エピローグ ~ご相談したいことがあるんです~
「じゃあ、あたしと天願ちゃんは、一旦会社に戻るわ。契約書類作らなきゃ」
そう言いながら、ナツさんは車のキーをくるくると指先でまわす。
いきなり天願さんのこと、ちゃん付けかよ。
「入居者が増えてよかったねー、月見ちゃん」
「は、はぁ」
「天願ちゃんも、いい部屋見つかってよかったねー。灰田くんのと・な・り」
「ええ。まさに望みどおりですわ」
「灰田くんも、両手に花になっちゃってぇ」
えへらっと笑うナツさんを、俺は思いっっきり睨みつけた。
ナツさんって、本当にテキトーだ! 入居者もっと選ぼうよ!
ハイキックの達人が隣にいるの、やっぱり怖いよ!
俺の視線は痛くも痒くもないらしい。
ナツさんは、めいっぱい俺を小ばかにしたような表情をして、俺の腕をグイグイと引っ張った。
「ちょっとこっちに来て」
「え、なんですか!」
台所の隅まで無理やり引っ張られる。それから、ナツさんはひどく小声で囁いた。
「ねえねえ、バカ灰田。どうして月見ちゃんにはわかったんだと思う?」
「何がですか?」
「だから、天願ちゃんの動機が『復讐ではなく、恋だ』って、
どうして月見ちゃんは気付けたのかな?
どうして月見ちゃんには、天願ちゃんの気持ちがお見通しだったのかな?
ここまで言えば、さすがにわかるよね?」
俺は手を顎にあてて思案し、正直に答えた。
「そうですね。月見さん、一見頼りない子供のようにも見えますが、
実は芯の強さもあるし、頭がいいというか、発想の転換がうまいんだと思います」
うむ。月見さんは最初に会ったときよりも、ずっと成長していると思う。
ナツさんは、ガタガタブルブルと震えながら後ずさる。
「……うわ、バカ。信じらんない。常識がない。バカ。信じらんない。常識がない。バカ……」
なんか、エンドレス悪口になってるし。
その後、天願さんを乗せて、ナツさんの運転する営業車が出発した。
車を見送ったあと、俺は何もモノがない105号室で、フローリングの床に寝そべっていた。
冷たい床の感触を味わっていると、自然と口から吐息が漏れる。
(俺のゲロ事件も、このアパートに関する事件も、全部終わったんだなぁ……)
ぼんやりと感慨に耽っていると、月見さんが玄関のドアを開けて入ってきた。
そうして部屋の隅に、ちょこんと座った。
「………」
「………」
しばらく沈黙が続いた後、月見さんは消え入りそうな声で話し始めた。
「………ひ、非常にどうでもいい、なぞなぞを出しても宜しいでしょうか?……」
「あ、はい」
「……灰田さんは天願さんのことを、どう思っていますか?
天願さんは、灰田さんのことが、お好きな様子ですが……」
そ、それはなぞなぞじゃないだろう! と心の中で突っ込みを入れつつ、
俺は寝転がったままで白い天井を見ながら、実に正直に愚痴った。
「天願さんには絶対ナイショですよ。
正直、まだちょっと怖いです。とゆーか、かなり怖いです。
行動力がある人って、思い切りアクセル践みますよね。
そうしたら、嫌われるときも全力で嫌われそうだし。
ていうか、俺、まだ信じられない。
あの人が本当に俺のこと、好きなのかなあ。
やっぱり復讐目当てかもしんないし、まだまだ気が抜けないっていうか……。
あ、今わかったぞ! 俺、ナツさんのせいで女性不信なのかも……」
頭を抱えながら寝返りをうつ。
天井から視線を逸らし横を見ると、月見さんはニコニコした楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「なるほどなるほど。だったらいいんです」
その様子を見てふと思い出す。
月見さんのニコニコ笑顔を見たのは久しぶりじゃなかろうか。
そうだ! 言おうと思って、ずっと言えなかったことがある。
俺は体を起こし、髪の寝癖をちょっと撫でつけて、あらたまって話しかけた。
「あのー、月見さん。
俺がこのアパートに引越してきたせいで、一連の事件が起こりました。
ちょっと申し訳ないというか、後悔というか……」
「後悔、ですか?」
「ええ。俺が逃げ出してきたせいで、月見さんにも余計な迷惑をかけてしまって」
月見さんは、手のひらをぶんぶん振り「そんなこといいんです!」と繰り返す。
そうして、とびっきりの笑顔を浮かべたのだ。
「全て結果オーライです!
灰田さんが吐いちゃって引越してきてくれたから、こうして今、
部屋も着々と埋まってきているんですよ。
ズバリ、『灰田が吐けば、大家が儲かる』ですっ!」
……えーと。そのことわざは、月見さんなりのジョークだろうか。
ジョークを滑らした月見さんは顔を赤らめ、慌てたように取り繕う。
「と、とにかくありがとうございます! ということですぅ~」
感謝の言葉は、素直に受け止めちゃっていいのだろうか。
後悔するべきことは、たくさんある。
ただ、今日ぐらいは――後悔することをお休みしてもいいかなと思った。
何かから解放されたように、思い切り伸びをする。
そんな俺の隣で、月見さんが幸せそうな笑みを浮かべ、もったいぶったようにコホンと咳払いをした。
「ところで、灰田さん」
「へ?」
「ご相談したいことがあるんです」
かしこまったように正座をして、月見さんはにっこりと微笑む。
「え、もしかして、また……何かの事件ですか?」
「事件というわけではありません。
ただ、つくりょくを見て連絡くださった入居希望の方で、ちょっと変わった方がいらっしゃいまして。えーっとですねぇ……」
月見さんは、ポケットからオレンジ色の大家手帳を取り出す。
ああ、嫌な予感がするなあ。
でも、ちょっとだけ楽しみなのはどうしてだろうか。
俺は三回目となるセリフを、唱えるようにそらんじた。
「推理は出来ません。その事件の内容を聞いても解決も出来ないと思います。
ただ、思ったこと気付いたことを、言うことなら……」
【完】
すべて読んで頂いた方、ありがとうございました!
以上で『コミュ力低めの俺ですが、推理ならできるかもしんない。』
は完結です。
最後までお付き合い頂いて、ひたすらに感謝ですヽ(´ー`)ノ




