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2-15 黒文字と赤文字

 震えてる女性を追い詰めるのってやだなあと思いつつ、俺は核心に迫る。


「ゆりさんって、106号室の鍵を開けて勝手に部屋を使ってましたよね?」

「ゆ、ゆりは、そんなことは……」


「あ、いや、鍵を開けたというより、開けてもらった(・・・・・・・)んですよね」

「………!」

 ゆりさんの頬がピクリと引きつった。


「鍵を開けるなんて、素人がそう簡単に出来ることじゃありません。

でも、鍵の業者に頼めば、簡単に開けてもらうことが出来ます。

お金さえ払えば、その場でスペアキーだって作ってもらえる。


ただし、これには問題があります。

その部屋の家主であるという証拠を示す身分証を、鍵の業者に示さなければならないことです」


 ゆりさんは、気まずそうに顔を背ける。

「俺は最初、身分証を偽造することを考えました。でも、それは難しい。

そうして、もう一つの可能性に気付いたんです。

そう、鍵の業者に、部屋番号を勘違い(・・・・・・・・)させればいいんで(・・・・・・・・)()


 ゆりさんは最後の抵抗とばかりに、弱々しく反論した。

「ど、どういう意味ですかぁ……?」


 俺は、紙に黒いペンで見取り図を描きながら説明していく。

 以前書いたように大きな長方形を書き、それを十二個の小さな四角に区分けして、ひとつひとつを部屋に見立てるのだ。


「このアパートは、向かって左側の部屋から、101、102、103……と部屋番号が振られていますよね」


 そう言いながら、俺は小さな四角に、左端から、101、102、103………とペンで番号を書き込み始めた。

 一番左端の角部屋は101号室であり、反対の一番右端の角部屋は106号室となる。


 俺は一旦書くのをやめて、二人に質問をする。

「でも、必ず左側から番号を振ると決まっているわけではないんです。

そうですよね? ナツさん、月見さん」


「そうね。うちで扱ってる物件でも、いくつか右側から部屋番号を振ってあるものがあるわ。今まで特に意識してなかったけど」


 月見さんがさらに詳しく説明を重ねる。

「はい。たとえば、ホテルの部屋などはメインの階段に近い方から、部屋番号を振るというルールがあります。

でもこれは、消防法、建築基準法などの明確な法律で定められているわけではないんです。利用者にわかりやすければ、部屋番号は自由な並び方で構わないんです」


 そう。実際に、鈴木の住むアパートは右側から部屋番号が振られていたのだ。

 立地によっては、右側から番号を振った方がわかりやすいこともある。


 俺は説明を続けた。

「では、もしも、右側から部屋番号を振られていたらどうでしょう?」


 俺は今度は、赤い色のペンを取り出した。

 同じ見取り図に、赤いペンで書き込みを加える。

 小さな四角に、今度は右端(・・)から、101、102、103………と書き込んだ。


 その結果、一番右端の四角の中には、黒文字で「106」、赤文字で「101」と書き込まれている。

 俺はその二色の部屋番号を交互に指差した。


「このように右側から部屋番号を振っていくと、一番右端の角部屋は、101号室となりますよね。

ちなみにこの部屋は、門から一番近い部屋でもあります。


人間の心理としても、門をくぐってすぐの部屋は、101号室と思いがちでしょう。

まあ、このアパートの場合は本当は106号室なのですけれども」


「………」

 ゆりさんは、もう何も反論しない。唇を軽く噛み、うつむいている。

 俺は犯行の様子を再現するかのように、ゆっくりと語った。


「ある深夜、鍵の業者が呼ばれました。

仕事から帰ってきた真面目そうな女性は、部屋の鍵を無くして困っています。

管理会社も開いていない時間です。


鍵業者の車がアパートの前の道に到着すると、女性は駆け寄ってぺこぺこと頭を下げます。

そうして自分の101号室の住民票を見せながら、言うのです。

『門を入ってすぐの部屋です、お願いします』と。


門を入ってすぐの部屋は、実は106号室なのですが、そんなこと、鍵業者は気付きません。

あっ、もちろん、部屋番号のプレートや表札は交換済みです。

そのぐらい簡単ですから」


 月見さんが、恥ずかしそうに口ごもる。

「プレートとか外装は……、その……」


「このアパートは内装はゴージャスだけど、外装は昔ながらだからね。

木の板をはめただけの汚れたプレートは、ぱぱっと交換可能よね」


 うん、そうなのだ。

 外装のリフォームまでは費用がまわらなかった。

 外装のボロさも、このトリックに一役買ったというわけだ。


 ここまで説明して、俺はゆりさんの反応を待った。

 顔を上げたゆりさんは、俺たち三人をゆっくりと見回した。


 やがて、困ったような諦めたような表情で、にこりと笑った。

「ぐぅの音も出ないなあ」


 月見さんが、前のめりになる。

「み、認めるんですね? 

あなたが――ゆりさんが、106号室を使ってたってことを」


「うーん。だって、ゆり、逃げ切れないみたいだし。

あ、それよりあなたは誰なの?」


「わ、私は……」

 大家とは明かしたくない微妙な立場の月見さんが、オロオロと戸惑う。


 すかさず、夏目さんが助け舟とばかりに言葉を挟んだ。

「この子は、ここの大家の遠い親戚の子よ。

家賃もちゃんと払って、管理人のようなことも手伝ってくれてるの」

「ふーん、そっか。偉いのねぇ」


 なかなかナイスな説明だ。

 月見さんは発言しやすくなったらしく、質問を重ねる。


「では、あの、管理人としてお訊ねします。

どうして、あなたは101号室の部屋を借りているのに、わざわざ106号室に侵入したんですか? 


何か、不満があったんですか? 日当たりとか、騒音とか、でしょうか……?」


 へえ、月見さんはそんなことを考えてたのか。

 怒らず、不満点を聞き出そうとするのが月見さんらしい。


 優しく問われたゆりさんは、困ったようにうな垂れる。

 そして、意を決したように、堰を切ったように告白を始めた。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいぃぃ~! 

ゆり、収納がヘタで、荷物が余っちゃって、このアパート、空き部屋があるって気付いて、つい、あんなことしてしまったの。

誰も使ってない空き部屋を使っても、誰にもバレない、迷惑かけないだろうってぇ」


 低姿勢でひたすら平謝りするゆりさんは、どこか憎めない存在にも見える。

 月見さんは、眉を寄せ少し悩んでから、ゆりさんに優しく声をかけた。


「えーと、荷物が多い人が、レンタルで小さな倉庫スペースを借りたりしますよね。

そういう感覚だったということでしょうか?」


「そう、そゆ感じ! でね、使った分、数ヶ月分の家賃はもちろん払うから。

だから許してぇ、ほんっと、ごめんなさい!」


 拝むように手を合わせるゆりさん。

 その姿は、もう何も隠していない正直な姿に見える。


 でも、違う。嘘だ。明らかに嘘をついている! なぜなら――

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