3-14 追い詰めちゃってもいいですか?
両手を軽く挙げて、無抵抗のポーズを保ちながら立ち上げる。
俺は恐る恐る、天願さんに申し上げてみた。
「で、でも、ゴミ漁ったり、花植えたりしたのは、天願さんですよね?
ものすごく美少女っていう目撃証言とも一致してる」
「わ、私程度の美少女なら、他にもわずかながらでもいますわ。
そんなのは、個人の特定にはなりません」
謙遜なのか傲慢なのか、わからない。
だが、確かに世の中には「美少女」は一人ではない。他にも確実に存在するのだ。
「うっ、それはまあ……」と俺は口ごもる。
俺が怯んでいる隙を突くかように、天願さんは畳み掛ける勢いで俺たちに問う。
「わたくしが恨んでる? 復讐が目当て? だから、ゴミを漁って、花を植える?
ゴミを漁るのは、個人情報を手入れるためということで理解ができます。
ですが、花を植えることで復讐になりますの?
動物の死骸や、地雷を埋めたとかならわかりますけど」
――あ、痛いところを突かれた。
薄々気になっていたことだが、花を植えることは、嫌がらせとしては意味不明なのだ。若干疑問が残る。
それでも、ナツさんは素早く反論した。
「い、いきなり花が植えられたら気味悪いでしょう?
充分嫌がらせとして成立するわ」
焦りの色が見えるナツさんに対して、天願さんは涼しげな表情だ。
「そうでしょうか?
誰かが植えたんだな、綺麗だなぐらいにしか思いませんわよね。普通」
「そ、それは……そのぉ……」
ナツさんが言い淀む。そりゃそうだ。ナツさん自身も、誰かが植えたと思っていたのだから。
「さあ、わかったでしょう?
あなたたちの主張は間違っているの。失礼極まりないわ」
天願さんは余裕たっぷりの表情で、俺とナツさんをゆっくりと見回した。
「…………」
ナツさんも俺も、もう何も言えなかった。
俺は緊張で汗ばんだ手をぐっと握る。
このまま、みすみす天願さんを逃がしてしまうのだろうか。
そういえば以前もこんなことがあった。
106号室の不法占拠事件のとき、あのときも真相に近づきながらも、
最後にはナツさんの閃きで全てが解明したのだった。
そうだ、やっぱり俺は推理なんか出来ない、肝心な所で最後まで犯人を追及できない。悔しい、悔しいが、一体どうすれば………
「あのぉ~、いいですか?」
そのとき――背後から月見さんの可愛らしい声が届いた。
天願さんは大きな瞳を細め、月見さんを一瞥する。
「貴女はどなたかしら?」
「あ、えっと、あたしの姪っ子よ。アパートの管理を手伝って貰ってるの」
ナツさん、説明が前回よりも雑だ。
「あの、天願さん。私は全てわかっています。
……今この場で、追い詰めちゃってもいいですか?」
月見さんの水色の瞳は、天願さんをまっすぐに見据えている。
「な、なにを言ってるのかしら?」
天願さんに多少動揺の色が見えた――ように見えるのは気のせいだろうか。
「今、みんながいる前で、追い詰めちゃって……いいんですね?」
天願さんが「ど、どうぞ」とわずかに頷き、月見さんが語り始めた。
「私も最初は、ナツさんや灰田さんと同じように推理してました。
犯人は復讐が目当てだと。でも、もっと別の解釈に気付いたんです。
その解釈なら全てがつじつまが合います。
……単刀直入に言ってしまいますね。
天願さん、あの花って、毎朝好きな人と一緒に見るために植えたんじゃないですか?」
「なっ!」
天願さんが甲高い声で叫んだ。
「な、なっ、なななな、何をたわごとを!
こ、この子、おませさんね、やだ、何言ってるの」
俺の目にもわかる。天願さんが明らかに動揺している。
なんかキャラが変わってないか!?
「あの、ごめんなさい。追いつめちゃいますね」
月見さんは少し困ったような顔をしつつ、言葉を繰り出す。
「天願さん、あなたはある男性が、105号室の住民であることをゴミを漁って確認しました。
その後、このアパートに花を植えました。ある男性と毎朝眺めるためです。
あなたはすでにそのとき、このアパートに引っ越してくる予定を立てていたのです」
「そ、そんな、た、たわごと!」
天願さんは口元に手を当てて、月見さんから露骨に目を逸らす。
「ですが憎たらしいことに、ある男性の隣の部屋は空いていませんでした。
好きだからどうせなら隣の部屋に住みたいのに、思い通りにならない。
だったら引っ越すように、少しずつ嫌がらせしよう。
それがダンボール箱のメッセージですね。
106号室に女性が出入りしているのを見て、まずは106号室を標的にしました。
しかし、一向に出て行く様子はない。
なので、104号室、205号室とターゲットを広げました」
「そ、そ、そんな……、ち、違………」
天願さんはほっぺたに手をあて、ふるふると首を振っている。
一方、月見さんは軽く手を合わせ「ごめんなさい」をした。
トドメを刺す前の儀式のようだ。そうして、一言一言を丁寧に発したのだ。
まるで、魔法使いがラスボスに向けて唱える、究極の呪文であるかのように。
「……天願さん、あなた、灰田さんのことが、好きなんですよね?
動機は、確かに復讐ではありません。
本当の動機は、好きな人の隣の部屋に住みたかったから。ですよね?」
「あ、…………あ、ああああぁぁぁ…………」
天願さんの顔は、みるみる間に赤く紅潮していく。
マンガだったら「かぁーーーっ!!」という漫符がつき、ほっぺたに斜線がたくさん入る感じだろう。
恥ずかしさで火照った顔が、何よりも雄弁に、月見さんの推理が正解であることを物語っていた。
天願さんは立つ力を失ったかのように、ヘナヘナと崩れ落ち、ペタリと床に座り込む。
「ごめんなさい。悪いとは思ったんですが、
私、気付いてしまったもので……」
月見さんは本当に申し訳なさそうに、もう一度手を合わせ、ペコリとお辞儀をした。
ナツさんがへたり込んでいる天願さんに近付き、肩にそっと手を乗せる。
同情するような慈愛に満ちた瞳で天願さんを見つめ、口角を上げてにこりと微笑んだ。
「ゲロかけられて、好きになるなんて……
世の中には変わった性癖の人がいるものね」
天願さんは座ったまま後ずさり、必死になって叫ぶ。
「ち、違う! わたくしの名誉のために言っておきますわ!
灰田くん! あなたも、わかっていないはずですわ。
あの歓迎会の席で何が起きていたのかを!」
天願さんが語りだしたのは、俺が知らない真実だった。




