1-13 当たりとハズレ
俺は長いセリフを一気に口にする。
なんかこういうのって、探偵気取りで恥ずかしいけど。
「あなたは、事前に俺のことを知っていたんですよね。
ご両親が大家さんだから、どの部屋にどんな人が入るのか知っていた。
俺の身元もちゃんとわかっていたわけです。
筑緑大一年生で、どこの出身か、連帯保証人の親のこともわかっていて、まあ人畜無害そうな奴だ、と。
両親が入居させた人なので、最低限の安心感はあったわけです。
また、『入居してくれて嬉しい。ずっといてくださいね』というのは、その……大家の娘としての言葉ですよね」
あのとき、胸の辺りで弾けた想いはすっかり萎んでしまった。
うう、言っていて胸が痛い。
そうだ、あの言葉は、大家のおばちゃんが言う
「あー、いい人が入ってくれてよかったべー。ずっと住んでけろー」と一緒の意味なのだ。
両親の仕事の関係上の発言であって、異性からの好意ではない。
「なるほどなるほど」
月見さんは思案するように微笑んでいて、肯定も否定もしない。
俺はさらに言葉を続けた。
「さらに、この部屋をリフォームしない理由、あなたが金銭的に厳しい暮らしをしている理由も説明がつきます」
「え、そうなんですか?」
月見さんは口元に手をあて、少し驚いたようにこちらを見つめる。
「俺にもそういう気持ちがあるから、わかります。
あなたはご両親に遠慮してるんですよね。
アパートのリフォーム費用は、大家であるご両親の出費。
だから、ご両親に遠慮して、リフォームを拒否しているんですよね?」
親のすねをかじりたくないという気持ちは、すごーくよくわかる。
俺だって、引越し費用を自分でバイトして貯めた。
まあ、月見さんの場合、ちょっと極端だとは思うが。
「………」
月見さんは少し目を伏せた。
何を考えているんだろう。
返答を待ち、緊張のせいで口の中に溢れてきた唾を飲み込む。
間を置くと、どうしても不安になってしまう。
自分で言っておきながら、少しずつ自信が揺らぐのを感じた。
アパート経営するような両親なら、かなり裕福なはずだ。
その両親に対して、そこまで娘が気をつかうものなのだろうか。
ああ、わからん……。
俺の庶民感覚で考えたらダメなんだろうか。
その自信の揺らぎは正しかった。
月見さんは眉尻を下げ、申し訳なさそうに言った。
「なるほど、そんな解釈もできるんですねー。
でも、残念ながらハズレなんです」
ええええ! こんなに長々語っといて、俺かっこわるっ。
つーか、じゃあさっきのキラキラ尊敬の眼差しは何だったの!?
俺は口を開いてがっかりと顎を落としていた。
随分ひどい顔をしていたんだろう。
月見さんは苦笑しながら、慰めるような言葉をかけてくれた。
「あ、私がフランス系ハーフということは当たりです、灰田さんすごいです!
……でも、大家の娘というのは、ハズレなんです」
「うーん。じゃあ、大家の孫、とか?」
それも違いますね、という月見さんの言葉に被るように、
玄関のドアがドンドンと鳴った。
「あ、ナツさんだ! ちょっと待ってくださいー」
ガチャリとドアが開き、夏目さんがズカズカと部屋へ入ってくる。
片手をあげて、元気よく声をかけてくる。
「やー、やってるねー。
どう? 名探偵くん。もう、解答編は終わった?」
「まだ途中です。ちょうどいいところですよ、クライマックスです」
二人の会話を聞きながら、俺は別のことを考えていた。
探偵モノには、ズカズカと入ってきて現場を荒らす、声のでかいトラブルメーカーがいたりする。
夏目さんってまさにそんな感じの振る舞いの人だよなー。
「それより夏目さん、なんでピンポン使わず、ドア叩くんですか」
「ここのピンポン壊れてるからさ」
……修理しようよ。
夏目さんがちゃぶ台の前に座り「貰っていい?」と言いつつ、秋の月に手を伸ばす。
そんなに食べたかったのか。つーか、それが目当てか。
「探偵ってさ、最後に人を集めて、さて諸君――って解説するよね。
ギャラリーは多い方がいいでしょ。さあ、あたしに気にせず、解説を続けてよ」
「いや、残念ながら推理は詰まってしまいまして」
「あらまあ、無能」
バッサリ斬られた。
「お、俺は月見さんは、大家さんの娘だと推測したんですが」
「ふぅーん。そう」
夏目さんは実に嬉しそうに菓子を頬張る。
口の横にクリームがついてるぞ。
月見さんは「クリームがココに」と夏目さんにジェスチャーで伝え、ついでのように、俺に向かってある質問をした。
「ところで灰田さんは、大家に対してどんなイメージを持っていますか?」
え? 突然の問いかけに戸惑ったが、俺は正直に答えることにした。
こんなことで格好つけても仕方ないだろう。
庶民感覚の素直な想いでいいのだ。
「えっと、何もしなくてもお金が入ってくるんだから、お金持ちですよね。
羨ましいです」
その返事を聞いた月見さんは「そっかぁ、そうですよねえ」と呟き、とても遠い目をした。
何か悪いことを言ったのだろうか?
悩む俺をよそに、二人は囁きあっている。
「ナツさん、私、灰田さんなら信用できると……」
「別に止めないよん。ていうか、あたしに止める権利ないし」
一体、何の話だろう。
疑問に思った直後、月見さんは俺に向かって打ち明けた。
「実は……私自身が、大家なんです。
貧乏だけど、このアパートのオーナーなんです」
身体の動きが止まり、俺は目だけをぱちぱちと瞬かせた。
夏目さんのもぐもぐ食べる音だけが、室内に響く。
正直、どう反応していいのか、わからなかった。
大家というものは、もっとずっと年上で、お金持ちの気がしていた。
なのに、月見さんが大家?
電話料金も払えず電話を止められて、かけ蕎麦が主食の月見さんが、大家?
二の句が継げず、ただただ、呆然とする。
菓子を飲み込んだ夏目さんが、ようやく口を開いた。
「あー、その反応。今、よからぬこと考えてるでしょ?
こんなか弱い女の子が大家なら、家賃を滞納したり踏み倒したりしても平気なんじゃないかって。
そんなの、管理会社のあたしが許さないから!」
俺は即座に、手をぶんぶんと横に振る。
いくらなんでも、そんなことは考えてない。人聞きが悪いな。
そうじゃなくて、意外な事実にちょっと驚いてしまっ……
「そうです、家賃滞納は困ります! そんなの、ナツさんだけで充分です」
って、ええええええ。俺は夏目さんを直視して、声を荒げた。
「夏目さん、家賃滞納してんですかっ!?」
夏目さんは、新たに口の横にクリームをつけたまま、バツが悪そうな顔をする。
「あー、まあねー」
「で、でも、夏目さん自身が悪いわけじゃないですよ、夏目さんは田舎のご両親が病気で大変なんです。
お金が必要で困ってるんですよね」
「うん、うん、うん、そうなの。そゆこと」
夏目さんはコクコクと水飲み鳥のように頷きまくる。
ひどいことを知ってしまった。
ていうか、両親病気ってものすごく嘘くさい。
全くどーなってんだ、このアパートは。
かけ蕎麦が主食のビンボー大家に、家賃を滞納する管理会社の社員とは!
少し頭を冷やしながら、俺は考えを整理する。
「つ、つまり、家賃を払ってくれない人がいるから、月見さんは貧乏な生活を強いられてるってわけですか?」
月見さんは、苦いものを口に含んだような顔で返事をする。
「いえ、それは違います。私はその、ちょっと、多額の借金を抱えていて……」
「しゃ、借金!?」
「英語にすると、ローンね」
英語にしても何も変わらないし、全く話がわからなかった。
こんな少女に借金があるなんて、両親はどうしているのだろう。
そんな俺の疑問は、顔に出ていたのだろうか。
月見さんは弱々しい表情で、たどたどしく言葉を紡ぎ始めた。




