2-3 毎月、第二火曜夜は
だが、少しだけ気になることがあり、俺は疑問を投げかけた。
「んー。でも、そういう管理とか点検をするのは、本来は管理会社の仕事なんじゃないですか?」
俺の言葉に、月見さんは少し悩むように眉を寄せる。
「管理会社と大家の関係は、様々です。
例えば、札幌の物件のオーナーが都内在住だったら、それはもう管理全てを管理会社に委託することになるでしょう。
外灯の電球交換、共有場所の掃除など全てです。
ですが、所有物件が大家の自宅から近かった場合、電球交換や掃除などは大家が直接行っている場合もあります」
なるほど。有名俳優や芸能人がマンションのオーナーということもよく聞く。
一方、地域密着型の大家もいるわけで、本当に人それぞれなんだろう。
月見さんは、熱意溢れる表情でイキイキと締めくくった。
「私も自分で出来ることは、自分でやりたいと思っているんです。
せっかくここに住んでいるんですから。ここの住むみなさんのためにも」
健気だ、真摯だ、ひたむきだ。
この姿勢を誰かさんも見習って欲しい。
「ぐーぐーぐーーー」
その誰かさん――ナツさんは、いつの間にか寝ていた。
ものすごく幸せそうな顔で。
「あーもー! ナツさーん、俺の部屋で寝ないでくださいよー」
「え~、それはあたしのミスじゃないですよぉ。訴えるなら勝手にどうぞー」
なんつー寝言だ! どういう社員教育がされてるんだ。
月見さんがくすりと笑い、ナツさんの体をそっと揺さぶる。
「ナツさん、起きてくださーい。
灰田さんに悪いですし、そろそろお開きにしましょう」
その言葉に、ふっと時計を見ると、確かにもう深夜の二時過ぎだった。
帰り際、ナツさんは両腕を組み「ん~」と伸びをした後、こう提案した。
「楽しかったしさー、毎月一回ぐらいは、みんなでこうやって映画観たいね。
毎月、第二火曜夜は、映画の日にしない?
どう? 月見ちゃん、灰田くん」
「私はすごく楽しそうだと思いますけど。
でも、灰田さんはご迷惑じゃないですか?
大学のお友達とのお付き合いもあるでしょうし」
「あ、俺は」
「友達あんまりいないから、大丈夫だってさ」
………。
図星すぎて、傷つくぞ?
そんな俺の隣で、月見さんが小さく挙手してさらに提案する。
「だったら、次回はもう少し早く集まって、夕飯も一緒に食べませんか?
私、作りますよ。そばで良かったら、ですけど」
そば! その言葉に心が沸き立つ。
実は月見さんのそばは、驚くほど美味しかったのだ。
大家よりも蕎麦屋の方が儲かりそうなぐらい、本当に美味しかった。
賛同する俺に、月見さんはパチパチと手を叩いて喜んでくれた。
「おそば、気に入って頂けてよかったです。
今度また、そば麺を箱買いしておくので、次回は何十杯でも食べてくださいね」
言葉通り何十杯も食べるわけではないが、やはり嬉しい。
次回にはもう少しお菓子も用意しておこうか。
ポップコーンとかそういうものを、月見さんのために。
◇
それから、一週間ぐらいたったある朝。
朝九時からの講義に出席するため、あくびをしながら部屋を出たとき――
俺は、ダンボール箱を抱えて階段を上る月見さんの姿を見かけた。
ああ、あのダンボール箱が「そば麺を箱買い」というやつだろうか。
ダンボールは茶色の中サイズだが、小柄な月見さんが抱えていると少し大きそうに見える。
挨拶の言葉を一旦舌の上で転がし、それから思い切って声をかけてみる。
「おはよーございますー」
「ひゃっ!」
突然の声に、びくっとして階段を踏み外し……そうになる月見さん。
う、悪いことしたかな。
俺は、あわてふためく月見さんに、出来るだけ爽やかに声をかけた。
「あ、それ、運びましょうか?」
「いえいえ、結構です」
そんなこと言っても、見るからに危なっかしい。
引越し屋のバイト経験のある俺としては、やはり見て見ぬふりは出来ない。
「いいですよ、持ちますよ」と俺が言い、近寄ろうとすると、
「いえいえいえ、本当にいいんですっ!」と月見さんは、ぶんぶんと横に首を振った。
月見さんは箱を抱えたまま、俺と距離をとりつつ、じりじりと階段を上り終える。
そうして、205号室に逃げ込むように入っていった。
最後には、バタン! とドアを閉じる音。
……なんか悪いことしただろうか。
俺は、しばしその場に立ち尽くした。
いわゆる距離感を間違えたってやつだろーか?
彼氏でもない男に、荷物を持たせるのが嫌とか?
「災害は忘れた頃にやってくる」というが、「人と会話する難しさ」も忘れた頃にやってくる。
うーん。やはり俺はコミュ力不足だ。
朝っぱらから、へこむ。
――しかしその後、自転車をひたすら漕ぎながら、考え直した。
さっきの月見さんは、アレだ。「この扉を開けないでください」という恩返しの鶴のような拒絶っぷりだった。
本当にそばにこだわりがあるんだろう。
つまり、そば麺がどこのメーカーのものとか、価格とか知られたくなかったのだ。
そばに関することは企業秘密、トップシークレットなのだ。
別に俺が嫌われているわけではないのだ、うん。
少し無理があるが、そう思って凹みを回復させた。




