2-2 本気で悔しがってるよ!
――その後、たっぷり二時間近くをかけて、映画は無事に終わった。
ご近所迷惑の大音量は問題だったが、映画の内容自体はすこぶる面白かった。
サスペンス、ホラー、ミステリー……ジャンル的にはその辺りだろうか。
いきなり冒頭からアパートで女が惨殺され、ストーリーにぐっと引き込まれる。
俺もナツさんも月見さんも、食い入るように無言で画面を見続けた。
そして終盤、事件を担当した刑事の家の前にダンボール箱が届く。
その箱の中身は……刑事の妻の生首だったのだ! ここには俺も震えがきた。
「うっわー、怖かったねー」
見終わったあとの第一声はナツさんだった。
その声は興奮気味だ。うんうん、わかるわかる。
俺も興奮を抑えきれず、熱っぽく感想を口にする。
「四番目の男の殺され方が、一番グロかったですよねー」
「あー、あれすごかったー。あたし、ちょっと目逸らしちゃったもん」
ナツさんは眉を寄せ、震えるように大げさに肩を抱きすくめる。
そんなふうに盛り上がる俺たちの隣で、月見さんは無言だった。
顔色は青ざめていて陶器のように真っ白な額には、じんわりと汗まで滲んでいる。
「だ、大丈夫ですか? こういうホラーとか、苦手とか?」
「いえ……ホラーは大好きです。ただ……」
少しの間をおき、月見さんは絞り出すように掠れるような声を発した。
「冒頭、アパートで、女の人が殺されてたから……。
あのアパートの大家の気持ちを考えたら、感情移入してしまって……。
あのアパート事故物件になって、どうしよう……。怖くて怖くて。
し、しかも、殺す時に犯人が
『こんなガラガラのアパート、叫び声を出しても誰も来ねぇよ!』とか言ってたじゃないですか。
つまり、あのアパートはすでに不人気物件で空き室だらけだったんですよね。
そこで、トドメとばかりに殺人事件が起きるなんて、恐ろしくて。
私、あの犯人が憎くて……! 憎くて……悔しいです……!」
月見さんの小さな握り拳は、小刻みに震えていた。
この子、本気で悔しがっているよ!
一方、ナツさんは、えへらっと笑う。
「大丈夫だよー、月見ちゃん。
あのアパートは映画の舞台であって、現実のものじゃないんだよ。
だから、死んだ人も本当は死んでないの。不幸になった大家さんもいないんだよ」
「………」
数秒考えたのち、月見さんは、ぱっと笑顔を取り戻した。
「あ、そっかあ! さっすがナツさん」
大丈夫か、この子。
そんな俺の表情から何かを読み取ったのだろうか。
俺と目が合った月見さんは、ひどく恥ずかしそうに顔を赤らめ、あたふたと弁解を始めた。
「す、すみません。取り乱してしまって。
私、このプレーヌ・リュンヌで何か不幸があったらどうしようって、そう思ったら居ても立ってもいられなくなって。
犯人が憎くて悔しくなっちゃって」
「いや、いいですよ。その……なんというか、面白かったです」
月見さんが悔しがるところ、怒るところを始めて見た。
微笑むだけの天使かと思っていたけど、意外な一面もあるらしい。
ナツさんがからかうような笑みを浮かべる。
「月見ちゃんは、時々、大家魂に火がつくよねー。時々、アツく語るし」
「へぇっ、そうなんですか?」
「べ、別に語ったりはしてません!
ただ、自分が大家として頼りないことは自覚していますので、もっともっと勉強していきたいとは思っています」
焦りながら照れて顔を赤らめる月見さんが、なんだか初々しい。
ああ、応援したくなるってこういう気持ちのことなのだろうか。
俺は思わず興味を持って、問いかけてみた。
「勉強とか、どんなことしてるんですか?」
月見さんは頬に両手をあて、少し恥ずかしそうにしながらも、滑らかな口調で語る。
「ええと、まず、掃除のテクニックを身につけたいと思っています。
入居前のハウスクリーニングが自分で出来るようになれば、業者さんにお願いするより節約になりますから。
今、実際にクリーニング業者でアルバイトをしてるんですよ。
あっ、本当は経営の勉強もしなくちゃ、なんですけど……。
大きなお金のことを考えるのはちょっと苦手で……」
小さな節約は得意だが、大きなお金の流れを考えるのは苦手なのか。
確かに、経営者としては頼りない。
ただ、心構えや気持ちの部分では、一生懸命なこともよく伝わってきた。
月見さんは、はっと思い出したように語気を強める。
「あっ、でも、何よりも大事なのは
――このアパートをちゃんと、見守ることだと思うんです」
「見守る?」
俺はおうむ返しに訊いた。
「はい。何か不幸な事件があるときって、その前に予兆みたいなのがあると思うんですよね。
別にオカルトめいたものじゃなくって……例えば、交通事故が起きた交差点って
『以前から、ここは見通しが悪いと近所でも有名だった』とかあるじゃないですか」
身振り手振りを交えた月見さんの説明に、俺は頷いて同意する。
「ああ、確かに。そういうのありますね」
「ささいなことでも、気になったことを改善するのが、事件の防止に繋がると思うんです。
外灯が切れて点滅してたら、やっぱり少し心が荒むかもしれないじゃないですか。
そういう気になることを見つけるために、見守ることが大事だと思っていま……すぅ……」
流暢に喋った月見さんは、最後にまた恥ずかしくなったのか、語尾が小さくなった。
いやいや、照れることはない。素直にいい話だ。
だが、少しだけ気になることがあり、俺は疑問を投げかけた。
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今までずっと書いては、新人賞に投稿して(そして落ちて)いただけだったので…。
とにかく、読んでくださっている方がいて、ありがたいです。
引き続きコツコツ更新してまいりますーヽ(´ー`)ノ




