表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/48

1-5 学食にて

 筑緑大学の第一学生食堂。


 昼には賑わう学食も、午後二時過ぎには(ひと)()が無くなる。

 大量の食器を整理してるのか、厨房からは絶えずガチャガチャと音が響いていた。


 もっと静かでオシャレな休憩所は、大学構内にいくらでもあるが、俺はこの時間の食堂が一番好きだ。

 ほどよい生活感、なんといっても無料で麦茶も飲めるわけだし。

 その無料麦茶を飲みながら、俺は友人に相談をした。


 俺の部屋……奇妙なまでにゴージャスリフォームされた105号室のことを。



「さすが、灰田クンは僕を飽きさせないねえ」


 目の前に座っている友人――

 鈴木()(かい)は、実に楽しそうにニヤついてやがる。


 大学の唯一の友人である鈴木は、下の名前が「諭戒」だ。

 論じて戒める、とはとても思えない。

 単に、世の中のこと、他人のことを愉快がる奴だ。


 長身で色白で、切れ長の目と大きな口が特徴。

 顔立ちは整っているが、ピエロっぽい奴という表現がしっくりくる。

 間抜けなピエロじゃなくて、なんとなく怖い面もあるピエロ。

 まあ、普段は明るく屈託がないので、不愉快でないことが救いだが。


「お前、口元が笑ってるぞ。面白がってないか?」

「うん。だって、面白いじゃない。わざわざ、いわく付き物件に引っ越したなんてさ」


 断定口調の鈴木に、俺は少しむっとして言い返す。

「まだ、いわく付きと決まったわけじゃ……」

「いや、是非いわく付きであって欲しいね。僕曰く、いわく付きだよ。そりゃ。フフッ」


 全く悪気のない鈴木の楽しげな様子に、反論する気も無くす。

 確かに俺もあの部屋は、過去に何か不幸があったのではないかと考え始めていた。


 俺は部屋の内見の際に「この部屋は、以前の住民が自殺とか他殺とかの、いわゆる事故物件ですか?」とは訊かなかった。

 いい加減な夏目さんのことだ、今さら訊いてもシラを切られるだろうけど。


 ただ、やめとけばいいのに、俺は余計なことを考えてしまう。

 俺の発達したシミュレーション能力が発動して、想像をリアルに加速させるのだ。


 血の跡が至る所にあったのだろうか?

 死体はどこで発見されたのだろうか?

 死体はどのぐらい腐敗していたのだろうか?

 虫……とか湧いたりしてたんだろうか。

 蟲……とか湧いたりしてたんだろうか。


 うぎゃー! やめよう。


 ……でも、あれほど徹底したリフォームがされる事件って、どんだけ凄惨だったんだろうか。


 ぐわー、まだ想像が止まらない。

 ううう、静まれ、俺のシミュ力。


「しかし、わざわざ事故物件を引き当てるなんて、凄いねえ。僕なんか内見もせずに、アパート名だけで入居を決めたのに、何のトラブルもなかったよ」


「そりゃーよござんした」

 一言だけ返事を返し、麦茶に口をつける。うむ、今日も無料の麦茶は旨い。


 鈴木は唇を尖らせ、拗ねたように俺に問う。

「灰田クンが宿舎から出たいって言ったとき、僕のアパートもお勧めしたのに。

何が不満だったのさ?」


「やだよ。お前と一緒のアパートなんて」

 軽口を叩き返答するが、確かに悪くないアパートだった。

 ただ、昔ながらの風情があって、コミュ力がない俺には無理そうだった。


 この辺りの地区――筑緑学園都市は、元々雑木林しかない北関東の田舎に、筑緑大学が設立されて発展していった。

 だから学生街のアパートは、元は畑や雑木林のあった土地。

 大家も近所の農家だったりすることがある。


 そんな大家の中には、管理会社を介さず、直接住民と契約を結ぶ人もいる。

 住民は毎月、家賃を農家のおばあちゃんの家に手渡しに行く。


 おばあちゃんにとっては、大学生は孫のような年齢だ。

 「ちゃんと食ってるのけ?」と言われながら、野菜を貰うこともあるらしい。


 いい話だ。でも俺はそういうの苦手だ。

 家賃は銀行口座から自動引き落としでいい。健康の心配もされなくていい。

 それでいいのだ、それが気楽なのだ、孤独万歳。


「まぁ、僕のアパートは、まるで僕専用のようなアパート名だったしね。

……あっ、そろそろ行かなきゃ」


 食堂の壁の時計を目にした鈴木は、すっと立ち上がった。

 だが、すんなり立ち去らないのがコイツらしい。

 座っている俺に向かって、諭すように余計な言葉をかけてくる。


「仮に、過去に何かあった部屋だとしてもさ、気にしなきゃいいんだよ。

灰田クンは、何でも気にし過ぎだよ。気にし過ぎのキミに、神様が科した試練かもね」


「………」

 俺は鈴木と目線を合わせない。放っておいてくれよ、もう。


「まだ、気にしてんでしょ? あのこと」

「全っ然」


「ふーん。あっ、噂をすれば、(てん)(がん)さん!」


 ゾクッとする震えが身体を襲った。

 わずかに肩が揺れ、その反応を見て鈴木がくっくと笑う。


 く、悔しい……。

 俺はその名前を聞いただけで条件反射で怯えてしまうのだ。


「ほら、気にし過ぎ。あはっ!」

 極めて呑気な鈴木に向かって、俺は声をひそめて確認する。

「ちょっと待て。いるの? マジで天願さんいるの? 俺の後ろの方?」


「うん。たまには灰田の方から普通に話しかけてみたら? 

もう、向こうだって忘れてるって。それじゃあね!」


 食堂の出入口へと歩き出した鈴木の背中を見送りながら、心の中で反論する。

 向こうがあのことを忘れているわけがない。

 なんなら今から確認してもいい。


 俺はそっと後ろを振り返……ろうとするが、やっぱりその前に、まずは心の準備が必要だ!


 少し目を閉じて、天願さんのことを思い浮かべてみる。

 艶やかな栗毛色の髪は、ゆるくふわふわとしている。

 けれども、ゆるふわな髪型とは一転して、顔立ちは凛々しく端正だ。


 近くでじっと見つめたことは一度しかないけれど、とても綺麗な子ということは、少し離れた場所からでもよくわかる。


 ただ、残念なことに、俺は笑った顔を見たことがない。

 ひとつの表情しか見たことがないのだ。

 長い睫毛に縁取られた大きな瞳で、強い目力で、こちらを射抜くようなあの表情……。


 無料麦茶を一口飲み込む。

 すぅー、はぁー。呼吸を整え、心の準備は完了した。


 そっと後ろを振り返る。ハイ、予想通り。



 ――天願カナリは、俺を、じっと睨みつけていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ