。


 会話がうまくできず、緊張してひたすら飲んじゃったとか、そんなくだらないことを言っても仕方がない。

 実際、無理に飲まされたわけでもなく、間が持たずつい飲んでしまった自分が悪いのだ。


 で、飲んだ結果、俺がどうなったか。

 ――思い出したくもない。


 言い訳はしない。皆の記憶はこうだ。

 シンプルに言うと、この数行でまとまる。



『ある男が飲み過ぎて吐いた。立ち上がったところで、気分が悪くなり吐いた。

そのとき不幸にも、吐かれた場所に女の子がいた。

女の子の服にも髪にも、ゲロがついた。顔にもちょっとゲロがついてた。


吐いたバカ男は、灰田。

吐かれた被害者は、天願カナリ』



 その次の日のことを、俺はよく覚えている。


 探し回った挙句、学生課の近くで天願さんを見つけて、ひたすらに謝ろうとした。

 なんと言うべきか徹夜でシミュレーションをして、やっとの思いで声をかけた。


「あのぉ、昨日は……」

 声を発した俺に、天願さんは冷たく言い放った。


「貴方、最悪と最低、どちらの言葉がお好み?」


 周囲の気温まで下げてしまうかのような、凍て付く一言。

 だが、怖かったのは発言よりもその視線だった。


 大きな褐色の瞳は、全くこちらを見ていない。

 俺のことを認識し、視界に入れることすら拒否されているようだった。


 しかしながら、キツイ言葉を浴びせられるのは当然だ。

 俺は用意しておいた封筒を取り出し、頭を下げながら言葉を続けた。


「本当にすみませんでした。これ、クリーニング代で……」

 俺の言葉を無にするように、凍て付く波動の二言目が放たれた。


「結構です。金銭は――正直余っていますから」


「だ、だったら何か別のお詫びを」

「話しかけないで頂くのが、最高の謝罪ですわね」


「……っ」

 とりつくしまもない、とはまさにこのことだ。

 天願さんは、それ以上俺に一言も喋らせないかのように、くるりと俺に背を向け立ち去っていった。


 回転する際、チェックのミニスカートが風をはらんで舞った。

 そうだ、あのゆるふわな髪型とミニスカートから、もう少し柔らかな物腰のキャラクターを想像していた。

 俺のシミュも甘かった。


 直後、うなだれる俺に声をかけてきたのが、あの鈴木だ。


「ねえねえ、『灰田が吐いた!』の灰田くんだよねえ? 

キャラ立ってていいねー」


「………」

 どんなキャラだよ、俺!


 この瞬間――俺は大学生活のスタートダッシュで思い切り転倒したことを悟った。

 ああ、最悪だ。いや、最低でもいいが。



 まあ、とはいうものの、あの歓迎会では救急車を呼ぶ騒ぎになった奴もいるらしい。

 俺以外に吐いた奴もいるし、みっともないが「若者のよくある恥」ではあった。


 ただ、俺の吐瀉物の犠牲になった天願さんが、非常に有名人だったので、俺の恥も大きくなってしまった気がする。

 

 後から知ったことだが、天願さんは資産家のご令嬢。

 本来なら都内の私立大学でお嬢様暮らしが似合いそうだが、天願さんなりの熱意があり、わざわざ都内を離れて、この筑緑大学を志願、宿舎の入居も自ら希望したらしい。


 宿舎に入居すること、歓迎会に参加すること、色々なことに関して、天願さんはこう言っていたそうだ。


「必ず自分で確かめること。

自分の手で調べ、自分の脚を使い、自分の目で見ること。

人任せにしないことが大事です。体験こそが、尊いのですから」


 信念と行動力のあるご令嬢だ。

 そして、そんな天願さんは、やはり何日経っても俺が憎いらしい。


 宿舎の前の自動販売機でばったり会ったとき、コンビニで会ったとき、講義が一緒のとき、俺の被害妄想かもしれないけれど、やはり居心地が悪かった。


 そぉーっと天願さんを見ると、はい、やっぱり睨んでるし。


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