3-7 つかの間の平和とアイス
――草木も眠る、丑三つ時。
確かに公園の草木も眠っているような静けさだ。
そんな深夜の公園で。
俺たちは三人並んでベンチに座り、アイスをのんびりと食べていた。
「やっぱりアイスは、冷房の効いた部屋より、屋外で食べる方が美味しいよねー」
「ですね~」
ナツさんはハーゲンニャッツのストロベリー。月見さんはバニラ。
俺は一番安い棒アイスを食べている。
……いや、俺はこれが好きなのだ。
それにしても。
夜の公園で食べるアイスがこんなに美味しいとは思わなかった。
今から約十五分程前のことだ。
寝起きでキツイ言葉を放ったナツさんは、その後、バツが悪そうな表情で
髪の毛をいじりながらこう言った。
「な、なんか、あたしもちょっとイライラしてたかも。
これというのも、またダンボール箱が見つかったからよ。
あと何より……アイスが食べれなかったからだと思うの!」
そうして俺たち三人で、アイスを買いにいくのを提案したのだ。
帰り道に公園を指差して「あっ! あそこで食べたい!」なんて、子供みたいなことを言い出したのもナツさんだ。
だがこうして、つかの間の平和とアイスを味わっていると、ナツさんの提案も正しかったのだなあと思う。
アパートは、今回の『ダンボール事件』の犯行現場なわけで。
現場にいると、どうしても感情が高ぶってしまう。そこから一度離れることもいいのかもしれない。
――しかし。
アイスはあっという間に食べ終わってしまった。
月見さんは空っぽのカップを見つめながら、ポツリと呟く。
「……食べ終わって、寂しいです……」
「食べ終わらないと、溶けてもっと寂しいことになるわよ~」
そんな二人のやりとりを聞きながら、アイスのゴミを、コンビニの袋に入れて持ち手を縛る。
立ち上がって帰らなければいけないと思うのに、どうしても立ち上がる気になれなかった。
お尻が重い。いや、気が重いのだ。
みんなも同じ気持ちなのかもしれない。なんとなくダラダラと座っている。
やがて、月見さんが意を決したように口を開いた。
「さっきのお話なんですけど……。
105号室の灰田さんのことを、犯人が恨んでいるにしても、
どうして周りの部屋の人を引越しさせたいんでしょうか?
それが私はちょっと意味がわからなくて」
「そ、それは……」
思わず言い淀んでしまう。
どうしよう、実は俺もわかっていないところなのだ。
とりあえず、苦し紛れに言ってみる。
「俺を、孤独にさせようという企みですかね。
周りの住民を退去させて、アパートに一人ぼっちな感じで、孤独感を煽るとか……」
わ、我ながら無理があるな、コレは。
確かに孤独で寂しいのは辛いことだが、隣人がいるかどうかとはあまり関係ない気がする。
むしろ、隣の部屋から賑やかしい話し声でもするほうが、よっぽど孤独を感じ、やさぐれてしまうだろう。
「うーん、そうなんですかねえ」
月見さんは、やんわりとダメ出しをする。す、すいません。
そんなとき、ナツさんがイキイキと勢いよく手を挙げた。
授業参観で張り切っている小学生みたいだった。
「あ、あたしわかっちゃったかも!」
巨乳な胸を張り、自信満々に微笑むナツさんを見て、俺は一抹の不安を覚えた。
うっわー、この人が自信あるときって、ロクなこと言わなそうだ。
「なによ、その顔はぁー」
不信感が顔に出ていたのだろう。
ナツさんは俺を見て、頬を膨らませた。
「ゆりさんの汚部屋事件のときに、最後に解決したのはあたしでしょ。
忘れちゃったの?」
は、はい。確かに。
月見さんは、期待に満ちた声をあげる。
「ナツさん、ぜひ考えを聞かせてください!」
「ふふふ。いいわよー。ねえ、月見ちゃん。しばらく前に
アパートで人が殺される映画を見たことがあるの、覚えてる?」
ナツさんの問いかけに、月見さんは何度も頷く。
「あ、はい! もちろんです! 大家として凄く悔しかったです」
「あれさ、殺人犯が被害者を殺そうとするときに
『こんなガラガラのアパート、叫び声をあげたって、誰も来ねぇよ』って言ってたよね?
つまりは、そういうことだと思う。
灰田くんの周りの住民を退去させた後に、じっくりいたぶるのよ。
殺人は大げさにしても、ちょっと監禁して拷問を加えたりとかしたいんじゃない?」
「そ、そんな……!」
そんなこと、あるわけないじゃないですか!
とツッコミを言いかけつつも、スイッチが入ってしまった。
高度なシミュ力で培われた、俺の妄想スイッチ。
いきなりの過去回想スイッチだ。
――そうだ。
俺は幼少の頃から、身に沁みて知っていることがある。
それは『女は、しつこく根に持って、すげー怖い』ということだ。
子供の頃、妹のプリンを食べただけで必要以上に責められ、なじられ泣かれた。
泣きながら、思い切りパンチされた。
たかだが、プリン一つでだ!
しかも今回の相手は、ひ弱な妹ではない。あの天願さんだ。
行動力と実力が伴う最強の女性、天願さん。
その人にゲロを吐いた俺への処罰は、プリン一つとは比べ物になるまい。
えーと、『プリン一つ = 泣きながらパンチ』でレート換算をしてみよう。
その場合、ゲロを吐きつけた処罰は……。
うん。骨数本折られるな。つーか、殺される? 俺、遺書を用意するべき?
「ねえ、灰田くん!」
ナツさんの呼びかけで、俺ははっと我に返った。
「どう? 私のあたしの推理。ありえると思う?」
「ありえ……ない、とは言い切れない……かも……ですね」
顔をひきつらせつつ、途切れ途切れに俺は答えた。
「マジで!? そこまで恨まれてんの? あたし冗談で言ったのに!」
ナツさんの推理、冗談だったのかよ!
確かにホラー映画の影響を受け過ぎの、バカバカしい妄想かもしれない。
でも、一度考えてしまったからには、もう妄想はとまらなかった。
――天願カナリが、俺に危害を加えようとしている。
これなら、周りの住民を退去させることにも説明がつくのだ。
月見さんが慌てたように、俺に訴えかける。
「でも、相手は女性なんですよね?
灰田さん男性なわけですし、腕力で負けるわけないじゃないですか。
大丈夫ですよね?」
あー、すいません。軽く負けると思います。
俺は鈴木から教えてもらった、鍵業者の話を思い出していた。
「えーっとですね、その犯人と思われる女の子は、武道に長けていて、
大人の男性もハイキックで一撃で気絶させられるそうです」
………。
ナツさんのジト目が痛い。
「灰田くん。キミ、重度の妄想癖ってことないわよね?」
「ないですないです!」
あ、いや。妄想癖はあるけどさ!
でも、天願さんの能力は事実だ。
天願カナリは資産家のご令嬢で、美少女で武道の達人。
世の中は不公平なもので、異常に高スペックな人もたまにいるのだ。
これは事実なのだから仕方がない。
そんな天願さんが、包丁の一本でも装備してみろ。
俺は確実に殺される。
そりゃーもう、自由自在に残忍に料理されるはずだ。
月見さんがため息を漏らす。
「本当に……灰田さんに危害を加える可能性がある、危険な女の子ってわけですか……」
「……はい」
俺の同意を最後に、また沈黙が訪れた。
虫の音も止んでいるのだろう。
深夜の公園で声を潜めると、本当に静寂が漂う。
その静寂を破ったのは、ナツさんの吐き捨てるような一言だった。
「ていうかさ! そろそろ、核心に入っていいかな?」
今回の投稿で、10万字超えましたー。
このお話は、大体13万字ぐらいで完結すると思います。
引き続き、よろしくお願いいたします!ヽ(´ー`)ノ