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3-2 ゴミ出しのルール

月見さんは手をパチパチ叩きながら「ピンポーン!」と可愛い声をあげた。


「では、次のなぞなぞです。

残念ながらうちのゴミ集積所には、立派な屋根がありません。

雨の日はゴミが濡れてしまいます。


さて、古紙の回収日に雨が降っていたら、雑誌やダンボールは

ゴミに出していいのでしょうか? 

いけないのでしょうか?」


 ……困った。こ、これは地味に悩む。


 雑誌やダンボールはリサイクルされる。

 リサイクルする際には、細かく裁断して水につけてグズグズにするはずだ。

 だとしたら、元々雨に濡れていても、問題ない。雨の日に出してもいいはずだ。


 しかし、だ。

 雨に濡れたダンボールや雑誌は、重くなるし崩れやすくなる。

 それを回収するゴミ収集の人は大変じゃないだろうか。

 そう思うと、雨の日に出すのは避けて、次の機会を待つべきではないだろうか。


 ここまで考えて、俺はある疑問を口にした。

「この答え、ナツさんはわかるんですか?」


 ナツさんは、自信満々にふてぶてしく即答した。

「私は雨でも台風でも出すわよ。だって、ゴミが部屋にあると邪魔だし」


 そう言うと思ったぜ。

 堂々と胸を張るとまでは思わなかったけどな!


 再びマジメに悩み始めた俺を見て、月見さんがいたずらっぽく微笑む。

「ふふっ、ちょっと意地悪な質問でしたね。

実はこの答えは、自治体によって異なるんです。

各市町村によって全く説明が異なっています。


雨の日でも出せる地区もあれば、雨の日は出さないようにお願いしてある地区、雨の日の雑誌はビニールで包むように指示がある地区、はたまた邪魔になるので、絶対にビニールで包まないように指示がある地区もあります。

様々なんです。ちなみにうちの地区は、そのまま雨の日でも出せます」


「あ、そうなんですか。よかったよかった」

 あっさり安堵する俺。

 月見さんは人差し指を立て、真面目な顔で語る。


「ただし、回収の日は守っていただかなければなりません。

しばらく前から、古紙の回収日でもないのに、度々、畳まれたダンボールがゴミ集積所に出されていたんです。

それで私がナツさんに相談して……」


 ナツさんが話を引き取り、すらすらと喋り出す。

「アパートのゴミ集積所に貼り紙を貼ったのよ。

『最近、ダンボールが回収日でない日に出されている。ゴミ出し日を守れ!』

って内容を、丁寧な文章でね」


 ふむふむ。

 ま、確かにゴミ出しのルールは守った方がいいだろう。


「すると、管理会社のあたしのとこに、苦情が来ちゃったの。

文句言ってきたのは、202号室の小場さんって人」

 オバサンではなく、小場さん。それなら前に聞いたことがある。


「熟年離婚を自分から切り出した人ですよね」

「なんで知ってんの!? え、なんで?」


 個人情報ダダ漏れにした挙句、自分の喋ったことを忘れているらしい。

 動揺しているナツさんに代わって、月見さんが説明を続ける。


「小場さんは、とても怒ってらしたそうです。

『私が親切でゴミ出し場まで持っていってたのに、

あんな貼り紙に嫌味書かれるなら、もうやめるわ』って」


「ん? 親切で、ってどういうことですか?」


「はい。実は、小場さんは、このアパートの周辺に放置してあるダンボールを、

わざわざゴミ集積所に運んでくださっていたそうなんです」


「はあ、なるほど。

要するに、善意でゴミ片付けをしてくれてたんですね。

それなのに、ゴミの出し方で注意されて、拗ねたと」


 まあ、拗ねる気持ちもよくわかる。

 道端に空き缶が落ちてるから拾って、ゴミ箱に入れたら、ゴミの出し方を注意されたようなもんだ。

 自分に落ち度があっても、少しはひねくれるだろう。


 動揺から回復したナツさんが、鼻の頭を掻きながら語る。

「んで、あたしは小場さんにお詫びに伺いつつ、詳しく話を聞いたの。

そしたら、六月頃から、空のダンボールの箱が、二十回以上も、色々な部屋の前に置いてあったんだって」


 二十回以上!?  しかも、空っぽって! 


 俺は思わず声を漏らした。

「か、空のダンボール箱、それって」


 俺の言葉に、月見さんがこくんと頷く。

「そうなんです。私が以前、106号室前で拾ったものと一緒です。

小場さんは、夜明け前や深夜に、ウォーキングをするのが日課で、その際に

ダンボールを見つけては捨ててくださっていたそうです。


たまたま私が回収できた時には、ウォーキングを休まれてた日で。

本当は、あの日以外にも度々置かれていたそうです」


「なんか不気味ですね……」

 顔を少ししかめつつ、俺は気になったことを口にした。


「しかし、小場さんはどうしてわざわざ、ダンボールを回収したんでしょうか? 

他の部屋の前にあるものって、普通、触りませんよね」


 ナツさんの解答は、予想外のものだった。

「あー、蹴っちゃったらしいわ」


「はあ?」


「ウォーキングで疲れて帰ってきて、よろけて箱を蹴っちゃったんだって。

そしたら倒れて中身は空っぽで。

その後も見かける度に、中身は空っぽで。

通行の邪魔になるから、毎回捨てることにしたんだって」


 そ、そういうもんだろうか。

 俺は小場さんの行動に違和感を覚えた。


「小場さん、そんなに何度も空箱を見つけては捨てて、

ちょっとは不思議とか不気味とか思わなかったんですかね?」


 数ヶ月前に見た映画では、ダンボールの中には妻の生首が入っていた。

 それに比べれば、空っぽの方がずっとマシだが、やはり空といえども少しは不気味ではないだろうか。 


 俺の質問に、ナツさんは非常に納得のいく解答を教えてくれた。

「あー。小場さんは昔、看護婦の婦長だったらしくてね、

気になることは全部自分で片付けちゃう性格なんだって。


病院の壁に人の顔に見えるシミが現れて、ナースが大騒ぎしたときには、自分で壁を塗り替えたらしいわ。

不愉快なことをそのまま放っておくのが嫌なんだって」


「そ、それはたくましいですね」

 つ、強い……! 

 怪奇現象を根こそぎ踏みつけるオバサン、もとい小場さんだ。


 大家手帳をパラパラめくっていた月見さんが、報告を続ける。

「ちなみに、最初は茶色のダンボール箱で、最近では外側が白色のダンボール箱だそうです。

ダンボール箱は無地で、中身はいつも空っぽ。


ダンボール箱が置かれていたのは、106号室と、104号室、

それに……私が住む205号室の前だそうです」


「月見さんの部屋の前、ですか」

 さすがに驚いた。

 自分の部屋の前とあっては、余計に気になるだろう。


「106号室のゆりさんにも、ダンボールのことを訊ねたわ。

そしたら全く知らないって。それどころか、これもよ!」


 ナツさんが一枚の紙を取り出す。

 ――以前書いた『ゴミ漁り・お花事件、対策本部』の紙だ。


 月見さんはその紙を熱心に見つめながら、語気を強め熱っぽく語る。

「このゴミ漁り、お花事件についても、ゆりさんは身に覚えがないそうなんです。

嘘をついている様子ではありませんでした。


つまり、事件は全く解決してなかったんですよ!」


「そ、そ、そっ、そうなんですかぁ!」

 暑い部屋なのに冷汗をかきそうだ。なんとか曖昧に返事をする。


 内心は、ぐわぁ~、とうとう来たか! という感じだ。

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