表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/48

1-4 違いすぎる

 業者が来るまでの間、俺は205号室の部屋の掃除を手伝った。


 少女の部屋に入るのは気がひけたが、玄関は開けっ放しで、床に水は溢れる異常な状況で、そんな気を遣う場合でもなさそうだった。


「本当にごめんなさい。下の階までご迷惑をおかけして……」


 床からの水の勢いは少しずつ弱くなっていたのが、唯一の救いだった。

 俺はびちゃびちゃのタオルを絞って掃除を手伝いながら、ふと本来の目的を思い出した。


 ポケットにねじ込んでいたタオルを取り出す。

 「粗品」と書かれたのし紙がくしゃくしゃになっているが、まあ仕方ないだろう。


「あ、これ、よかったらどうぞ。

引越しのご挨拶で、近所の人に渡そうと思ってたんです」

 その言葉とともに、俺は少女にタオルを差し出す。


 途端、少女の水色の瞳が大きく見開かれ、「ほわぁ!」という明るい驚きの声が漏れた。

 よ、喜んでくれたらしい。


 それからの少女の振る舞いは、卒業証書を受け取る優等生のようだった。

 「あ、ありがとうございます!」と感激の言葉をあげ、両手でタオルをそっと包み込み、一礼をする。


 そうしてタオルを大事そうに胸に引き寄せ、ぎゅうっと抱きしめたのだ。

 まるで愛しい宝物のように。ああ、俺はそのタオルになりたい。


「私なんかに、これほどまでに親切にして頂いて……このご恩忘れません!

申し遅れましたが、私は月見と申します。近いうちに必ず恩返しをしますね!」


 その少女――月見さんは、感極まったような表情で、俺をじっと見つめる。


 い、今時、タオルひとつでこれほど喜ぶ若い女の子がいるだろうか。

 部屋や服が濡れていて、我ながらナイスタイミングだったとは思うけど。


 でも、一枚五百円のタオルにしては余りあるほどの真っ直ぐな感謝だ。

 俺は少し照れながら、目を逸らし、話題も逸らした。

 ふと目についた状況を口にする。


「あ、でも、こっちの畳の方まで被害がでなくてよかったですね。畳は濡れてな……」



 ――畳? 


 はて。あれ? あれれ?


 違和感に気付いた途端、背筋がゾクリとした。

 嫌だ、嫌な予感がする。

 俺の部屋はフローリングだぞ。なぜ、この部屋は和室なんだ? 


 水が溢れる見知らぬ女の子の部屋に入ったことで、冷静に観察できていなかった。

 一度冷静になれば、こんなにおかしいことはない。


 いや、畳とフローリングの違いぐらいならまだ説明がつく。

 俺の部屋は内装リフォームしたばかりだ。畳替えするより、板張りした方が安くついたり、若い人には人気が出ると思ったのかもしれない。

 でも――


「月見さん、お風呂場やトイレも見ていいですか? 

他でも水漏れがあるかもしれないし」

「あ、そうですよね! お願いします」


 俺は勢いよく立ち上がり、風呂場に立ち入った。


 扉を開けた先にあったのは――

 このアパートの外装に相応しい非常にボロい風呂場だった。


 浴槽は、ベコベコと凹みがあるステンレス製で、膝を折らないと浸かれない狭さ。

 温度調節ができず、追い炊きもできない。ジャグジーなんて夢ですか、という感じ。

 俺の部屋の風呂は、脚を伸ばしてゆったり浸かれる、大理石のバスタブなのに……。


 動揺しつつも、トイレも確認する。

 丁寧に掃除はされているが、当然のようにウォシュレットなんてない。

 洋式なだけありがたいと思え! 和式じゃなくてよかったな、という感じ。


「あのー、なんか問題ありました、か……?」

 月見さんが俺の背後に立ち、もじもじと恥じらっている。

 女性の部屋のトイレを、ずっと見つめてる自分。挙動不審だ。


「あ、ええ。他は特に問題がないみたいですね」

 平静を装いつつも、俺は呆然と立ちすくんだ。

 違いはこれだけではない、きっと調べれば調べるほど違いが出てくるのだろう。


 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 だが、その説得も空しく、胸の動悸は早くなる。

 心臓というやつは、どうして時折、存在感をアピールしてくるのであろうか。


 ――さあ、大問題だ。


 この部屋と俺の部屋は違う、違いすぎる! 


 アパートのしょぼい外装や、水漏れが起きてもおかしくない年季の入った築年数から考えて、このボロい205号室こそ自然なのだ。

 これがフツー、あるべき姿なのだ。


 奇妙なほどにゴージャス内装の俺の部屋……105号室は、明らかにおかしい。


 そうだ、よく考えろ自分。俺ももう十八歳だ。

 世間というものを知るべきだ。

 うまい話には、裏がある。そうに決まってるじゃないか! 


 俺のばーちゃんも「東京はこわいとこやけんのぉ」と度々俺に言い聞かせてた。

 いや、ここは北関東の田舎で、東京カンケーないけどね!


 とにかく、ハッキリ言って、最初からおかしかったんだ。


 月額二万九千八百円(なんて半端な金額だ)の家賃の部屋で、ジャグジーがつくわけがない! 

 俺が知らない間に、日本経済が激しいデフレでも起こしてなければ、絶対にあり得ない価格設定なのだ!

 混乱し熱くなっている俺の頭の中で、夏目さんの声が再生される。


 ――この部屋は、内装をしっかりリフォームしていて、設備も充実しているんです。ほら!

 

 沸き起こるのは、疑心、疑念、疑問……。

 多くのクエスチョンが頭の中をぐるぐると掻き乱す。


 何で俺の部屋は、あそこまで完全にリフォームされているのだ。

 俺の部屋……105号室で、過去に一体何があったんだ?


 あの管理会社は、いまいち信用できない……。


 俺は、どこまで騙されているんだ?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ