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3-1 なつやすみ 

「大学とは、社会で役立つ人間になるための準備をする場所である」

 数ヶ月前の入学式で学長は、新入生に向かってそう言った。

 さすがは学長だ、格好いい。


 だが、入学前にうちの父親は、全く気負わずこうも言った。

「お前もいよいよ大学生かあ。

いいなあ、大学生活なんて人生最後の夏休みだぞぉ~」


 うむ。これはこれで尊敬する。

 面接で尊敬する人物を訊かれたら「両親」と答えようと思う。


 さて、その「人生の夏休み」である大学の、さらに夏休みっ! 

 一点の曇りもない、なつやすみ! まさに素晴らしい時期、八月。


 今楽しまなくていつ楽しむんだという時期に、


 ……俺はひたすら暇を持て余していた……。


 いや、やることはあるのだ色々と。

 講義の内容を復習したり、課題に取り掛かったり、自炊や洗濯をしてみたり。

 床にコロコロをかけて掃除して、落ちた髪の毛を取ってみたり。

 郵便受けに勝手に入れ込まれる、ピザ屋とか宗教勧誘だとかのチラシを捨てたり。


 あと、読みたい本もたくさんあった。

 話題のミステリーとか『決定版・コミュニケーション必勝法』とか

『萌えてわかる! 親友の作り方』とか……。


 ただ、何もかもが「一人」で行うスケジュールだった。

 「二人以上」で行う予定は皆無だ。


 大学で唯一の友達である鈴木は、早々にどこか旅へと出発した。

 こんなことなら、バイトを入れておけば良かった。


 帰省を早めようかとも思う。

 ただ、それも悲しい。切ない。

 なんか最近、会話すらマトモにしていなくて、喉が退化しそうだ。



 ――そんなときだった。

 暇で鬱々とゴロゴロしている夕方に、ピンポンが鳴った。


 インターフォンのモニタ画面に映るのは、ナツさんと月見さん。

 ナツさんは少し顎を上げて偉そうに、ナツさんは控えめに小さく手を振っている。


「ね~。今日、暇? つーか、絶対暇だよね? 友達いなさそーだし」

「失礼ですよ、ナツさん! 

あのー、良かったら、一緒にそうめんとか食べませんか?」


 ……うわ、やばい。すっごく嬉しい。



       ◇



「いやー、やっぱり夏はそうめんですね。そ・う・め・ん! 

いやいや、もちろんそばも最高ですけどね!」


 205号室の月見さんの部屋でそうめんを食べながら、俺は必要以上にテンションが上がっていた。


 月見さんの部屋には冷房がない。

 しかし、扇風機の風を浴びて風鈴の音を聞き、じんわりと滲んでくる汗を実感することは決して不快ではなかった。


 やはり夏はこうあるべきなのだ。

 冷房の効いた部屋で一人引きこもっているのは寂しかった。

 何度でも言おう。俺は寂しかったのだ! 

 寂しいと愚痴る相手もいないぐらい、独りだったのだ!


 反動なのかなんなのか、今日の俺は饒舌だ。

 箸を片手に、熱弁をふるう。


「このつゆ! のどごし! 

おや、蚊取り線香の匂いもするじゃないですか。夏だなあ」


「なんか今日はやけに上機嫌ね。どした?」

「何かいいことあったんですか?」


 二人の問いかけに曖昧な笑顔で応える。

 こうして、そうめんを食べていることが「いいこと」とは言えない。

 それはさすがに恥ずかしい。


 麺をつゆにつけながら、ナツさんがほっとしたように漏らす。

「いやー、しかし良かったわ。

会社のお中元からそうめん盗んできたはいいものの、さすがに量が多すぎて」


「ぶほっ!」と咳込み、急にのどごしが悪くなる。

 と、盗品ですか。


「ナ、ナツさぁーん」と月見さんも嘆きの声をあげる。

 しかし、ナツさんは全く悪びれない。

「タダと思うと、余計美味しくない?」って、本当にこの人はこーゆー人だ!

 ビミョーな後味を残しながらも、俺たちはそうめんを食べ終えた。



「で、今夜はそっちの部屋大丈夫? 部屋掃除してあるんでしょーね?」


 食後。

 突然のナツさんからの言葉に、俺はキョトンとした。


「へ?」

「あー、やっぱり忘れてるー。

今日は月に一度の、皆で映画を見る日でしょーが。あたしも、ちょうど夏休み中だし」


「ああっ!」

 なんと。この俺にも「二人以上」で行うスケジュールがあったのだ。


「だ、大丈夫です。部屋は一時間もあれば片付きますから!」

 むくれるナツさんをなだめる俺。

 そんななか、月見さんが控えめにちょこっと手を挙げ、かしこまった様子でおずおずと話を切り出した。


「大変申し訳ないのですが……。

今日も映画を見る前に、ご相談したいことがあるのです」

 なんだかすっごく、デジャヴ感がある。一ヶ月前にもこんなことがあったような。


 俺は恐る恐る、訊ねてみる。

「も、もしかして、また妙な事件の話とか?」


「はい、その通りです!」

「よーし! ぱぱっと解決して、今夜こそは映画を見ようよ」


 だから俺は、全自動推理機じゃないんだってば。

 俺にあるのは推理力じゃなくて、シミュ力なんだっつーの! 


 心の中で叫びつつ、俺は一ヶ月前と同じセリフを繰り返す。

「えーと、推理は出来ません。その事件の内容を聞いても解決も出来ないと思います。

ただ、思ったこと気付いたことを、言うことなら……」


「前置き長っ! もういいわ。月見ちゃん、さっさと説明しちゃって」

「はいっ!」

 元気よく返事をして、月見さんはオレンジ色の大家手帳を取り出した。

 手帳のページをぱらぱらとめくり、語り出す。


「これからお話するのは、ダンボールに関する事件です。

で、このお話をする前に、ちょっとなぞなぞをひとつ出しますね」


「はぁ、なぞなぞですか……」

 しばらく前に鈴木から出されたゲロなぞなぞを思い出し、ちょっと身構えてしまう。


「なぞなぞです。

灰田さんは、ダンボールは何の分別の日に出せばいいと思いますか?」


「古紙の日ですね。マンガ雑誌などもその日に出していいはずです」

 このぐらい常識だ。

 一人暮らしでも、いや一人暮らしだからこそ、ゴミの分別は守れと母親から厳しく言われたのだ。

 ……っていうか、これなぞなぞじゃないよ!


 月見さんは手をパチパチ叩きながら「ピンポーン!」と可愛い声をあげた。



3章は、ちょうど八月のお話です。

皆様、良い夏を!ヽ(´ー`)ノ

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