表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/48

1-12 末裔とコスプレ

 たっぷりのクリームと、しっとりとしたカステラが口の中に広がる。


 月見さんから貰った菓子折り『秋の月』は、確かに美味しかった。

 包みも開けず少しも食べずに返すのは、逆に失礼だろうと思った俺は、十二個入りのうち一個を食べることにしたのだ。


 しっかり味わった上で「美味しかったです。でも、量が多いので良かったら月見さんもどうぞ」と渡すのが、一番スマートではないだろうか。

 俺のシミュの結果、そうなった。


 そして、この十一個の菓子を渡すついでに、月見さんとゆっくり話をしたい。


 俺は昨夜、ひとつの仮説を思いついた。

 その仮説に乗っ取れば、不思議なこと違和感のあることに説明がつく。

 ならば、その仮説こそ答えに限りなく近いのだろう。

 ある程度の自信はあった。



       ◇



 夜の七時前。俺は十一個の秋の月を丁重に抱え、月見さんの部屋の前にいた。


 ピンポンを押すと、パタパタと走る音がして勢いよくドアが開く。

 俺の顔を見た月見さんの第一声は「先生!」だった。


 ――え?



 205号室にて。

 月見さんとちゃぶ台に向かい合い、俺は大きなため息をつく。


「つまり、夏目さんが吹き込んだんですね、そーゆー嘘を」


 月見さんは水色の瞳を見開き、ひどく驚いた声をあげる。

「え、えええっ、違うんですか? 

金田一の末裔(まつえい)とか、ホームズのパイプ持ってるとか、ポアロのコスプレが出来るとか、そういうすごい探偵の先生だとお聞きしたんですけど」


「違います。全然違います」

 というか、末裔とコスプレじゃ違いすぎるだろう。


「この灰田の、灰色の脳細胞にお任せ下さい、が決め台詞なんですよね?」

 不安だ! 

 この人の信じやすさが、俺をものすごく不安にさせる。


「月見さん、あなた夏目さんに簡単に騙されすぎです」

「え、でも……」


 月見さんは小首を傾げながら俺を見つめ、長い言葉を暗唱するかのように口にした。


「ナツさんからお話は伺っています。

灰田さんは、私がなぜこの部屋をリフォームしないのか不思議に思ってるって。

きっと近いうちに、推理の結果を確かめにくるって。


その時は、先日の菓子折りを持ってくるかもしれない。

素直に受け取るといいわ、きっと男子一人には多すぎる量だろうから――って。

……違うのでしょうか?」


 くっ、夏目さんめ! 

 不意を突かれ慌てて弁解する。

「べ、別に俺は月見さんのことを、詮索するつもりでは」


 月見さんは小さな手のひらを横に振り、口元を綻ばせる。


「あ、嫌なわけじゃなくて、むしろ楽しみにしてたんです。

だって面白そうじゃないですか、私は自分のことを喋っていない。

ナツさんも大事なことは喋っていないと聞いてます。

わずかな情報から私のことがわかったら、それってすごいですよ」


 昨日より声が明るく、随分顔色もいい。

 健康的なバラ色のほっぺは、手品か何かをわくわくと楽しみにしている子供のようだった。


 月見さんは前のめりになって、いたずらっぽく微笑む。

「さあ、推理をどうぞ。私のこと、何かわかります? 

そして、なぜこの部屋をリフォームしないのかも」


 俺はどう答えようか迷った。だが、すでにシミュは出来ていた。

 理由をだらだら話していては、本当に名探偵気取りになってしまう。


 ここは単刀直入に、結論から述べるべきだろう。

「恐らくですけど」と前置きして、一気に告げた。


「月見さんはハーフですよね、フランス系の。ご両親は、このアパートのオーナー。

つまり、月見さんは大家さんの娘なんじゃないでしょうか」


 ほぅっと息を呑む声。

 直後、ありったけの笑顔と「すごいです! なんでわかったんですか?」と言う歓声。

 月見さんの瞳は、キラキラとして――まるで尊敬されているかのようだ。


 う。これは嬉しい。

 これほど可愛い子に誉められると、なんだか快感になってしまいそうだ。


 いやいやこの程度で、浮かれちゃいかん。

 俺は気を引き締めるかのように姿勢を正した。


「いえ簡単なことです。

大学の友人に鈴木というのがいましてね、そいつは内見もせず、アパート名だけで引越し先を決めてしまったんです。どうしてだと思いますか?」


 月見さんは首をひねり、数秒悩んだ後に答えた。


「素敵なアパート名だったんでしょうね。

めぞん一刻とか、トキワ荘とか?」

 月見さん、マンガ好きなんだ……。


「ええまあ、そう思いますよね。

でもその物件名は、あくまで鈴木にとってのみ、クリーンヒットだったんです。

そのアパート名は『ウッドベル』です。

大家さんも鈴木(・・)という名字だったんですね」


「あ、なるほど! そういうのってありますよね。というか、ここもそうですね」


 月見さんが髪をそっと撫でつけながら、照れ笑いを浮かべた。

 そう、このアパート名『プレーン・リュンヌ』は、フランス語で「満月」という意味だ。


「満」は、賃貸物件だけに、()室、()足などの意味。

「月」は、()見という名字から取ったのだろう。


 単にお洒落でフランス語を採用したことも考えられるが、月見さんの容姿を見れば、両親がフランス系ということも想像がつく。


「すごいです。私、ハーフって一度も言ってないのに、そんなこともわかるなんて!」


 いや、それは見りゃわかるよ! 日本人離れした可愛さだし、天使レベルだし。

 そう思いつつも「まあ、髪と瞳の色とか特徴的ですしね」と言うに留めておいた。


 ただ、推理はそれだけではない。

 つーか、これだけでは単なるこじつけだ。


 大事なのは「月見さんが大家の娘である」と仮定した場合に、色々なことに説明がつくということなのだ。


「昨日、月見さんが、うちに来たとき『入居してくれて嬉しい。ずっといてくださいね』と言いましたよね。

あれ、俺はちょっと不思議だったんです」


 そう、ずっと不思議だった。

 一度会っただけの近所の人にそこまで言うだろうか、と。


 いくら月見さんが天真爛漫な性格でも、普通だったら少しは男性に警戒するんじゃないかと。

 そりゃ、一目惚れされたのだったら一番いいけど、そんな巧い話は無さそうだし。


「………」

 月見さんはニコニコとこちらを見ている。

 無言で促し、俺の解説を待っているのだろう。


 俺は長いセリフを一気に口にする。

 なんかこういうのって、探偵気取りで恥ずかしいけど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ