3-3 住民の共通点
内心は、ぐわぁ~、とうとう来たか! という感じだ。
そう。……実は、俺は知ってた。
申し訳ないが、ゆりさんは美少女ではないから、
「ゴミ漁り・お花事件の犯人の美少女」は別にいるのではないか、と疑っていた。
だが、わざわざヤブをつついて、蛇や謎を出すことはないと思っていたのだ。
「ま、今のところ、単に空のダンボール箱が放置されてるだけだから、
これといって実害はないんだけどね。
単純に捨てれば済む話だし」
あっけらかんと語るナツさんに対して、月見さんの表情はひどく不安げだ。
「でも、やっぱり気味悪いですよね。
小場さんの話によると、最初は106号室の前で発見して、
しばらくすると、104号室の前にも置いてあるようになり、
最近では私の部屋205号室の前でも見たそうです。
どんどん置く場所が増えているそうなんですよ。
実際、部屋の前に置かれたのを見たらすごく怖いでしょうし……」
月見さんの発言を聞きながら、頭の中を整理する。
そうか、月見さんの部屋の前のダンボール箱は、小場さんが回収してくれていた。
なので、月見さんが見たのは、空室106号室の前にあったダンボール箱だけなのだ。
ある日、自分の部屋の前に置かれたダンボール箱を見てしまったら、
月見さんはすごくショックを受けるんじゃないだろうか……。
ちょっと心配になる。
ナツさんは面倒そうに、髪をがしがしとかき上げた。
「うーん、そうねえ。
こんな意味不明なことしてる犯人を、早く捕まえたいわよね。
きっと、このダンボール箱の犯人って、お花事件やゴミ漁りの犯人と同一人物だと思うの」
「そうですね。こんな犯人は一人で充分です」
そして軽いため息をつき、二人は俺を直視した。
「――というわけで、犯人はわかりましたか?」
無理。
普通に無理だから!
「いや、わからないですよ。
いつもダンボール箱の中は空っぽなんですよね?
そんなの本当に犯人の目的もわけわからないし。あ、でも……」
「なんですかっ?」
月見さんのキラキラ眼差しが、俺を射抜く。
だが期待させて申し訳ないが、今から言うのは推理ではない。ごくフツーの感想だ。
「箱が置いてあったのは、106号室と104号室と205号室ですよね。
これらの部屋の住民の共通点を見つければ、
何か犯人の動機が見えてくるかもしれません」
ナツさんは軽く腕を組み、思案するように天井を仰いだ。
「確かにそうかもね。えーっと106号室は、前回の事件の舞台ね。
要するに、空室をゆりさんが勝手に使ってた部屋。
104号室は、脇本さんっていう深夜勤務の男性。
205号室は、我らが天使の月見ちゃん」
「て、天使ってなんですかぁああ」
天使が顔を真っ赤にしていた。
――さて、この三つの部屋の住民に何か共通点があるのだろうか。
104号室の脇本さんは、俺の左隣なのでタオルを持って挨拶に行った。
あのときは少し不機嫌そうだったけど、普通のちゃんとした人に見えた。
なんだろう。
犯人はダンボール箱を置くことで、この三人に何を伝えたかったのだろう。
いや、ゆりさんに伝えたいことがあるのなら、本来なら101号室に置くべきだろうに。
やはり意味がわからない。
月見さんは困ったように首をひねる。
ひねり過ぎて、亜麻色の髪がサラッと揺れていた。
「私はこの三人の方の共通点がわからないのですが。
灰田さんはわかりましたか?」
「いや、俺もわかんないです。でも、もしかしたら――
部屋の住民ではなくて、部屋の位置が重要なのかもしれません」
このアパートには、六部屋かける二階で、十二部屋がある。
その中でなぜ、106号室、104号室、205号室の三つの部屋が選ばれたのか。
なんとなくだが、106号室はわかる。
106号室は、一階の一番右端だからだ。
つまり、道から門をくぐって、一番近い場所にある部屋だ。一番簡単に置くことができる。
だが、106号室の次は、104号室が標的になっている。
なぜ俺の部屋105号室を飛ばすのかがわからない。
なんなの? 俺、嫌われてるの?
205号室も不思議だ。
二階に置いてみたかったとしても、階段を上がってすぐの部屋は、ナツさんが住む206号室だ。
なぜ206号室を飛ばして、205号室に置いたのだろう。
犯行自体は誰でも行うことが出来る。ダンボール自体は軽い。
ちょっと目立つかもしれないが、車か何かでこのアパートの前まで来て、住民にバレないようにさっと置いておけばいい。
ただ、なぜこの三部屋にしたのだろう。
単なる嫌がらせなら、入り口の門の中央に放置してもいいはずだ。
「ちょっと、図に……」
図に書こうとした。
いや、そう思った瞬間、図が頭の中に思い浮かんだ。
ある閃きがあり、固まった。
でも、これは――
「図に……なんなの? 図に書こうってこと?」
訝しげな表情のナツさんに見つめられ、慌てて手を横に振る。
「いえ、図はいいんです。前にも書いたし。
図に、図に乗ってたなあと思っただけです。
俺は推理ができるって図に乗ってたけど、この事件は難しいなあとかなんとか……」
目を伏せながらちょっとアンニュイに、大げさにため息をつく。
そんな俺のごまかしを真に受けて、月見さんが優しい反応をしてくれた。
身を乗り出し、俺にぐっと顔を近づけ、とても真剣に慰めてくれる。
「そんなことないですよ。灰田さんは図に乗ってなんかいません。
謙虚に、確かな推理で私たちを助けてくれました」
「は、はぁ……」
「灰田さんはすごいと思います、本当に」
月見さんは微笑を浮かべた後、力強く頷いてくれた。
な、なんか胸が痛い。
そうだ、こんなふうに素直で真っ直ぐな人に、あやふやな推理を披露するのは嫌だ。
仮にその可能性があるとしても、俺の考えを言うのは後でも遅くないだろう。
ナツさんは肩こりを解消するように、腕をまわしながら言う。
「ま、そんなに暗くなることないって。
じゃあ、灰田くんは自分の部屋を掃除してよ。
掃除が終わったら皆で映画ね! わかった?」
お気楽なナツさんの提案に同意し、俺は自分の部屋へと戻ることにした。
玄関を出ると、夏の虫の鳴き声が聞こえてきた。
夕暮れ後とはいえ、蒸し暑さは肌にまとわりついてくる。
そんななか、ゆっくり階段を降り、建物から数歩離れ、アパート全体を眺める。
――図に描かなくてもわかったこと。
口に出来なかった、ある推理が、一つ頭に思い浮かんでいる。
「でも、これって……自意識過剰だよなぁ」
小声でそう呟き、そして一旦忘れることにした。




