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3-15 俺が知らない真実(3章、完結)

 天願さんが語りだしたのは、俺が知らない真実だった。



 ――あの新入生歓迎会の席で、わたくしはいつの間にか酔いつぶれてしまいました。

 そんなわたくしを、二人の男性が介抱しようとしてくれました。


 ですが、お礼も言えないまま、あのゲロ事件に巻き込まれ、別れてしまったのです。

 もちろん、灰田くんにゲロをかけられたことは非常に不快でした。

 しかし、わたくしは、お父様からの教え「謝罪を求めるよりも先に、感謝の心を優先せよ」を守りたいと思ったのです。


 わたくしはまず、二人の男性を探し感謝の気持ちを述べようと思っていました。

 私は男性とはお付き合いをしたことはありませんが、彼らは見ず知らずのわたくしにとても優しかった。

 とても親切にしてくれましたので、わたくしはぜひお礼を申し上げたかったのです。


 ですので、翌日さっそく筑緑大学の「学生課」に向かいました。

 事情を話せば、学生生徒の顔写真、名前などを照合してくれると思ったからです。


 学生課に向かう途中、偶然会った灰田くんに謝罪をされましたが、その際には、

わたくしはひどい対応をしてしまいました。

 わたくしはこのことを、ひどく後悔しています……。


 さて、学生課についたところ、受付の女性はとても親切でした。

 歓迎会の翌日には「また、あの人に会いたい」ということで、なんだかんだと理由をつけて問い合わせにくる生徒が多いそうです。

 ですが、ここで……奇妙なことが起こりました。



 わたくしが見た二人の男性に照合する人は、この大学にいない(・・・・・・・・)のです(・・・)



 恋愛相談感覚でいた受付の女性は、急に深刻そうな対応になりました。

 そうして、数年前の新聞記事のスクラップを私に見せてくれたのです。


 それは、過去に日本で大きな事件を起こした宗教団体に関する記事でした。

 そう、わたくしたちが生まれた頃……20年近く前に、この国では大規模な事件があったそうですね。


 その宗教団体は一旦は信者が減ったものの……。

 当時の事件をよく知らない大学生などをターゲットに信者を増やし、また勢いを増しているそうです。


 最近教団から流失した資料からは、各大学に関する勧誘の仕方のマニュアルも発見されました。

 そこには、我が「筑緑大学生」向けの勧誘方法も記載されていました。


『筑緑学生は、地方から上京してくる人が多く、一人暮らし率も高い。

ねらい目は、三月末~四月頭にかけて行われる宿舎の引越し。

または、四月上旬に行われる新入生歓迎会。


親元を離れ、心細い学生に親身になってやるのが効果的。

宿舎への引越しと、歓迎会は、部外者が侵入してもバレる可能性はほぼ無い。

学部などの設定を考えておくとなおよい。

四月上旬に行われる歓迎会の詳しい日程は「つくりょく」というウェブサイトに掲載されている』

 ……とまあ、こういった内容でした。


 受付の女性は苦々しそうに言いました。

 その二人の男性が、どういう目的であったかはわからない。

 ただ、とにかく、部外者が容易に入り込める状況が続いていることは確かなの、と。


 わたくしは、思わず恐怖に震えてしまいました。

 自分の人を見る目も信じられなくなりました。

 

 あの男性は、わたくしをどうするつもりだったのでしょうか。

 勧誘だったのでしょうか、暴行だったのでしょうか、それとも他の目的でしょうか。

 今となっては何もわかりません。


 ――そうして、やっと気付いたのです。

 ――自分がたまたま、幸運に救われたということに。


 ゲロを吐かれたからこそ、わたくしは助かったのです。

 あのゲロは、事故ではなく私を確実に救うための方法だったのかもしれません。


 なんにしても、わたくしはその日から、灰田くんのことが……

気になる存在に……なってしまったのです。


 あ、決して好きだとかそんな気持ちではありません!


 ただ、ふとした瞬間に「灰田くんは今頃どうしているだろう」と思ったり、灰田くんのことを考えてドキドキと心拍数が上がったり、気がつけば灰田くんの姿を目で追っていたり、はたまた灰田くんの好きな女性のタイプはどんなのだろう? と気になるようになってしまっただけなのです!!


 ナツさんが無粋なツッコミを入れる。

「それ、好きなんじゃん」



 こうして天願さんの告白が終わった。

 あの歓迎会が、部外者でも潜り込めることには驚いた。

 確かに千人規模の人が集まっていれば、よからぬ連中も潜り込んでいるのかもしれない。


 ただ、どうしても気になることがある。ぶっちゃけ、色々と信じられない。

「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。

でも、天願さんは俺と会うたび、俺を睨み付けていたじゃないですか? 

どうしてその後もずっと睨んでいたんですか」


 天願さんは眉尻を下げ、ひどく悲しそうな顔をする。

 演技なんじゃないか、これ? 

 なんなの、俺ってひねくれ者の人間不信?


「それは、あなたの気配を感じ取っていたからです。

わたくしが近付くと、『ごめん、すいません』という逃げるように

後ずさりする気配がする。

わたくしも、ひどいことを言ったのを、後悔しましたわ」


 ナツさんが「ふぅむ」なんて言いながら、軽く腕を組む。

「えーと、ニワトリと卵みたいなものかしら? どちらが先かはわからない。

灰田くんからすれば『天願さんはいつも睨んでいるから逃げたくなる』


でも、天願さんからすれば、

『灰田くんから逃げたいと思われているから、悲しくて睨んでしまう』

……どう?」


 確かに、身に覚えがないこともない。

 鈴木に「天願さんがいる」と言われたとき、自販機の近くで見かけたとき、いつだって俺は、その場から逃げ出したくなっていたのだから。

 そんな気配を出したあと、俺はそっと様子を伺い、睨まれているのを確認していた。


 天願さんの言っていることが本当ならば、


 ――俺と天願さんは、お互いに後悔していたのだろうか。



 天願さんは少し落ち着きを取り戻したかのように、ゆっくりと立ち上がる。

 ミニスカートの乱れを手で整え、そして片手を胸に当て、厳かに宣言した。


「わたくしが、ここに入居したかった目的はただひとつ。

『出会いをやりなおしたかったから』です。


ちょっと間違った今までの関係をリセットして、ぐっと近い距離で

新しい関係を築きたかったのです。


朝に偶然、アパートの前でバッタリ会っておはよう、って微笑みあうんです。

畑に咲いている色とりどりの花のお話をしたりするんです。

うん、やはり花は欠かせません。ですから、植えたんです!」

 結構メルヘンだ。


 天願さんは、すっと目を細め俺を見る ――つーか、やっぱまだ睨みつけてないか!?

「で、灰田くん。今、どこに引っ越したんですの?」


「………」

 俺は黙っていた。


「………」

 月見さんも黙っていた。


「このアパートの204号室」

「ちょ、ナツさん!」

 ナツさんがあっさり喋りやがった! 裏切り者! この口軽女!


「205号室は月見ちゃん、206号はあたし。

で、灰田くんの左隣の203号室は空いてる。どうする?」


「「な、ナツさぁーん!」」

 俺と月見さんはハモりながら同時に叫んだ。


 そんな絶叫をよそに、ナツさんと天願さんは、にこやかに会話する。

「人気物件なので、出来るだけ早くご決断頂けますと嬉しいです」


「では、決めました。203号室に住みますわ」


 踊り終わったバレリーナのように、ちょっとスカートをあげて。

 天願さんは、俺たち全員に向かって実に優雅に微笑む。


「皆さん、末永くどうぞ宜しくお願い致します」


 俺と月見さんがあっけにとられるなか――。

 こうして、全ての事件の幕が下りたのだった。



   【3章、終】


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